SS

ナギシュータ

第1話

「ほら、起きて」

 明るく清潔な白い部屋の中、白衣を着た青年が優しく撫でているのは女性の頬。部屋の扉の横は大きなガラスが張られ、隣の暗い部屋からはうっすらと電子機器の光が見える。

「ううん……雪白ゆきしろ、さん? あれ、私、いつの間に……」

「キミ、最近研究に熱を入れすぎて相当疲れが来てただろう? 休息も研究のうちだし、身体は大事にしないとね」

「あ、はい。ありがとうございます――」

 女性は雪白に感謝の言葉を呟き、そして自分の状況に気付いた。下着すら身に着けていない裸体の姿、両手首にかけられた手錠によって肘掛けに縛り付けられた両腕、眼前のガラスケースの中で蠢く、それ。

 どっと脂汗が湧き出る。

「キミが頑張ってくれたお陰もあってこの子の研究も予想以上に上手く進んでね、本当に嬉しい限りだよ。上からも資金が降りて、次のステップに進む事が出来るようになった」

 両手で抱えられる程の大きさをしたガラスケースの中には肉塊ともスライムともいえない褐色をした粘液質な有機物が、がいた。真白はそのケースを持ち上げ、ガラス越しに女性を見つめる。

「一応は調べたんだよ、この研究所の職員全員の細胞を。こっそり髪の毛を頂戴したり、それっぽい理由を付けて……面倒くさかったなあ。でも逆にそれではっきりと結果が出たから良かったよ。キミの細胞が1番、この子と適合するという結果がね」

 薄々と自分の身に起こるである事を察しつつある女性は震える唇を動かしてやっと一言、声を漏らす。

「い、や……です」

「ああ、大丈夫! 最初からキミの意見は聞いてないから」

 雪白はガラスケースを女性の膝の上に置き、笑いながら答えた。

「心配しなくていいよ? 別にキミは死ぬわけじゃない……。まあ初めての試みだ。完璧に成功するとは思わないけど……この子は今、キミの身体を地球上で1番有効活用出来る存在だ。羨ましいよ」

「羨ましい、なら……あなたが、その身を差し出せばいい、じゃないです、か」

 涙ぐみながら問いかける女性の顔に、雪白はすい、と自分の顔を近付けた。

「キミの言う通りだよ。出来る事ならそうしたかったね……でも駄目だった。これでも研究所内で4番目にこの子と適合率は高かったんだ。だから試しに腎臓を片方与えたよ……でも全く成果はなかった!」

 語りかけるような口調が一気に叫びに変わる。

「キミが本当に羨ましいよ。羨ましすぎて憎い。殺したいくらいだが、この子の為に我慢している。僕は優しいよ」

 雪白はガラスケースを再び持ったかと思うと手を離し、床に落とした。ガラスが割れ、飛び散る音がそれが解き放たれた事を知らせる。逃げようもない女性の足に生温かいそれが触れ、女性は悲鳴をあげる。雪白はぞくぞくと身体を震わせながら、その光景を目に焼き付け始めた。

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SS ナギシュータ @nagisyuta

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