歪んだ夜空、祝福の星
正規空母白鷹/甲板
他の艦も照明を抑えているが故の都会では見れない大賢洋から見上げた星空は、全ての残酷な現実を忘れさせるほどの魅力を孕んでいた。
正規空母『
ただべっとりと張り付いた『真顔』で
やっと見つけたと言わんばかりに疲れ切ったライバーが隣に腰を下ろした。
「ここにいたのか」
持ってきた缶コーヒーを一本手渡し、同じように星空に視線を向ける。人類の英知の結晶ともいえる摩天楼の明るさも、淀んだ空気も邪魔しない――――大海のど真ん中から見上げた空は、恐ろしく幻想的だった。
成層圏にとどまった分厚いシュオ―デル粒子の層が遥か彼方の恒星から届いた光を、歪めねじ曲げる。
揺らめく星は時々赤や黄色に色を変え、見渡す限りの広大な空が
「祝賀会は好まないか?」
夜空を肴に暖かい珈琲を飲む、軍事ロマンチズムを忘れ本物のロマンチストにでもなった気分のライバーが静かに話しかけた。
戦闘中にも冷静沈着であった、心の存在すら疑ってしまう黒木翔子という女性を探ろうとしたが、帰ってきた答えは無心の人形のものではなかった。
「私は…笑えないんです。前に隊長が言っていた通り、笑えないんです。皆が勝利の美酒に浸っている中で、この顔では水を差すでしょう?だったらさっさと抜け出しますよ、葬式にでも呼んでください。」
何処か思い悩んだ言葉。やはり冗談を言っている様に聞こえなくもない黒木の言葉に一瞬戸惑う。
「その笑えない理由ってのは俺が聞いてはいけない範囲なのか?」
「……そうですね、わたしの復讐心の根幹ですから」
驚いたことに―――いや、予想通りというべきか。
視線を落とした黒木の表情は、憎しみを浮かべすらしない。感情というものをそのまま置いてきてしまったような目で見つめてくる。そこに憎悪の欠片は無くとも悲しみは確かに感じられた。
「こうやって星を見上げるのが昔から好きでした。本当に何もかもを忘れられる…自分の不幸なんて、この果てのない宇宙に比べればちっぽけな物だと感じられるから。」
「まぁ分からんでもない」
感傷に浸る二人の間には奇妙な絆が生まれつつあった。無言のコミュニケーションが紡ぐ、悲しい過去を背負う者は引かれ合う。『笑うことを忘れた少女』と『何があっても笑うと決めた男』は黙ったまま夜空を見上げ続けた。
「いいもんだな……」
「でしょう?」
かくして、タバキア湾奇襲作戦は成功に終わった。大賢洋大戦は宣戦布告無く突如として始まる。全ては人間の狂気、それこそがヒトの道。
西海戦争も激化の一途をたどる現代において、賀島帝国とコルアナ連邦の参戦は、事実上の世界大戦開幕を意味する。
そして姿を現し始めた黒い影は―――この混沌の世代に更なる狂乱を、約束する。
時は二一八一年、何もかもが
最悪の世紀末を迎えようとしていた。
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