7.3 来て早々トラブルかよ

 途中で休憩をはさみ、車を飛ばすこと数時間。

 見晴らしのいい高原にクルマを停めた一行は、そのまま木造の駅舎へ向かう。

 ここからは直通のケーブルカーとトロリー・バスが出ている。出入りの業者でもない限り、ハンディアの中心地へはこれ以外のアクセス手段がない。存在を秘匿するためか環境に配慮しているのかは定かでないが、ずいぶん金と手間のかかるコトをするものだ。

 普段は都会で暮らしているせいか、ローズマリーは見慣れぬ景色に目を輝かせている。一見すると普段どおりの涼し気な表情だが、行動の端々から高揚感が漏れ出ているように見えるのだ。仕事で来ているとはいえ、彼女のワクワクに水を差すほど、シドもカレンも無粋ではない。珍しく年相応の振る舞いをする少女を、妹を見つめる兄や姉のような気持ちで見守っている。

 相変わらずの酷い車酔いに悩まされていたクロも、高原の爽やかな風を浴びているうちに、いつもの調子を取り戻したようだ。しっぽをピンと立て、保護者然とした顔でローズマリーの後をついて回っている。

 だが、構内に入ってきたケーブルカーを見た途端、クロの余裕は空の彼方へと吹っ飛んだ。


「シド君、本当にこれに乗るのかい?」

「他に何があるんだよ?」

「ボクが乗り物苦手だってこと、知ってるだろ? 君の運転ならまだしょうがないって我慢できても、こんな得体の知れないものに乗るのは、できればご勘弁願いたいんだけど」

「ここまで来てわけわかんねーこと言ってんじゃねぇよ、ほら行くぞ」


 なんとも情けない顔のまま、シドに首根っこを掴まれたクロは、為す術なくケーブルカーの車内に連れ込まれた。


「何だよこれ……。シャレになんないよ……。何でこんなに高いのさ……。空はあんなに青いのに……」


 車内にはシド一行以外誰もいない。

 それをいいことに、クロはずっとうつろな目のままボヤきっぱなしだ。もしかしたら顔を青ざめさせているのかもしれないが、真相は黒い毛並みに覆い隠されて定かではない。


「トロリー・バスよりはマシかと思ったんだけどな。あっちはつづら折りワインディング・ロードをずっと行くから、たぶんもっと辛いぜ」

「本当に乗り物に弱いんですのね……」

「ま、これも仕事だと思って、耐えていただきたいもんだな」


 彼らの宿は、車を停めた駅からしばらく山道を下ったところにある。一同はこれから毎日、車とケーブルカーでハンディア詣でをしなければならないわけだが、クロにとっては苦行以外の何物でもない。

 十数分の受難の後、頂上駅についたクロは誰が見てもわかるほどげんなりした表情を浮かべていた。


「動かない地面はなんて素晴らしいんだろう……」

「ま、帰りもあるから、楽しみにおくんだな……いてぇ!」


 四肢に力を込めて跳び、猫心(?)を読めずに不用意な発言をする飼い主の顔面に見事なパンチをかました黒猫は、一行を先導するようにスタスタと先陣を切って歩き出した。


 だが、その歩みは数十メートルも行かないうちに、ピタリと止まる。

 

 彼女の視線の先にいるのは、お世辞にもガラがよいとは言えない数名の男達。揃いも揃って、赤地に白く「自警団」と染め抜かれた腕章を巻いている。


「初めて見る顔だな。どこのモンだテメェら?」

「王都から参りましたの。ここの代表者の方にお目通り願いたいのですけれど、ご案内いただけませんかしら?」

「ああ? 何抜かしてんだコラ? 姫様に会いてぇだあ?」

「私達が今日、ここに来ることはすでにお伝えしてますので」


 どんなに粗暴な相手にも、果てしなく無礼な輩にも、カレンは物腰穏やかな態度を崩さない。時として慇懃無礼いんぎんぶれいとも取られかねないが、それこそが彼女の「素」である。

 もっとも、相手はそんなことを知らないので、平気で突っかかってくる。カレンはイスパニアの女性の平均よりやや小柄、かつ華奢な部類に入るからなおさらだ。

 その間に漂う不穏な空気を察知したシドが、カレンを守るように一歩前に立つと、師匠の動きに呼応するようにローズマリーが黙って後ろの守りを固める。クロもいつの間にか、音もなく下がって影のように寄り添っている。

 何も言わずに連携する万屋ムナカタ一行の頼もしさに感心した様子のカレンは、いつもどおりの笑みとともに話し続ける。


「姫様、とお呼びすればよいのですか? どちらにいらっしゃるのです? 私たち、この街には不案内なものでして」

「おかしなナリの小娘、目つきの悪い兄ちゃんとメイドが、揃いも揃って何の用だ?」


 若者たちが勘違いするのも無理はないかもしれない。

 イスパニアで和服を着ている女性はまずいないし、シドの目つきの悪さもれっきとした事実。メイド服姿のローズマリーも愛想がいい方ではない。そんな三人が猫を連れて歩いているとあれば、絵面としてはたしかに珍妙だ。


「アポはとってあるから、案内してくれりゃ後はこっちでなんとかするって言ってんだ。つべこべ言わずに連れてけ」


 私たちは、と言いかけたカレンを制して、シドは代わりに答える。

 トラブルを起こしたくないから説得しよう、とする彼女の気持ちはわかるし、大事の前の揉め事を避けたいのはシドも一緒。だが、下っ端風情にわざわざこっちの目的を教えてやる必要なんて、これっぽっちもない。

 カレンは優秀な魔導士だし、竹を割ったように素直で裏表のない性格の女性ではあるのだが、真っ直ぐ過ぎて搦手からめてがやや苦手なのもまた事実。それを補ってやるのがひねくれ者の役目だ、とシドは理解している。伊達に長い付き合いではない。

 そもそも、突っかかってきたのは向こう、筋が通ってるのはこっちだ、という自負もある。


「こっちだってガキの使いじゃねーんだ、手ぶらで帰るって選択肢は最初ハナっからねーんだよ。案内する気がねーなら黙って道を開けやがれ」

「何だよ、女の前で騎士ナイト気取りか? 通りたきゃ実力でやってみろよ、坊主!」


 若者が警棒を手にして凄んで見ても、シドは特に表情を変えない。

それどころか、自らの額を指さして煽る始末だ。


「ほら、よく狙え。ここだ、ここ」

「……調子乗ってんじゃねぇぞゴラァ!!」


 自警団の中で最も上背のある、屈強な若者が歩み出る。高さも幅も厚みも、シドより二回りは大きい。

 安っぽい挑発が腹に据えかねたか、顔を真赤にして額に青筋を浮かべた若者は、一片の慈悲もなく、丸太のような腕で警棒を振るう。恵まれた体躯で大上段から獲物を振るうのだ、並の人間ならひとたまりもないだろう。


 だが、往々にして、魔導士は並の人間ではない。


 予想しなかった衝撃が、若者の手にはね返る。

 直後に彼が目にしたのは、に跳ね返された自分の獲物。

 言葉にならない声を上げたその顔は、ほんの数秒前とは一転し青白みを帯びている。

 

「おいおい、ちゃんと狙えよ。そんなヤワな腕の振り見せられたら、退屈であくびが出ちまうぜ?」

「なぁに外してやがんだボンクラ! こうすんだよ!」


 次は俺だ、と意気込んだスキンヘッドの男はシドの側頭部を狙うが、結果は何一つ変わらない。それどころか、衝撃で腕がしびれたらしく、獲物を取り落とす始末だ。

 スキンヘッドが慌てて手を伸ばしても、時すでに遅し。余裕綽々しゃくしゃくのシドがあくび混じりに足を振り抜いて、警棒をよそへすっ飛ばしている。


「残念無念また来週、ってか?」

「一人ずつ行くバカがいるかよ、同時にやりゃいいだろうが! ちったあ頭使え!」


 リーダー格の男にけしかけられた二人の男、よく似た造形の顔をしているが、兄弟だろうか。仲良く左右からシドの頭を狙っても、生まれた被害は曲がった鉄パイプ二本だ。


「それでよく自警団を名乗れたもんだな。そのへんのゴロツキのほうがまだ手応えがあるんじゃねーのか?」


 大あくびの隙を狙ったと思しき一撃を【防壁】で受けとめ、平然とした顔で言い放つシドを見る男たちの眼差しは、もはや化物と対峙した時のそれだ。

 使う魔法が特殊である以上、そういう目で見られるのはシドも慣れっこだ。仕方ない、と諦めている。


「いい加減通してくれねーかな? 悪いが、あんたらにいつまで付き合ってられるほどヒマじゃないんでね」

「ムナカタ君、どうもそうは言ってられそうにないみたいですわ」


 騒ぎを聞きつけたか、住民と思しき連中がぞろぞろと集まりはじめ、シド達を取り囲む。誰も彼もが訝しげな顔をし、棒だの刃物だのレンガだの、物騒な獲物を手に近づいてくるのを見て、シドは思わず舌打ちをした。

 因縁をつけてきたのは自称自警団の方で、理は本来ならシド達にある。問題はここが王都ではなく、地図にない街・ハンディアということである。シドたちには道理があっても、地の利はない。ここの住民たちに、もしまともな判断力がなければ、一行はここから追い出されて任務失敗だ。


「来て早々トラブルかよ、面倒くせぇ」

「全員なで切りにできれば話は早いのですけど、それではこちらが逮捕されてしまいますわね」

「【加速】してここから逃げ出すって手はありますけど、土地勘のないところではさすがに厳しいですよね……」


 例によって穏やかな口調で物騒な事を言ってくれる淑女と、それよりマシだが難易度の高い提案をしてくる少女。

 二人を背後に抱えたシドは、なんとかこの場をごまかして切り抜けるうまい方法がないか、ため息混じりに考えを巡らせた。

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