『君たちは何を求めるのか』

ばふちん

個人的な記憶と情報の混濁(こんだく)

1996

「おかしいですよ、そう思いません? こんな歌が流行っているのは。

 わたしは、そう思いますよ。たとえ、世間から、『空気を読めない』って言われてもね(苦笑)。どう思われますか?

 スピッツの『空も飛べるはず』。

 わたしねえ、このバンドがデビューしたころ、けっこう評価していたんですよ。ぜんぜん売れてなかったけどねww」


「たしか、デビュー曲は『ヒバリのこころ』という曲でしたよね?」

「そうですよ。それで、初期の代表曲は、『夏の魔物』という曲です。どうしようもない曲名だと思いませんか? もともと草野マサムネはネクラだったんだと思います」

「そこまで言いますか」

「おかしいですか? 『夏の魔物』なんて、どうしようもなく暗い題名じゃないですか。個人的には、『夏の魔物』、好きですけどね、ダビングしたカセットも--」

「実はわたし、『夏の魔物』が入った、スピッツのファーストアルバムを所持しているのです」

「えっ、意外だなあ」

「バンド名と同じ、『スピッツ』というアルバムでした。わたしは『スピッツ』という名前の響きが小気味よいと思って、そのアルバムを買ったのです」

「そんなに良いバンド名だと思われますか? 意外だなあ」

「バンドに『スピッツ』という名前をつけるネーミングセンスが、草野マサムネの才能の片鱗へんりんを証拠付けていると、わたしは思っているのです」

「あなたは草野マサムネとスピッツを擁護ようごするのですか」

「ええ、擁護します」

「正気ですか? スピッツの『空も飛べるはず』が流行っているせいで、軟弱な楽曲が世にという危険性が何倍にも増すのですよ」

「あなたが『こんなものが流行っているのはおかしい』とおっしゃるのは、軟弱な楽曲が世にはびこるという危険性が増すという懸念けねんの表明ですよね? わたしとしては、名前を知られていないころから草野マサムネが楽曲を作り続けて、それが実を結び、2年前に一度リリースして商業的に失敗したシングル曲がいまやになっているというのは、素晴らしいであるとしか思うことができないんですが」

「あなたは何がおっしゃりたいんですか」

「はっきり言います、あなたは、ビッグネームになった草野マサムネにルサンチマンをいだいたまま、何もしないし何もできないのです」 

「なんだそれは。わたしに対する侮辱ですか?」

「侮辱ですよ」

「ならば、どうしてそう言えるのですか、何もしないし何もできないと……」

「繰り返すようですが、あなたに草野マサムネのような音楽的能力は存在しない、『空も飛べるはず』という楽曲のイメージを構想できる能力も、『空も飛べるはず』という楽曲のイメージを楽曲制作過程でおとに落とし込める実践力も、そして『空も飛べるはず』を演奏する技術力もない」

「ずいぶんとおれの名誉をけがすんだな」

「でも、あなたは何も言い返せないでしょう。構想力・実践力・技術力が皆無で、冬にはコタツでぬくぬくしているだけ、夏にはクーラーがガンガンきいた部屋で寝っ転がっているだけ、これも全部事実なんだから」

誇張こちょうじゃないか。それ以上言うなら、今後おれはあんたの音楽的才能を一切評価しないからな」

「わたしは、わたしが草野マサムネのようなを持ち合わせていないことを自覚しています。その点でわたしはあなたに勝っています。それにあなたは、ただの評論家じゃないか」

「おれだってギターぐらい弾ける」

「じゃあ、現在の生存競争が激しく流行の入れ替わりはもっと目まぐるしい音楽業界のなかで、100万枚売れる楽曲を制作できますか? しかも『空も飛べるはず』は、2年前に一度リリースされて、商業的に失敗しているんですよ」

「おかしい、問題がずれているじゃないか。『空も飛べるはず』が100万枚売れている状況を危惧きぐしているんだ。軟弱な楽曲のせいで、懦弱だじゃくが世の中に益々ますますはびこる」

「じゃあ、自分でバンドを結成して、軟弱な『空も飛べるはず』を打ち負かす楽曲をリリースしてくださいよ。懦弱な音楽精神とやらを屈服させてくださいよ。そのためには、あなたが制作し販売する楽曲が100万枚売れる必要があると思いますが。そもそも、あなたはバンドのメンバーすら集められない」

「いい加減にしろ。人脈ぐらいあるに決まってるだろ」

「でも、あなたみたいな思想の人間と、先程おっしゃったような目的、つまりでもって他人の創造物ーーここではスピッツと草野マサムネが作る音楽ですが--を毀損きそんするような目的であなたがしているバンドにとして加わろうとするようなかたは、ひとりもいらっしゃらないと思いますが。ぼくだったらむしろ哀れに思ってしまうよ、そんなトチ狂った目的で音楽を生み出そうなんて」

「もう、てめぇの音楽は一切聞かないからな」

「どうぞ」

「ガッカリだよ、その楽観主義者オプティミストぶり。今後の音楽界はお先真っ暗だな」

「ギターを買うんですか?」

「は!?」

「リズム隊はどうするんです? ボーカルはあなたですか? あんたさっき、『人脈ぐらいある』って言ったよな!? 人脈があるのなら、バンドを作って正真正銘にスピッツをやっつけてやれよ!!」

「……」

「あんたいくつだ。草野マサムネはまだ20代だそうじゃないか。あんた草野よりは年上なんだろう? 

 残り時間が少ないぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る