第27話 本当のこと
目を覚ますと、私は白いベッドの上に寝ていた。まだ視界がハッキリせず、景色がぼやけて見えるけど、周りは白いカーテンで囲われていて、ここが保健室だという事がわかった。
そこでようやく、自分が妖怪に襲われた後ここにきて休んでいたことを思い出す。
クラスのみんなや保健の先生には、寝不足と言ってある。半分は本当だし、実際眠ったおかげでだいぶ楽になった。
そっと上半身を起こして、壁にかかっていた時計を見ると、時刻はいつの間にか十二時を回り、昼休みへと入っていた。
カーテンを開けると、そこにいた保健の先生が私に気づく。
「あら、もう大丈夫なの?」
「はい。おかげさまで」
睡魔も退き、頭もすっきりしている今、これ以上は休む必要もないだろう。そう思い、保健室を出て教室へと向かう。
教室に戻ると、昼休みだからか、みんなどこかに出ていっていて、室内には誰もいなかった。私しかいない教室はがらんとして寂しく、一人でいてもすることが無い。いくらテスト前だと言っても、昼休みも勉強するほど学業熱心なわけでも無い。つまりは暇だ。
図書室にでも行こうか。だけどそう思ったところで、一人教室に入って来た人がいた。朝霧君だ。
「五木――」
私に気付いて声をかける朝霧君。一瞬、朝の出来事による気まずさが頭をよぎったけど、あれから時間もたったし、今は普通に接することができそうだ。
「授業中に倒れたって聞いたけど、大丈夫か?」
どうやら、どこかで少し話がねじ曲がって伝わったみたいで、心配そうな顔で聞いてくる。
「授業中って言うか、授業に行く前。寝不足だったみたい」
「妖怪とかじゃないよな?」
そこまで話しをしてハッとする。つい癖になっていて、妖怪のことは隠し、寝不足なんて答えたけど、朝霧君にはごまかす必要なんてなかった。だけど、改めて彼を見て思う。
心配そうに私のことを見る朝霧君。きっと、倒れたと聞いて悪い方に想像したんだろうし、実際にその通りだ。
けれどここでそれを言ったら、ますます心配をかけることになる。もう終わったことなら、余計な不安を与えたくは無い。そう思い、とっさに噓をついた。
「ちがうよ」
妖怪絡みのことを誤魔化すなんて、今まで何度も繰り返してきた嘘だ。だけどそれを答えた瞬間、チクリと胸が痛んだ。
「そっか。変なこと聞いて悪かった」
朝霧君はホッとしたようにそう言い、自分の席に戻ろうとする。だけど、本当にこれで良かったのだろうか?
たった今出した、嘘をつくという答えが、早くも自分の中で揺らいでいる。
嘘をつくことの後ろめたさとは別に、気がかりな事もあった。あの蛇はやっぱり、昨日家で見た奴と同じで、私を追って学校まできたのかもしれない。もしそうなら、いつまた襲われるかも分からない。
だったら朝霧君にも本当の事を話して、何か対策がないか聞いてみるべきかもしれない。
ただしそれを言ってしまったら、やっぱり朝霧君には心配をかけてしまうだろう。変に心配をかけるのは嫌だ。
どうすればいい? 迷いながら、席に戻っていく朝霧君の背中を見る。
このまま朝霧君にも本当のことを言わないまま、今までと同じように一人で抱え込んでいくのだろうか。せっかく、全部話せるかもしれない人だというのに。
それもまた、嫌だと思った。
「待って!」
気付いたら、声をあげ手を伸ばしていた。伸ばした手が、引き留めるように朝霧君のシャツの裾を掴む。
「あっ……」
自分でも無意識に出た行動に、一瞬固まってしまう。朝霧君はそんな私に、不思議そうな表情を向ける。
どうしよう。言うべきか、黙っておくか、今もどっちが正しいかなんて分からない。だけど結局、迷いながらも口を開く。
「え……ええっと……もう終わったことだし、私の勘違いかもしれないんだけど……」
心配なんて掛けたくはなかった。でも、もしこれが逆の立場だったらと考えた時、私なら朝霧君に本当の事を話してほしかった。見えないところで耐えるのではなく、一緒に心配していたいと思った。
「何かあったんだな」
「朝霧君には関係ないし、もしかしたら迷惑になるかもしれないんだけど……」
だけど、せっかく言おうと決めたのに、緊張から続く言葉がなかなか出てこない。
そんな私を見て、朝霧君は落ち着かせるようにポンと頭を軽く叩いた。
「いいよ。最後まで聞くから、少しずつでいいから、全部言って」
緊張を悟られたことが、なんだか恥ずかしい。だけど触れたその手は優しく、まるで抱えていた躊躇いを溶かしていくようにも感じた。
「……うん」
頷いた私は、少しずつ、さっきあった事を話し始めた。
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