第2話 剣闘大会
***
剣のぶつかる硬い音が東西南北四つに分かれた競技場に響き渡る。三戦目、もしくは四戦目が西の競技場で終わった。負けた騎士は肩を斬られ、ぐったりと倒れている。
致命傷ではないが、場内にこぼれた血が地面をどす黒く染めている。傷は深そうだ。
「乱暴だな……。こんな行事で盛り上げなきゃならないほど、この国は落ちぶれてきているのかね」
頬杖を付きながらアスタルが呟く。ひやりとした。不満を口にすれば、どこでそれが聞かれ、糾弾の材料にされるかわからぬ時勢だ。側に控えるエイラをちらりと見て、アスタルは鋭く微笑んだ。
「たまには気を緩めたらどうだ、エイラ。大丈夫、皆あの野蛮な娯楽に夢中だ。国民の気がこれで晴れるなら、父上もうまくやったということなんだろう」
あくまで柔らかな口調に、焦った胸がゆっくり冷めていく。この喧騒だ。確かに誰も聞いてはいまい。余裕の無さを笑われた気がして、思わず眉を寄せる。彼にとっては、こちらの心を読むことなど、造作もないのだろう。
北の競技場でまた一人勝者が出た。それが何戦目なのか、もはや数える気すら起こらない。
「君も騎士だろう、ああいう戦いに興奮したりはしないのか」
主人の嫌味に、また眉を寄せた。アスタルは時々、答えのわかりきった問をする。女の身であるうえ、騎士にしては小柄で華奢な自分が、貴人の護衛程度しかできないことくらい、エイラは知っていた。その護衛すら満足にこなせなかったこともある。
黙っていると、アスタルは愉快げに笑った。
「そう怒るな。……おや、北の競技場の次の挑戦者は、」
アスタルの声に興味が混じる。苛立ちを飲み込んで自分も北に目を向ける。瞬間、目を疑った。どくりと打った心臓から、感じるはずのない懐かしさがこみ上げ、身体を駆け巡った。
あの立ち方は。あの歩き方は。
――まさか。
北の競技場に入ってきたのは、他の騎士に比べて若干小柄で細身の騎士だった。だがその体つきは、鎧に隠されていても曲線が目立つ。それは、間違いなく女性であった。鉄の兜をかぶったその女騎士が、ゆっくりと相手に向き合う。そして、剣を抜いた。
女騎士は身軽に相手の剣を避け、巧みに攻撃を仕掛ける。勝抜き式のため、何戦も勝ち抜いてきた相手が弱っているのを別にしても、彼女が勝利するまではほんの一瞬に思えた。
アスタルが手を叩く。
「おお、勝った。見事じゃないか。女騎士でも、腕の立つ者はいるんだな」
いつもであれば反応するアスタルの皮肉交じりの言葉も、今はただ耳を通り過ぎて行く。
心臓の音がうるさい。
――いるはずがない。だって、あの子は、
「……エイラ? どうした」
競技場で、女騎士が兜を外した。亜麻色の短髪が、涼やかな目元にかかる。負けた騎士の手を握り、優しく立ち上がらせる。
もう、間違いようがなかった。
「……ロタ?」
口の中で名前を呼ぶと、懐かしさが全身を駆け抜けた。その女騎士は、遠くなったはずの過去――貧しい孤児であったエイラの、唯一の友、ロタだった。
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