はじらいサキュバスがドヤ顔かわいい。

旭 蓑雄/電撃文庫

プロローグ



「ごめんね、津雲くん。私、好きな人がいるの」


 夕方の教室だった。

 中学二年の秋、俺は初めて女の子に振られるという体験をした。

 その子はそんなに可愛い方ではなかったし、周りの男子からの評価も、よくいって中の中……あるいは下の上くらい。

 ただ、いかんせん胸が大きかった。

 多分、クラスで一番大きかったと思う――いや、こういう客観的評価ができるところで言葉を濁すのはよくないので、はっきり言うけれども――一番大きかった。

 いわゆる一つの、恵まれた肉体というやつ。

 それも、学校に一人いるかどうかというくらいの逸材。

 俺だって彼女のことはずっと目で追っていたし、もっと言うと彼女の胸の動きに意識を支配されていた煩悩の塊だった。

 でも、これって俺が悪いの?

 富士山を富二山と読みかえると、そこに富んだ二つの山が現れる。「なぜそれに登ろうというのか?」という問いには、「そこに山があるからだ」としか答えようがない。

 男である以上、その柔らかそうな双丘から逃げることはできない。


 そのときの俺は、おっぱいの使徒だった。


 わかった、この際それは認める。

 ――ただ一つ言いたいのは、俺は彼女に振られたが、別に彼女に告白したわけでもなければ、彼女を好きだったわけでもない、ということだ。


「……え?」


 と、呆気に取られる俺に、彼女は顔を赤らめて言った。


「だから、津雲くんの気持ちには応えられない。ごめんね!」


 そして、漫画のヒロインがするような典型的な女走りで、教室から飛び出して行く。

 その大きな胸をゆっさゆっさと揺らして。

 一人ポツンと教室に取り残された俺は、何が起こったのかわからず、しばらく固まっていた。

 その翌日、俺が彼女に告白して、見事に撃沈したという噂が広まっていた。

 色々と周りに話を聞いたところ、どうも女子の誰かが、「津雲があんたのこと好きみたい」という根も葉もない噂を流し、彼女はそれを真に受けてしまったようだった。

 彼女には大きい胸があり、俺は決定的証拠としてそこに指紋ならぬ視線をべっとりと張りつけ続けていた。

彼女がその噂を信じ込んでしまうほど、俺には隙が多すぎたのかもしれない。

 とはいえ、その日から俺はずっとクラスで「登頂失敗者」「樹海ダイバー」「負け犬エベレスト」「中折れ王」などと散々な蔑称で呼ばれることになった。

最後のは違うと思うけど……。

 とにかく、思春期の多感な時期である。

 それがトラウマとなった俺は、我ながら極端な考えに行きついたものだと思う。


「ち、ちくしょう、失敗した……こんなに苦しいのなら……愛などいらぬ……!! ああ、女なんかにうつつを抜かした自分が恥ずかしい!」


 正確には、うつつを抜かしていたわけではなかった。ただ大きな胸というその一点に、ロマンのような何かを感じていただけだった。

 しかし、もはや失敗は成功の母という、その母ですら俺には敵と感じられた。

 汚れきっている! 

 俺はいわゆる処女厨というやつではなかったけれども、そもそも成功を生んだ時点で、失敗は処女ではない。おお、なんとこの世は汚れきっていることよ!

 そうして俺は、「おっぱいでしっぱい」というダジャレに「ブフーッ」と一人噴き出したのち……己の煩悩を封印したのだった。

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