ニンフォ・アニマ ―妖精にさらわれた僕は平穏な明日のために世界を否定する―

西田井よしな

プロローグ

「人間さん、私と契りを結んで」


 そう、彼女は言った。


 人生なにが起こるか分からない。

 そんなありきたりな言葉は、本当に数奇な運命に巻き込まれたとき初めて身に染みるものだ。

 そして僕自身に至っては、このような出来事こそがそれにあたるのだろう。



 木漏れ日の差す森の中。風が吹くと広葉樹の新緑がさわさわと揺れる。

 彼女の髪や瞳の色もそれと同じ鮮やかな黄緑色だ。僕ら人間の持つそれではない。木々の合間を抜ける風は、彼女の柔らかそうなショートヘアーをもふわりとたなびかせていった。


 知識としては、知っていた。

 彼女は妖精だ。それも「ニンフ」と呼ばれる種族。妖精の中では最も人間に近く、森の中に集落を築いて生活している。長命で、多様な呪術に加え飛行や幻術を得意とし、人間にはない鮮やかな色彩の髪や瞳を持っているのが特徴だ。


 逆にそれ以外には人間との外見的な相違は見当たらない。せいぜい服装が中世ヨーロッパの民族衣装を思わせる麻のチュニック(ワンピースのようなもの)であることくらいだ。

 彼女もまた至って普通の……否、かなり容姿の整った美少女だ。忘れていた、ニンフは皆例外なく美しい器量を備えているらしい。


 だがここで重要なのはそこではない。

 特筆すべき点は、ニンフは女性しか存在しないということ。そして、時として「人間の男をさらっていく」という生態があることだ。

 つまり、いまこの状況から導き出される答えとは……。



 どうしてこうなったのか、それを整理するためには少々時間をさかのぼる必要があった――。

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