第25話 ロタのクナッド

 ***


「ええ!? クナッド持ってないんですか? 花祭に行くのに?」


 ハイケが両手を口に当てて大げさに驚くので、申し訳ないことをしたような気になった。しかし、騎士が伝統衣装の晴れ着であるクナッドを持っていないことはある意味では当然である。


「だって、私騎士ですし……」


 微笑みながら、ロタは答えた。小鳥がさえずるように、ハイケはよく話した。仕草は愛らしく、つい頬が緩んでしまう。ハイケという少女は、一度気に入ったらどこまでも人懐こくなる性格であるらしく、さっきまであれほど警戒していたのが嘘のようだ。きちんと編まれた栗色の髪が、彼女が身を乗り出す度に少し跳ねる。


「でも、そのまえに女の子だわ!そうよ、あなたいくつ?」


「二十です」


 ハイケはまた目をぱちぱちと瞬いた。


「うそ!私より年上じゃない!」


「ハイケさんは」


 聞き返すと、ハイケは懐っこい笑みを浮かべて首を可愛らしく傾けた。小さな灯りにえくぼが浮かび上がる。


「ハイケでいいわ。私は十八歳。まあ、そんなことより、クナッド持ってないのは大問題よ」


「でも、」


 実際のところ、少女はもっとずっと幼く見えたから、ロタにとっては自分の年齢より驚くべきはそちらであった。


「エイラ様は目一杯おしゃれしなさいって書いていたでしょう!女の子なら誰でも、花祭ではクナッドを着るものよ。エイラ様だって着てくると思うわ」


「エイラさんも?」


「当たり前でしょう」


 鮮やかな色合の布地に美しく刺繍されたクナッドを身にまとうエイラは、想像しただけでも華やかだ。見るのが楽しみで、自然と胸が高鳴る。一方、ハイケは何かを思いついたように両手をぱちんと合わせてロタを見た。


「そうだ!ねえ、私のお下がりでもいい?」


「え? ……でも、体格が違いすぎるよ」


「仕立て直せばいいのよ!ちょっと立ってみて!」


 ロタの手を引いて立ち上がらせると、ハイケはまた服の内側からごそごそと目盛りのついた紐を取り出した。


「寸法を測るわね。両手を上げて」


 言われるままに腕を持ち上げる。小さな身体がすっと脇の下に入り込み紐を回して胸、、腕、脚とどんどん長さを測っていく。最後に少し離れて椅子の上に立ち上がり、ロタをじっくりと眺め回す。


「なるほど……青が似合いそうね。あ、そうだあなた、刺繍できる?」


「ええと、小さいころにはよくしてたけど、ここ数年針握ってないから」


「大丈夫。仕立てるのはやってあげるから、仕上げに自分で少し刺繍するといいわ!」


ハイケが嬉しそうに椅子から飛び下りた時だった。ドアが開き、風がぶわりと吹き込む。


「夜だってのにうるせえぞ!」


 二人が顔を向けた先には、寝ぼけ眼のフレックが不機嫌を隠そうともせずに立っていた。


「あ、フレック」


 ロタが声をかけるのと同時に、ハイケはロタの後ろにさっと隠れる。


「あ、じゃねえよ!寝ようってのにきゃいきゃいと……。そいつ誰だ」


「エイラさんのお使いで来てくれたハイケだよ。フレックが怖い顔してるから怖がっちゃったじゃないか」


「俺のせいかよ」


「フレックも入ろう。寒いし、ドア閉めて」


 手招くと、しぶしぶといった顔でフレックが入ってくる。ハイケはまたこわばった表情に戻り、ロタの背にしがみつくように隠れていた。


「ハイケ、こっちは友達のフレック。怖くないよ」


 フレックはハイケをちらりと覗き込み、肩をすくめた。


「で? 何の話してたんだ?」


「……聞こえてたんじゃないの?」


 眉を上げて、フレックを見る。


「まだ根に持ってんのか。今日は聞いてねえよ」


「ふうん……。さっき話してたのは花祭のこと。ねえ、エイラさん来れるんだって。でね、ハイケがクナッド仕立ててくれるって」


「クナッドね……たまには女らしいことしないとどんどん男臭くなるから、良かったじゃねえか」


 フレックがにやりと笑った瞬間、背中で少女がもぞりと動いた。


「……ひどいわ」


 ロタの背中から少しだけ顔を出し、ハイケは唇を一文字に結んでフレックを睨みつける。


「ロタは可愛い女の子よ。それを男臭いだなんて!あなたみたいなのと一緒にしないで!」


 きつい口調でそう言って、ハイケは今度はロタを睨みつけた。


「あなたもなんでにこにこしてるの? 怒らなきゃ!」


 ロタとフレックはあっけにとられ、顔を見合わせた。すぐにおかしくて笑い出す。


「嬢ちゃん、あんた面白いな」


 ひとしきり笑ったフレックは、目の端に浮かんだ涙を拭いながらハイケに笑いかけた。大きな瞳を瞬かせ、ハイケはもう一度フレックを睨む。


「何よ」


「ロタにいいクナッド、仕立ててやってくれ。こいつの着飾った姿ってのも、ちょっと興味がある」


 ロタの後ろから一歩進み出て、ハイケは挑戦的な笑みを浮かべた。


「当たり前よ。こうみえても、裁縫は大の得意なの。貴族の方のお召し物だって仕立てたことがあるわ」


「すごい!じゃあ、エイラさんの服とかも?」


「あの方は、いつも騎士の装いしかなさらないから……きっと華やかな色が似あうと思うのだけど」


「私もそう思う!花祭、エイラさんどんな服で来るかなあ」


 着飾ったエイラが見られるなんて、花祭の日が待ち遠しくてたまらない。


「まずはあなたのクナッドよ!」


 ハイケが拳を天に突き上げて宣言する。花祭まであと少し。忙しい日々になりそうな楽しい予感が、夜の小さな部屋を満たした。

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