大怪盗アルバトロスと最後の秘宝

田中りとます

プロローグ

情報屋は語り始める

「やぁ、待っていたよ」

 ニューヨーク州マンハッタン。この街に小さな事務所を構える男の元に、1人の人物が訪れた。

「長旅お疲れ様。で、早速だが何を聞きたいのかな?」

 コーヒーカップを2つ。客と自分の前に置きながら、男は顔面に柔らかな笑みを貼り付けて話す。客は出されたコーヒーを一口だけすすると、一言か二言、男に向かって依頼の内容を話した。

「そうか、あの事件について聞きたい……か」

 男は立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。

「いいだろう。話せる限りのことは話してやる……但し、先に言っておくが、これから話すのは荒唐無稽な話だ」

 町を見下ろしながら、男は古い記憶を思い出すように慎重に言葉を選びながら話を続けた。

「最初に断っておくが、僕はこの話の中心人物ではない。それでいて、一連の事件の渦中にはいた」

 男はポケットをまさぐって取り出した1セント硬貨を指で弾き、ゆっくりと落下するそれを目で追って、掌で掴んだ。ゆっくりと掌を広げ、男はその結果を告げることもなくコインを弄ぶ。

「このふたつの事実は相反するように見えるが、いわばコインの表と裏。僕がいたのは裏で、彼らが表だった。そういう話だ。同じ物語の登場人物ではあるが、彼らと僕の関係性はそれほどに異なるものだ……だからこそ、今こうして君に全ての事件について話せる、ということでもあるのだが」

 客の方に向き直ると、男は顎に手を当てて思案しながら……それでいて、楽しそうに、愉しそうに顔面を歪ませて話し出した。

「さて、何から話そうか。物語の始まりはどこか……そうだな、僕は1925年1月10日の夜……より、ほんの少し前。ひとまずそこから始めようと思う」


 ※


 1925年のアメリカで最も高い建物。ウールワースビルディングの頂上に、一人の男が降り立った。

「ハッ……狭い街だぜ」

 表情は伺えない。月の光が逆光となり、彼の姿をはっきりと視認することも出来ない。しかし、それでもなおその全身が真紅に染め上げられた衣装ははっきりと見てとることが出来た。

「だが、退屈はしなさそうだ……せいぜい楽しませてくれよな!」

 何を思い立ったのか、男はシルクハットを軽く抑えるとウールワースビルディングの頂上から飛び降りた。

 重力に身を任せ、ぐんぐん落下していく男は次の瞬間、マントの形を奇妙にねじ曲げハンググライダーを形作ると、そのままマンハッタンの夜空を滑空しながら飛び去って行った。


 ※


「あるいは……そのもう少しだけ先の話。BOI捜査官である彼の元には、新たな司令が届いていた」

「彼ほど真面目な人間も珍しい。最も…それは忠実に、という意味でしかないんだが」


 ※


 1人の捜査官がいた。

 今朝長官によって呼び出されたばかりの彼は、緊張した面持ちで扉の前に立っていた。

 心当たりはなく、清廉潔白な生涯を送ってきた彼にとってなんの前触れもなく長官に呼び出されたという事実は、ひどく彼を混乱させた。

 深呼吸をして、扉に手をかける。

 その時既に、彼の運命が決定付けらたという事など、つゆ知らずに。


 ※


「あるいは……そうだな、1人の老人がいた。金に目が眩んだ、威厳を失ったかつての英雄は焦りを見せていた」

「焦りは選択の誤りを産む……だがまぁ、彼のミスはそれよりもずっとずっと前に選択したものだったんだがね」


 ※


 老人は焦っていた。

 フィフス・アヴェニューに建つ豪邸の一室で、老人は明かりもつけずに頭を抱えていた。

 理由は様々だった。しかし、その中で最も彼を焦らせていた事実と言うのは、その中の一つしかなかった。

 引き出しを開き、ケースに収められたものを取り出す。そこに収められていたのは、掌をはみ出さんとするほどの大きさの、ブラック・サファイアだ。

 暗がりにあってなお、微かな光を取り込んで妖しく光を放つその姿は、見る者をすべて魅了する力を持つだろう。

 ……少なくとも、老人はそうとしか考えていなかった。その秘宝に秘められた力など、知りもしなかったのだから。


 ※


「そして、物語の歯車は回り出す。潤滑油も刺さずに、危うげなバランスを取りながら、それでも回る。いつか破綻すると分かっていながら、それでも回る」

 そこでようやく、男はコーヒーに口をつけた。温く、酸っぱくなったコーヒーを舌の上で転がしてから飲み込むと、男は思い出したように、わざとらしくはたと手を叩いて見せた。

「そうそう、1人忘れていた。いや、彼はこの事件に出てくるキャラクターの中では少しばかり見劣りをする人物でね……だが重要な人物だった。彼こそが、歪な形で回り続ける物語の歯車に潤滑油を刺した、唯一の男だったのだからね」


 ※


 かくして、狂騒の物語は幕を開ける。

 男の言葉を借りるなら、歯車は回り出す。

 磁石のように、或いは運命であるかのように、男達は集い、自らの役割を全うする。


 これは、ジャズ・エイジの中心で巻き起こる馬鹿騒ぎ

 譲れぬモノを持つ者達が繰り広げる群像劇

 まだ誰も知らない、最高の冒険のプロローグ


 Part.1

 大怪盗アルバトロスと最高の秘宝

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