第14話 なくしたお守り

 一緒に歩きながら朝霧君の方を見る。彼もこの状況に不安を感じているみたいで、その表情は硬く険しかった。けれど、不安の理由は果たしてそれだけなのだろうか。


「もしかして、朝霧君って恐いの苦手だったりする?」


 元々、彼がこの肝試しへの参加を渋っていたのを思い出す。何か用事があったってわけじゃなさそうだったから、それならもしかしてと思って聞いてみた。


「いや、別にそう言うわけじゃない」


 やんわりと否定する朝霧君だけど、どうにも歯切れが悪い。だけど、これは聞いた私も悪かったかも。もし本当に苦手だとしたら、あまり人には言いたくないだろう。私だって、はっきり恐いと人に言うのは恥ずかしい。

 それに、純粋にいなくなった人のことを心配しているだけかもしれないしね。

 

 そう思っていると、今度は逆に朝霧君が聞いてきた。


「五木こそ大丈夫か?」

「大丈夫って、何が?」

「さっきから顔色悪いから、平気かと思って」


 朝霧君と会って少しは落ち着いた気でいたけれど、まだそんなに顔に出ていたのだろうか。だけど実際、こうして歩きながらも、祠や道の途中にいた妖怪の事はずっと気になっている。


「別に平気」


 そうは言ったけど、それがただの強がりだって自覚はある。本当は、不安で仕方ない。

 もしもいなくなった人達があの連中に攫われたのだとしたら、今頃無事でいてくれるのだろうか。これからみんなで探したとしても、果たして見つけられるだろうか。


 収まることなく湧き上がってくる不安を少しでも打ち消そうと、お守りを握ろうとポケットに手を入れる。だけどそこで、初めてその異変に気づいた。


(無い!)


 確かにポケットの中に入れておいたはずのお守り。なのにそこには何もなかった。念の為、他の所にも手を入れて探してみたけど、やっぱりお守りは見つからない。

 もしかして、どこかで落とした?

 祠の前で、びっくり箱に驚いて転んでしまった時の事を思い出す。かなり派手に尻もちをついていたし、そこで落とした可能性は十分にある。


「どうかしたか?」


 私の様子がおかしい事に気付いたのだろう。朝霧君が心配そうに声をかけてくる。


「ちょっと落とし物したみたい」

「落し物?」

「実はね……」


 お守りの事と、それがいつの間にかなくなっていた事を話す。だけど人がいなくなっている今、そんなもの一つで騒ぐわけにもいかない。話をしながら、このまま諦めるしかないかもしれないと思っていた。

 だけど、それを聞いた朝霧君が言った。


「大事な物なのか?」

「それは……」


 面と向かって聞かれ、言葉に詰まる。

 大したものじゃない。本当はそう言おうとしたのだけど、それを言葉にすることはできなかった。だってそれは本心とは違うから。


 だって、あのお守りは私にとって大事なものだった。特別なご利益があるわけじゃない、観光地で買った大量生産品。それでも、私にとっては他のどれにも変わりのきかない、たった一つの物だった。


 一度それに気づいてしまうと、諦めかけていたお守りを失うのが途端に惜しくなる。

 気が付くと、こんな事を言っていた。


「ごめん、一人で先に行ってて」


 その一言だけで、朝霧君は私が何をしようとしているかだいたい察しがついたようだ。


「もしかして、戻って探す気か?危ないぞ」


 そんなのは分かってる。それに、みんなの姿が見えないというのに、お守り一つを探している場合じゃないという事も。

 それでも、何もしないであのお守りを諦めるなんてできなかった。


「悪いけど、みんなの所に戻ったら朝霧君が事情を話しておいて」


 だけどそう言う私に、朝霧君は心配そうな顔をする。


「さっきも言ったけど一人じゃ危ない。俺もいっしょに探そうか?」

「いいわよ。それよりみんなに知らせてきて」


 そう言ってくれるのは嬉しいけど、これは私の我儘だから、朝霧君に付き合ってもらうわけにはいかない。

 それに、もし人がいなくなった原因が妖怪にあるのなら、その姿を見ることができない朝霧君を連れていくのは危険だ。それよりはここで別れて、他のみんなの所に行ってもらった方が良い。


「じゃあ、よろしくね」

「おい、待てよ」


 朝霧君には悪いけど、私は返事も聞かず一人で元来た道を駆けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る