10.9 あんた、なんか掴んだな?

 ヘリや飛行機の類を飛ばして撮ったなら、クロが見落とすはずはないし、シドやローズマリーだってきっと気づくはず。だが、どこにでもいるありふれた生き物だったら、話が変わってくるのではないか?

 シドは恐る恐る、アンディに真意を問う。


「あの写真は、鳩にカメラをくくりつけて撮ったんじゃないかって考えてるんだ。馬鹿げた話だとは思うんだけど、現場近辺の空域に飛行機の類が飛んでなかったとなると、もうこれくらいしか思いつかないんだよね」


 シドも、出窓で行儀よく座ったクロも、揃って首を傾げてしまう。

 鳥であれば、近くを飛んでいたって不自然には思わないかもしれない。クロが注意を払っていた対象はあくまでも人間で、それ以外の生き物にまで網を広げていたわけではないのだ。

 だが、鳩という生き物に、撮影目標を自発的にかつ明確に区別してシャッターを切る習性があるとはとても思えない。もし仮に、そんな真似をしようとするなら、魔法の力に頼らざるをえないはずだ。


「死んだ悪趣味ジジイが魔導士か魔法使いもどきで、鳩を操って空撮した。それなら俺たちにも気づかれない、って言いたいのか?」

「さすがセンセイ、理解が早くて助かるね」


 アンディの説は突飛ではあるけれど、頭から否定するには惜しい。

 シドやローズマリーだけでなく、クロすらも出し抜いて射爆訓練場にスパイカメラを送り込み、俯瞰の構図で撮影をする方法となると、彼の唱えた説くらいしかもはや手が残されていないのだ。ただし、それを実現する魔法がかなり特殊という問題が消えたわけではない。


「センセイの気持ちもわかるよ。動物を操って写真を撮らせるなんてのはまともな発想じゃない。だけどな、それは俺たち、魔法を使えない者の常識だ」

「魔法さえ使えりゃ鳩を操って写真を取らせるなんて造作ない、とか思われるのも魔導士こっちとしては迷惑なんだけどな」


 どんな不可能もひっくり返せる魔導士なんて、この世には存在しない。

 魔法にできることには限度があるし、それぞれの魔導士にも得手不得手がある。勝手に期待を膨らませ、魔法イコール何でもできる力という認識げんそうを抱いてもらっては困るのだ。

 とはいえ、アンディの期待を否定しきれない要素が、ほんの僅かながら存在する。


「不可能とは言わねーよ。ダスター卿の時のゴタゴタを思い出せ」


 ロベルト・ダスター卿と、ルルーナ・パサート嬢の婚約披露パーティで起こった刃傷沙汰。その中心にいたのは、手も触れずに重い調度品を持ち上げ、二人の魔導士を力づくで足止めした、白いスーツの魔法使いだった。怪物モンスターの空撮と手口は違うのだろうが、物体をしたという事実は変わらない。


「すでに僕らは、その可能性を秘めた魔法使いに出会ってた、ってことかい?」

「手口は違うんだろうが、遠く離れた物体を動かしたって点では似てるからな。もっとも、あの魔法使いテレキネシストは既に草葉の陰だけどね」


 細いとはいえ道がないわけではない。そのことに少し安堵したか、アンディは満足げにタバコの火を揉み消した。


「動物を操る魔法、か。センセイ、なにか心当たりはないのかい?」

「人を物知り博士みたいにいうんじゃねーよ」


 シドは顎に手を当ててしばし考え込む。

 ずいぶん簡単に言ってくれるが、そもそも遠隔操作系の魔法自体が希少技能レアスキル。使える魔導士も限られるというのが現状だ。


「そもそも、物体と生き物じゃ、操る難易度が段違いだと思う。生き物には意志があるんだ、外から無理やり力で操ろうとすりゃ必ず抵抗する」

「ダスター卿の件のときは、センセイもずいぶん苦労してたね」


 シドは重いため息とともに頷く。

 あれは実質負け戦だった。白スーツ野郎が逃げに転じなかったら、ちょっとどうなっていたかわからない。


「生き物を操るってなら、使い魔として契約するのが一番真っ当なやり方だと思うけど」

「その契約とやらを結べば、動物でも操れるようになるのかい?」

「そのとおりだけど、鳥類と契約を結んだってのは聞いたことないな」


 特定の動物と使役の関係を結ぶ、使い魔契約。実はこの契約、理論上は生物の種を問わない――つまり、どんな生き物とでも結べてしまう性質のものである。カエルだってオケラだってアメンボだって構わないし、シーラカンスやシロナガスクジラだってよいのだが、実際に選ばれるのは犬、あるいは猫がほとんどである。

 その理由は至ってシンプル、「連れて歩いても違和感がないから」。それ以外の動物を連れて歩いていたらあらぬ疑いの目を向けられ、コトと次第では警察のお世話になりかねない。社会にうまく溶け込むことを考えれば、使い魔の選択肢は自ずと狭まってしまうのだ。


「契約は誰にでもできるのかい?」

「残念だが、期待に沿えそうにはないな」


 すがるようなアンディの質問を、シドはあっさりと切って捨てる。


「そんなに簡単にはいかないぜ、って顔に書いてある気がしたけど、やっぱり気のせいじゃなかったか。魔法使いもどきに使える技ではない、と考えていいのかな?」

「たぶんな。生まれついた魔法の才のない人間が、使い魔と契約する方法に触れる機会があるとも思えない。使い魔に頼らないで、鳩を操ってみせる魔法を探ったほうがいいと思うけどな」


 それなら、とアンディは声のトーンを落として切り出す。別に聞き耳を立ててる奴なんていないし、多少ボリュームを下げたところでクロの鋭敏な聴覚が聞き漏らすはずはないので無駄な行動なのだが、おおかた雰囲気が重要とでも思っているのだろう。シドは黙ってアンディに従う。


「催眠術とか、洗脳とか、精神に干渉する類の魔法はないのかい?」

「また難しい話をしてくれんじゃねーの。魔法の可能性にすがりたくなる気持ちはわかるけどさ」


 やけに具体的なところまで踏み込んでくるな、とシドは訝しむ。

 アンディが優秀な警部なのは、シドも認めるところだ。鋭い観察眼を持ち、洞察力にも優れている。でも魔法使いではないから、魔法のことに関してはズブの素人だ。

 だからこそ、対策に困るとシドに助言を求めてくるのだが、今日の彼は違う。

 ここまでの説明で「動物を操るのは難しい」と結論づけずに一歩踏み込み、それ以上の可能性を模索しているのだ。


「他者の思考を意のままに操る、ってなるとなぁ……」


 アンディが示した道は、叩いたどころか触れただけで崩れてしまいそうな脆い橋。お釈迦様が地獄に垂らす蜘蛛の糸さえもう少し頼り甲斐があるというもので、警察という組織に属する人間なら、本来顧みないはずの経路ルートのはずだが、彼はあえてそこを選ぼうとしている。

 それにはなにか理由があるはずだ。アンディが何の根拠もなしにそんな提案をしてるとは、シドにはとても思えない。


「アンディ、あんた、なんか掴んだな?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る