〜スローライフ〜田舎に泊まるだけ物語。
赤眼鏡の小説家先生
第1話『ダウト巫女』
人生に疲れた。
仕事、人間関係、結婚…………あ、結婚はまだだった。
上司は、自分の事しか考えてないし、親とも付き合いは良くない。とにかく人生に疲れたんだ、俺は。
でも、自殺する勇気なんてない。
だから、スマホを置いて、家の鍵と財布だけ持って、今1人列車に乗ったのだ。
家の鍵を持ったのは我ながらナイス判断だと思う。帰る気はあるという事だ。
北に登るのが何となく良いと思った。東北は田舎というイメージもあった。
しかし、窓から見える景色は、ビルだった事もあれば、森だったり、はたまたまたビルだったり…………案外交互に来るものだ。
東北が田舎だという考えは、考え直す必要がある。
たまたま停車した人の居ない駅で、電車を降りる事にした。
駅に駅員さんは居ないため、車掌さんに直接切符を渡す。車掌さんは初老の男性で、腰は少し曲がっている。
それでも、慣れた手付きで切符を受け取り、俺の顔を見ると、にこやかに話しかけてきた。
「ひとり旅ですか?」
「珍しいですか?」
「時々、居ますよ」
俺は作り笑いを浮かべてから、電車を降りる。同じことを考える人が居て、内心ほっとしていたのかもしれない。
電車から降りると、ジリジリとした夏の日差しが首元を刺激する。こんなにも暑いのなら、髪の毛を短くしておくべきだったかもしれない。
念のために次の電車を確認したが、古い時刻表が示すには、1時間は待つ必要があるそうだ。
東京とは違い、電車も人も時もゆったりと流れる場所のようだ。
木製の駅からは森林、畑、反対側には田んぼが見渡す限りに広がっており、呼吸をすれば、マイナスイオンを肺に取り込む事が出来た。
とりあえず、自動販売機で缶コーヒーを購入し、バス停と思われる、看板へと足を向ける。
駅前にはロータリーと思われるものが存在はしているが、タクシーは止まっていない。
都市開発で、駅前にとりあえず作りましたよ感は凄いが、そんな光景でさえ、今の俺にとっては新鮮であった。
バス停の看板を見ると案の定、次のバスは1時間後となっていた。
近くに宿もなければ、商店街の看板もない。あるのは某大型モールの看板のみ、50km先と書いてある。
俺は苦笑いをしながら、駅前にあった地図を確認する。
どうやら、少し…………といっても、20分くらい歩いた先に、神社があるようだ。
たまには歩くのも悪くない。
*
コンクリートではなく、土の上を歩くというのは案外疲弊するものであった。
ぬかるんだ道に足を取られ、靴には泥が付いていた。
目的地と思われる神社は…………ながーい階段の上にあるようであり、神様はもう少しだけ、俺に運動をさせるつもりのようだ。
階段を一段、一段踏みしめ、頂上を目指す。少しばかり汗をかいてはいるが、悪い気はしなかった。
森林の隙間から流れるそよ風は、土の匂いと共に、俺の身体をリフレッシュさせてくれた。
頂上に近づくにつれて、鳥居が視界に入ってきた。
鳥居の真ん中は神様の通る道である。なので、俺は端により、柱の横側を擦り抜けた。
神社を見ようと背伸びをするが、その前に箒を片手に掃き掃除をする、"いかにもな"女性が先に目に飛び込んできた。
長い黒髪を後ろで軽くまとめ、これぞ巫女さんといった印象を受ける。しかし、服装はデニムに、Tシャツといった出で立ちであった。
年は十代後半といった所だろうか。顔立ちは幼くもあるが、目鼻立ちは整っており、少し化粧をすれば、とてもモテるであろう。
彼女は顔を上げ、俺の姿を見ると、驚いた表情を見せる。
「あ、あのっ、何か御用ですかっ? 今、その、えっと……」
焦る表情が可笑しく見え、俺は彼女を見ながら微笑んだ。
「落ち着いてください、特に用はありませんよ」
俺の言葉を聞くと、彼女は安堵のため息を漏らす。…………と、同時に大きなバストが揺れた。大自然の中は発育も良いようだ。
彼女は俺の事を見つめると早口にまくし立てる。
「今日は、えっと、父が居ないので、法事や、その、神社の仕事は出来ないので……」
「本当に何も用はないんですよ、ただふらっと立ち寄っただけで」
彼女は俺の事をじろじろと眺める。
「……村の方…………では、ないですよね?」
「都内から来ました」
「とっ、東京ですか!?」
「そうですよ」
彼女は驚いた表情を浮かべ、手に持った箒をぽとりと落としてしまった。
俺は彼女に近付き、その箒を拾う。
「はい、どーぞ」
「あっ、あの、すいません……」
Tシャツの隙間からは胸の谷間が見えているが、見てはいけない。
俺はワザと彼女から視線を逸らし、辺りを見回す。
「いいところですね」
「何にもないですよ」
「それがいいんですよ」
「東京の人はみんなそうなんですか?」
「さぁ、どうでしょう?」
俺は悪戯っぽく笑って見せた。彼女はそんな俺の反応を見ると、くちびるを尖らせる。
「あなたは意地悪な人です」
「よく言われる」
「そうなんですか?」
「1日3回くらいは言われるね」
彼女はクスクスと微笑んだ。
「今日は何回言われましたか?」
俺はその質問には答えずに、瞬きをゆっくりとしてから、そっぽを向き再び笑う。
「あっ、その顔っ、なんですか、なんですか! わたしのこと、バカにしてますねっ」
「してない、してない」
彼女はふくれっ面をすると、「それでは」と話を続ける。
「どうして、東京からこんな田舎に来たんですか?」
「サイトシーイング」
「ダウト!」
「バレたか」
「そんなの、当たり前ですよっ、この村には何にもないんですからっ」
「じゃあ、何にもないのを見に来た」
「あなたはやっぱり意地悪ですっ」
彼女は今日何回目かも分からない笑みを浮かべた。よく見るとえくぼがへこんでおり、愛らしい笑い顔だ。
俺は「すいませんが……」と、話を切り出す。
「この辺に泊まれる宿はありますか?」
「電車で2つほど、行くとありますね」
「それはこの辺とは言いませんね」
「50km先まではこの辺なんですよっ」
「嘘だろ!?」
驚く俺を他所に、今度は彼女が悪戯っぽく笑った。
「先程の仕返しですっ。もちろん、嘘でーす」
なんとも可愛い仕返しを食らってしまった。しかし、続いて飛び出した言葉でやはりここは田舎だと感じた。
「この辺というのは、30km圏内ですよっ」
「よく分かった。ここは田舎だ」
「改めて言われると、少しショックです……」
「すまない」
「いいですよっ、知ってますし」
彼女は箒を手にすこしモジモジとすると、小さな声で呟いた。
「あのっ、もし良かったらなんですけど……」
「なんでしょう?」
「家に泊まりますか? その、部屋も空いていますので」
「初対面の人に、そんなお世話になるわけにはいかないですよ。それにあなたの名前すら、俺は知らない」
「
「それでは朝倉さん、本当に泊めてもらってもよろしいのですか?」
「条件があります」
「聞きましょう」
「あなたの名前を教えてください」
「伊達政宗」
「嘘ですね」
「バレたか」
「あなたはやっぱり意地悪な人ですっ」
本日3回目である。本当に3回も言われるとは、思ってもいなかった。
俺はやれやれとワザとらしく首を振ってから、彼女と同じように名乗る。
「
「じゃあ、げんちゃんですねっ」
「はじめ」
「げんちゃん、お夕飯はどうなさいますか?」
「はじめ」
「げんちゃんはお風呂が先の方が良さそうですね」
「はじめ」
「げんちゃん、靴が泥だらけなので、お家に上がる前に、トントンってしてくださいね」
「分かってますよ、あとはじめ」
「では、こちらにどうぞっ、げんちゃんっ」
もう諦めるしかなさそうだ。
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