9話

「………」

 なんと答えればいいかわからず、無言を貫くレイラ。

 その瞳にどこか迷いの色が見えるのは気の所為ではない。不安の色も混じって瞳の光に陰りが生じているらしかった。


 それでも、

「わかってはいるんだ。たぶんきっとお前はなにか覚悟とか決意とかそういうのを決めて動き出してるんだってことくらいは。けど………漠然としたものだとお前でも思うだろうが、見ていて心配だった。なにかお前が自ら犠牲になりに行くんじゃないかってずっと気になってたんだよ」

 勢いに乗ったディックの言葉は止まらない。



 ―――きっと考えるのに、己のなかで自問自答を繰り返すのには長い時間が必要だったのだと思う。レイラをここまで送る時間も、あの会議の時間も含めて自身の考えを整理するそんな期間がディックのなかで不可欠だったのだと。

 そうまでしなければならないほど、今から口にする内容は勇気のいるものに違いがなかったのだと。

 途中で投げ出したりやめたりしなかったのは―――ただただ彼女が心配だったから。きっとただそれだけなのだ。


 そうでなければ、伏せていた顔を上げるディックの瞳に覚悟の色が見えないわけがないのだから。




「……あの茶会の時から不安はあった。いつもオドオドして泣き虫でちょっと危なっかしいお前が、あのときは妙に落ち着いて凛としててさ。なんだか………俺の知らないレイラがそこにいてすげぇ戸惑った。もちろんいろんな事がこれまでありすぎたから、変わらなければならなかったこともわかってはいるんだけど」

 最初は冷静で少し言葉を選んだ物言いだった。


「それでもやっぱり………置いてかれる気がして焦った。どうすれば追いつけるかっていろいろ考え込んじまった。情けないよな、柄にもなくどうすればいいんだって考えるのに真剣になってたんだからさ」

 けれど、自分の中の感情に流されるようになり、


「……もうわかってるだろうけど、俺はこのエンデリアの王子だ。ただ小さい頃から周りより強すぎたせいでいろんな奴に怯えられて、追い出されるようにあのストック村に来た、そんな過去を持ってる。そんな厄介者扱いされた俺が………あの村で、大事にしたいと思った相手ができた。それがお前だ」

 少しだけ目を和らげ、


「俺が周りより強い力を持ったのはきっと、お前を守るっていう使命があるからなんだと思ったよ。この想いを自覚したときにはっきりとな。だからこそ………お前を傷つけたくないし傷つくような場所に置いておきたくない。戦いに出るなんてもっての外だ」

 目を泳がせつつも握りこぶしを作りながら、


「けど…………それ以上に、お前がどんなことをしていても支えてやりたい。そういう気持ちもある。守るだけじゃお前は嫌がるって思っていたから、だからこそ側にいてどんなときでも味方になってやるんだって、今はそんなことを考えてる。だから、さ……」

 白熱した感情を抑えるために、少しだけ口を閉じた。



 そうして一拍ほどの間があいたあと。

「……………なぁ、レイラ。お前はこの先の戦いで、なにをやろうとしてる?」

 最後は落ち着いた物言いでディックはようやっと話を終えたのだ。





 カチコチと秒針の刻む音が響く。丸まって眠るスカイの寝息とともに。

 ディックが固唾をのんで答えを待つ中、レイラがようやっと言葉を口にしたのは。


「………対したことじゃないよ。ただあたしは、みんなと一緒に戦いたいだけだから」

 というものだった。


 静かにほほえみを浮かべて告げるその言葉の中に偽りはなく、その瞳の中になにかを隠す素振りもなく。

 何かあるのではと少しだけ探る目つきをしていたディックだったのだが。

「…………わかった。不安にさせたなら悪い」

 とそう謝って立ち上がり、部屋を出ていく。







 扉が閉まり、また静寂に包まれる部屋の中。

「………ごめんね、ディック。きっと全ての話をしたら止められるだろうから………その時までは内緒にさせて、ね?」

 その言葉だけが室内に響き渡るのだった。

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