006 探偵のペットは喋る
俺が狙い撃ちされた、だって?
「それってまさか、俺が狙われたってこと!?」
「……言い直して何が変わったのかわかりませんが、その可能性が高いです。ざっと照会してみたですが、他に同じメールが送られたという報告がない。フィッシングメールは千人に送って一人引っ掛かればいいくらいのもので、たくさんの人に送るものなのですが、このメールを受け取ったのがあなただけというのはどう考えても変です」
つばめちゃんは目を瞑り、うむむと唸りながら上半身をメトロノームのように左右に振る。
「ちなみに柊さん、いくらほど盗まれたですか?」
「五千万円くらい」
つばめちゃんは「ごしぇっ!?」と素っ頓狂な声をあげた。
まあ驚くよな普通。
「えと、柊さんは資産家の息子さんとかであらせられましたでするか?」
敬語がさらにおかしくなった。
「うちの全財産だよ。両親ともいないんだ」
つばめちゃんは少し驚いたようだが、得心したようで「なるほど」とだけ言った。
この手の話をすると謝られることが多く、それが心ある人の普通の反応だとはわかっているのだが、つばめちゃんくらいの反応の方がむしろ有難い。
それに、これはあくまでただの推測だけれど——きっと、彼女も。
「あなたがそれだけお金を持ってることが知られたのだとすれば、狙われたことにも一応説明がつくですね」
「でもちょっと待って。俺、お金のことなんか誰にも話したことないよ? それこそ親戚くらいしか知らないはずだ」
「情報はどこからでも洩れるものです。そう割り切って、どう取り戻すかを考えた方が生産的ですよ。でも誰にも話してないということは、お知り合いに心当たりはないということですか」
「そんな悪人が俺の周りにいるはずないよ」
「……謎の自信ですね。柊さん騙されやすそうですし、気付いてないだけかもですよ」
失敬な、と言いたかったが、実際に騙されたからここにいるわけなので、言葉を飲み込む。正確には悪人がいないというより、周りに人がいないのだ。
「まあいいでしょう。報酬を払っていただける目途もついたですし、依頼は引き受けるですよ」
つばめちゃんはそう言ってくれた。
探偵の仕事の九割は浮気調査だと聞いたことがある。先ほどの事件もそうだが、犯罪者を相手にするような依頼は断られるだろうと覚悟していたので、素直に有難い。
「ありがとう、つばめちゃん」
どうかひとつよろしく、と頭を下げようとすると、
「その前に、ひとつ確認したいですよ」と制止してきた。
「何? なんでも聞いてよ」
「はい。その薄気味悪いスマホですが」
「失礼だな」
俺のスマホの背面には、色々な虫のシールが貼ってある。クワガタ、カミキリムシ、コオロギ、カマキリ、オニヤンマ、タランチュラ……虫の洗練されたフォルムは美しいしカッコいいと思うのだが、なかなか理解されないのが悲しい。
「いま身に着けている通信機器は、そのスマホだけですか?」
唐突なその質問に、一瞬固まってしまった。
「そうだよ。このスマホだけ」
「嘘をつくな、この痴れ者め」
……え?
「信を置くべき味方に真を語らず謀ろうとする輩に施す慈悲はなし。恥を知れ、そして疾く去ね」
えええ。ちょっと待って。
「そんな急にキャラを変えられても困るよ、つばめちゃん。オッサンみたいな野太い声で、しかも心なしか声が背後から聞こえてきたような気もするし」
「そこまでの材料があれば普通は私以外の存在を疑うですよ。今のは私じゃなく、その子です」
ちゃんと彼女の声と口調でそう言って、つばめちゃんは俺の後ろの床を指さした。
そこには大きなトカゲがいた。
「おわあっ!?」思わず飛びのく。
虫が好きなくせに爬虫類が苦手というわけではないが、足下にいきなりこんなのがいたら誰だって驚くだろう。
ペットか? とても日本で野生化しているとは思えないサイズだ。それに丸みを帯びたフォルムといいマスコットじみた顔つきといい、トカゲとはいえ愛玩動物の要素が多分に含まれているように見える。
いや、そうじゃない。まずはそこじゃない。
「何を呆けた面で見下ろしている、この三太郎めが。黙って聞いておれば我が主人を『ちゃん』付けするなど、吾輩の目の黒いうちは許さぬぞ」
トカゲが喋っている……やたら時代がかった口調で。しかも立て板に水でなじってくる。
シンプルに怖い。
「レオパードゲッコーのパピコちゃんです。といっても生体じゃなくロボットですけど。私がチューニングした対話エンジンを搭載してるですよ」
「ロボット!?」
改めて観察するが、質感も動作も本物にしか見えない。
そういえば、最近は生体でペットを飼う人が減ってきていて、本物そっくりのロボットペットが人気だと聞いたことがあったような……。
「この色がまたいいでしょう。ハイポタンジェリンという種類の特注カラーリングモデルなのです」
「舞子ランジェリー?」エッチだ。
「ハイポは黒色色素減退、つまり黒斑点が少ないという意味で、タンジェリンはオレンジの一種です」
「ああ、オレンジ。オレンジ色のトカゲなんて珍しいのもいるんだね」
それを言うなら喋るトカゲの方が絶対に珍しいのだけど。
「トカゲでなくヤモリの仲間ですよ。カワイイでしょう。うりうり」
つばめちゃんが指で撫でると、パピコは気持ちよさそうに目をつむる。ロボットなら本当に気持ちいいわけではないだろうけど、そういう仕様なのか。
「ネットから会話データを収集して学習させてるですが、アニメやら漫画からばかりデータを集めてるようで、妙な喋り方をするし、性格もよく変わるのですよ」
なるほど。じゃあ今はさしずめ侍アクションものの影響ってところだろう。
「他にも色んな機能があるです。GPS発信機能とか、それに嘘探知機能、とか」
そこで意味深に俺の目をじっと見つめてくる。
「嘘探知機って、このトカゲが?」
「再三の蜥蜴呼ばわり、不届き千万。此処で命散らす覚悟はできておろうな」
「ロボット三原則って知ってる?」
人間相手にちょっと好戦的すぎやしないか。
「探偵にとって、相手が嘘をついてるかを見極めることはとても重要です。この子は両目のセンサーで相手の表情や血流、瞳孔の変化から真偽の判定をしてくれるのです。もちろん個人差があるので、実際にいくつか質問をしてみてデータを取る必要があるですが」
なるほど、それで「嘘をつくな」か。
そういえばここに来てから何度か質問を受けたけど、あの時に俺の生体反応のデータを取られていたわけか。眉唾っぽくもあるが、どうやら本当のことらしい。
だって俺が嘘をついたのは事実なのだから。
「最初に会った時から、ずっと通信機器の反応が二つありました。嘘をつく人からの依頼は受けられないです」
つばめちゃんは疑いの眼差しを俺に向けている。
ううむ、どうしたものか。別にたいした話ではないのだけど、と悩んでいると、
「ペースメーカー、ですか?」
彼女の方から切り出してきた。
鋭い。本当に探偵みたいだ、なんて言うと「本当に探偵です」と怒られてしまいそうだが、感心してしまう。
「そんなようなもんだよ。身体に医療機器を埋め込んでるんだ」
つばめちゃんがパピコをちらりと見る。パピコは無感情な機械の目で俺を見ていたが、今度は何も言わなかった。
「……わかったです。疑ってすみませんでした」
またぺこりと頭を下げる。
「こっちこそ、つまらない嘘をついて悪かったよ。喋るトカゲなんて珍しいものも見れたし。あ、トカゲじゃなくて、なんだっけ」
頭を上げたつばめちゃんは「レオパのパピコちゃんです」と微笑み、炬燵から立ち上がった。
「では私は仕事に移るですが、柊さんはどうするです? たぶん一晩もあれば終わるですが、今日は泊まっていくですか?」
「うん……え? 泊まるって、ここに?」
なんで急にそんな話になるんだ。
それにその提案はちょっと、さすがに無防備すぎないか?
女の子が一人で暮らしている家に、しかも初めて会ったその日に宿泊するなんて、そんなことがこの法治国家で許されるのか。いや許されまい。フィッシング詐欺以上の重罪であるかもしれない。良識ある一市民としての誇りがあるならば即刻辞退して然るべきだ。
が、しかし……。
「だって柊さん、一文無しなのでしょう?」
そうなのだ。
現金の持ち合わせがほとんどなく、もう手元には雀の涙ほどしか残っていない。かといってお金を無心できるような知り合いもいないし、バイト代の前借りも出来ない。食料の備蓄が尽きたら次の給料日までどう食いつなぐか真剣に悩むほどにはお金に困っていた。
「そうさせてもらえたら有難いけど、でもさすがに同じ部屋で寝るのは……」
「だいじょぶです、三階が空いてますから」
そう言って天井を指さす。この事務所の真上のフロアだ。
確かに看板や表札が無いので空きテナントだろうとは思っていたが、空いてるから使っていいというわけでは……
まあいいか。せっかくの好意だ。
「ありがとう、じゃあお言葉に甘えるよ」
つばめちゃんは天使だなあ。
「念のため言っとくですけど、妙なことしたら」
つばめちゃんがパピコを抱き上げてこちらに顔を向けると、パピコは口を大きく開けてシャー!と威嚇してきた。
「ハックユー、ですよ」
いや、やっぱり怖い。
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