娘さんに俺をあげます

白野廉

失敗は、成功の…?


 お父様、お久しぶりです。お察しとは思いますが、お話があります。

 そう切り出したのは、隣に座る、俺の大切な人。頭が良く、気高く美しい。所謂お嬢様、というやつで。けれども、それを鼻にかける事も無く。たゆまぬ努力に裏打ちされた溢れる自信。背を丸めて歩くことを是とせず、常に胸を張って歩く。性格は少し勝ち気で負けず嫌い。濡羽色のつややかな黒髪は肩甲骨程で切り揃えられ、祖母から継いだらしい澄んだ碧色の瞳は全てを見渡す為にパチリと開かれている。男女問わずに人を惹きつけ、それらを纏め上げるカリスマ。

 先ずは俺と彼女の薬指に光る指輪について、お話しします。あまりにも情けなかった、あの日の話しを。

 

 

 

 十二月になり冬の寒さも本格的になってきた先日、父の知り合いが主催するクリスマスのダンスパーティーに招待された。ダンスパーティーというだけあって、当然のようにパートナーは必須だ。

 だと、いうのに。

「その、ホンマに申し訳ない。クリスマスは夕方まで外せない用事が、バイトもあるねん……ごめん、くるみ」

 私の彼氏様こと、ゆきとは、そんな事を言ってのけた。

 奴は夏からバイトに励んでいる。変な所で真面目な男だから、ただお金を稼いで遊びたい、その為に仮にも彼女である私と過ごすクリスマスを潰す事はしないだろう。勿論お金を稼ぐ事は大切だし、バイトすることも将来へのプラスになるだろうから否定する気は毛頭ないが。それでも、ちょっと。ちょっとだけ、思うところはある。……ついでに言えば、クリスマス当日は私の誕生日でもあるんだ。

 バイトを始めた当初のアイツ曰く、どうしても自分で買いたい物があるらしい。だからバイトを始める。私と過ごす時間がどうしても減ってしまうが、埋め合わせは必ずする、と夏の太陽の下で頭を下げた馬鹿野郎の背中を押して、頑張れと言ったのは私自身だ。アイツの、こういう馬鹿正直な所を気に入っているのだから、当然だろう。

「だがなぁ……ゆきと氏、やっぱり酷いとは思わんか? ちょっとばかし、楽しみにしていたんだゾ」

「せやねぇ。ゆきちゃん、そらアカンわなぁ」

 代理パートナーに選んだのは、ゆきとの幼馴染であるハル。ゆきとを通じて交流が深くなった男だが、感覚的には同世代の女の子とお茶会しているのと変わらない。

 そんな彼が持ってきてくれた甘い小さなスコーンを一つ手に取り、口に運ぶ。うむ。美味しい。現在私がメイド二人と暮らしているこの家で、二ヶ月に一度程度のペースで開かれているお茶会。彼の選ぶ茶菓子はどれも美味しく、可愛い。選ぶ基準が完全に女の子だし、味の趣味も合う。だから、紅茶の提供は私、茶菓子の提供は彼、という形で落ち着いている。

「ハルくんは何か、ゆきと氏から聞いていないのか?」

ティーカップを傾けていた彼に問えば、緩いウェーブがかかった薄茶の髪を揺らして、目を伏せた。

「うーん……夜にはくーちゃんに会いに行くぅて前に言うとったのを聞いた、くらいやろねぇ」

くるみ、だからくーちゃん。彼独特の呼び方。男にしては少し高めの声で呼ばれるその名を聞くことを、意外と気に入っている。何というか、姉が出来た気分になれるから、だろうか。いや、コイツ男だけど。

「それなら断ったゾ。パーティーが夜だからな……その後となると、どうしても遅くなってしまうだろう。ゆきと氏のご両親に心配を掛けてしまうのは、心苦しい」

「……さよかぁ」

何か言いたげな表情をするハルが気にかかったが、お嬢様、と後ろから掛けられた声によって追及する事が出来なかった。いつも通りのふんわりとした笑顔に戻っていたから。いや、もしかしたら、ただの見間違いだったのかも。

「どうした?」

「社長からお電話が」

 そういえばこの時間帯に電話を掛ける、と一昨日お父様は言っていたか。二日に一度位のペースでかかってくる電話。ちょっと多いとも思うが、海外で忙しなく働いている二人の心情を考えると、過保護だな、と苦笑はするが、鬱陶しいとは思わない。

「すまんハルくん。少し席を外す」

「ええよぉ。まったり紅茶飲んで待っとるわぁ」

 お茶会の席にメイド一人とハルを置いて、部屋を出た。

 

「……ちょいとメイドさん。くーちゃんの為に、一つ協力して欲しい事があるんやけどぉ」

 

 



 

クリスマス当日。ダンスパーティーは特に何事も無く終えることが出来た。一番印象に残っているのが、いつもは下ろしているミディアムショートの髪を項でくくったハルの姿である、といえばどれだけ平穏な時間を過ごせたかが伝わるだろうか。うん、伝わらなさそうだ。

右耳の辺りから項にかけて編み込んであった。あれは確か、フィッシュボーンとかいう編み方だったか。あまりにも可愛かったから私のヘアアレンジも彼にお願いしてみたら、ドレスに合わせてスッキリと可愛らしい髪形にしてくれた。どう編み込んであるんだ。ハルの手際が良すぎて、魔法みたいだった。

 ハルと別れた後、この髪形を崩すのがもったいなくて。月が良く見えると笑うメイドの言葉を聞いて、自室のベランダに出た。ドレスコードだけじゃなくて、エスコートもダンスもばっちりだったハル。ゆきとに、パーティーにおいての立ち回りを教わった、と言っていた。同じ学校に通っていると、ちょっとした時間でも会えるからやりやすかっただろうな。……別に羨ましい訳では無いゾ。

 ヒュゥ、とひと際強く吹いた風。明日にはゆきとに会えるのだから、と大人しく部屋に戻ろうとした所で、不意に。背後から、ガサリと大きな音、が。

 



 澄んだ星空の下、くるみに貰った赤いマフラーをなびかせながら、ただひたすらに走る。考えるのは、彼女が今日参加した筈のダンスパーティーについて。というか、ハルについて。パーティーというのはつまり、公式の場だ。くるみが凛と美しく立ち振る舞っていても、共に立つ者の振る舞いが相応しくなかったら、それはつまり、くるみの評価が下がることになる。俺は小さい頃から彼女と共にあるから、そういった場で気を付ける事はある程度分かっている。ハルにはそれらを教えたからおそらく大丈夫だろうが、心配なものは心配だ。やっぱり俺がパートナーに、いや、コレを渡すのはくるみの誕生日でもあるクリスマス中が、良くて。

 イルミネーションが眩しい街中を走る。この手に持つ紙袋だけは死守する。揺らさないように、歪ませないように。だけどなるべく全力で。今日中に、渡したい。

 走って走って、ようやく。くるみの家の前に着いた。が、しかし。このまま正面からチャイム鳴らしても、追い返されそうだ。いや、アイツなら絶対追い返す。明日にしろ、と言い包められるに違いない。口でアイツに勝てる気がしない。

「ゆきと、コッチ」

 何も考えていなかった、と困っていたところでちょいちょいと手招きされた。声の主はドレスコードしたハルだった。随分と可愛らしくなっている髪形から足元まで一通り見て、一つ頷く。良し。くるみの隣に立っても派手過ぎず、主張が大人しすぎず。あとはコイツのエスコート次第だが……そこは心配する必要は無い、だろう。バッチリこなしてくれた筈だ。

「遅い。もっと早う来れんかったの」

「……すまん。言い訳は、せん」

 ハルがいつものゆったりとした口調では無い。めずらしい、とも思うが、それだけ腹を立てているのだろう。本当に、言い訳をするつもりは無い。オーダーメイドのコレを受け取る時に色々あった、というだけ。元はといえば、優柔不断だった俺が選ぶのが遅かったから。くるみにもハルにも迷惑をかけたことだろう。

「まぁ、ええ。多くは後で聞くわ。とにかく、移動しながら説明するで」

 ぐい、と彼にマフラーを引っ張られて歩き出す。俺のトレードマークとなりつつある赤いマフラー。普通に首が締まる。苦しい。

「ええかゆきと。メイドさんに無茶言って、裏の所、防犯センサー切ってもろてん。塀よじ登ってそっから入って、目印、リボン付いとる木を辿ってくーちゃんの部屋近くまで行く。一ヶ所だけリボン違うらしいから、その木に登るんや。そいたら、くーちゃんの部屋のベランダが目の前。あとは自分で何とかしぃ」

 早口の説明、最後に至っては命令口調だったが、成程。

「覚えたで。任せぇや」

「……気ぃ付けんと、くーちゃんは俺が貰てまうで」

 立ち止まって、真剣な顔で。……コイツ。

「いや、お前が剣道部女子エースに惚れてるのは知って「阿保ちゃう、何言うてんの! ちゃうねんちゃうねん!」慌てすぎかよ」

 先ほどまでの真剣な様子は一瞬にして消え失せた。小声で叫ぶなんて器用なことをするものだ。悪役なんてものは、コイツには似合わない。

「幼馴染って普通こういう立ち位置ちゃう? もー早う行きやぁ」

 しょぼくれるハルの肩を叩き、防犯センサーが切ってあるらしい塀をよじ登る。あぁ、そうだ。大事な事を言っていなかった。飛び降りる前に彼の方を振り返って、一言。

「ハルキ、お前ホント最高やわ。ありがとうな!」

 返事は聞かず、飛び降りた。

 

「言い逃げとか酷いと思う……ホント、ありえへん。ゆきちゃんのアホやろーう!」

 



 敷地内に入り、目印のリボンを探そうとして、苦笑い。蛍光色の派手なリボンだった。メイドさん達が俺に凄く協力的なのは理解した。念の為回収しながらリボンの道を辿って行き、そして最後のリボン。真ん中に青のラインが入った赤いリボンだった。くるみと俺のイメージカラーってやつだろうか。なにより、えらく結び方が複雑で、解き方が分からないほどだ。解くことを諦めるついでに、今まで回収してきたリボンを手近な枝にまとめて結びつけた。手元の小さな紙袋を汚さないように木登りをするなど骨が折れるだろうが、そこは気合だ、と木に足をかけた。

 と、いうか。気のせいで無ければこの木だけ、登りやすい様に剪定されていないか?

 



「くるみ!」

 木の葉や枝をかき分ける音と共に聞こえた、ゆきとの声。何事かと慌てて振り返れば、ベランダ近くの一番大きな木によじ登っているゆきとの姿。え、何してるんだアイツ。

「くるみ、今日一緒に居てやれんくてスマン!」

 よっぽど頑張ったのか、いつもはきちんと七三に分けられている黒髪が崩れているし、葉っぱが引っかかっている。私があげたマフラーにも沢山葉っぱがくっついているし、いや、何処を通って来たらそうなるんだ。

「そんで、誕生日おめでとう。今日渡したくって、けどくるみに似合うようなん探しとったら、……あぁ、いや、ちゃうくて、せやなくて、えーっと」

「喋るのヘタクソか。……私は待つから、ゆっくりでいいゾ」

 太い枝の上に立ってわたわたと言葉を探す姿が珍しくて、思わず笑ってしまった。言いたい事はズバッと言うアイツが言葉を探すとか、明日は雪でも降るのかもしれない。あぁでも、この寒さなら本当に降るかもしれない。

「誕生日プレゼント、コレ」

 後生大事に抱え込んでいた紙袋から取り出し、ポイっと放り投げられた箱を受け取った。私の気のせいで無ければ紙袋が汚れないように気を付けていたんじゃないのだろうか。最後の最後にこんな扱いで良いのか、お前。照れているのか。それはそれで珍しくて良いな。

ぐるっと頭の中を駆け巡った思考を脳みそから追い出し、改めて箱を開けてみれば、その中にちょこんと飾られていたのは、一つの指輪。ゆきとの方を見れば、マフラーに顔をうずめていた。やっぱり照れているのか。顔は赤く染まっているのか、いないのか。月を見るために、と部屋の電気を付けなかった少し前の自分を責めたい。

「あーまぁ、ピンキーリングってやつやな。俺としては、右手の小指に着けてほしいんやけど……婚約指輪代わりだ、思うて。ソレ、貰うてくれるか?」

 勿論だ、と言いながら箱から指輪を取り出して、右手の小指にはめる。……この、大馬鹿野郎。

「……ちょっと、緩いんだが」

「うっそやろホンマ?」

 ゆきとは、その大きな体格に見合うだけの決して軽くは無い重量の持ち主の筈なのだが、ぴょいっと容易くベランダに跳び移ってきた。そして、私の右手に引っかかる指輪を見て、溜め息を一つ。お前がガバるなんて珍しいな。今日は珍しい事尽くしだ。

「なに、違う指に変えてしまえば良い。左手の薬指なんてピッタリだと思うんだが?」

 右手の小指から、左手の薬指に。うむ、思った通りだ。薬指に光る指輪が、愛おしい。……だが、これだけでは足りない。

「私を、散々待たせたんだ。指輪だけじゃぁ足りんな」

「……待たせてしもたんは俺やからな、何でも言うてくれ。出来る限り叶えるで」

 ゆきとの言葉に、ニヤリと口角が吊り上がった。出来る限り、と言ったな。コイツに拒否権など、元より無い。

「簡単な話だ。私はお前の全てが欲しい! お前が選択できる返事はハイかイエスかダーしか無いゾ」

「なんや、それ、拒否権無いって事やん……けど、しゃーない」

ハイル・マイ・フラウ

 差し出した左手に、跪いて口付けを。いつの間にやら、随分と気障ったらしい行動が出来るようになったものだ。

 

 その日から、私とゆきとの左手の薬指には、揃いの指輪が。

 



 

 

 こんな風に情けない所もある奴ですが、どうか。

 彼女と二人、共に歩いていくことを許してくれますか。

 

 

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