オルカラド王国(Kingdom of Olkalad)
第27話 森の守護者か破壊者か
《前回までのあらすじ》
オルカラド王国を今度こそ完全に征服すると息巻くルシアン帝国と、今まさに分断され、国家的な危機に見舞われているオルカラド王国。
その一方で、オルカラド王国内で起きている残虐な連続殺人事件(通称キバ事件)の実態調査のため、密かにオルカラド王国に入国していたIPIA(国際警察庁付調査機関)の久我 春輝は、案内人のダニールと共に事件現場だったミコルの森を訪れる。
キバは善人か悪人か—はたまた両面を持ち合わす集団なのか…春輝たちの調査は続く。
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オルカラド王国、国境線付近ミコルの森南西部―
(さ、寒過ぎる…)
雪が膝下まで積もるところを何時間も歩き続けるなんて、いつぶりだろう。この国で入手したブーツみたいな雪用の靴を履いていても、足の先がさすがに冷えてきた。
暗くなるにつれて風も強くなっている。
「ハルキ、あと少し……あれ…大丈夫?休む?」
ダニールは本当によく気がつく男だ。どっかの誰かとは大違いだな…
「大丈夫です。はぁ…なんか急に冷え始めたなぁ…」
吐く息は白く、吸い込む空気まで冷たいから体の芯まで冷えていく。日本から持ってきた貼るカイロも、今はあまり効果を感じられない。
ダニールも、頷きながらネックウォーマーをずり上げている。手元の時計を見ると、さらに告げた。
「ここの辺りは、夕方から一気に気温が下がりますからね…すでに氷点下9度。」
「氷点下…」
その言葉を聞いただけで寒気がする。
「警察署でもらった地図では、近くに山小屋もあるはずだけど…見当たりませんね。」
たしかに、それには薄々気づいていた。
けど、そんなこと恐ろしすぎて気づかないフリしてたんだ。
「もしかして…」
やめてくれ。違うって否定してくれ、ダニ…
「道に迷ったのかもしれないね。」
分かってた。薄々気が付いてた。悲しいけど、ダニールがそう言うなら間違いない。現状を受け入れよう。それにしても、これから日が落ちるって時に遭難なんて辛すぎる。
「ハルキ?顔が暗いよ。」
「いや、暗くもなる…あ!そうだ、来た道を戻りましょう!きっと足跡が残ってるは…ず…」
意気揚々と振り返ったが、すでに来た道は木の上の雪が落ちて埋まっていた。
「……」
「ハルキ、雪国にはよくあることだよ。大丈夫、もう少し進んでから休憩しよう。」
ダニールは優しく笑い、肩をたたいてきた。
(子どもをなだめるような口調だな…)
さすがに情けないので、黙って頷き、先に歩き始めたダニールのあとを歩く。すると突然、ダニールが立ち止まった。あやうく彼の背中にぶつかるところだ。
「…?どうしたんですか?急に…」
「しっ!静かに…!」
(え…)
見上げたダニールの顔があまりにも真顔だったので、緊張する。動くな、と手で合図まで出してきた。
(なんなんだ?一体何を…警戒してるんだよ…)
指示どおり身動きせずにいたが、吹く風の音や揺れる葉の音以外、何も聞こえない。少し我慢したが、それでもダニールは動かないので声をかけようとした―そのときだった。
カサッ…カサ…ッカサカサッ…ガサガサッ!
(え…)
ガサ…ッガサガサ…ガサッ…!
微かだけど、たしかに聞こえる。葉が不規則に揺れ、幹が軋むような音が。これは…
「獣じゃない…私から決して離れないで。」
声を最大限に潜めたダニールの声は、さらに緊張を高めた。獣じゃないってことは…
(キ…バ…?)
緊張しすぎて寒さすら感じてる余裕がない。ダニールのうしろで、ひたすら声を潜める。微かな音は少しずつ小さくなっていき、再び静寂が訪れた。
(もう…行ったか…?)
ダニールの背を二回、軽く叩いてみた。
振り返って頷くダニールの顔を見てほっとする。ひとまず、危険は去ったみたいだ。
あの音が、どれほど距離のある場所でした音なのかは分からない。けど、たしかに"何か"が移動していた。
「急に止まってごめん。ひとまず火をおこすからハルキは温まって。」
唇の震えが止まらない。恐怖じゃなくて寒さのせいだと思いたい。ダニールは実に手際良く、辺りの小枝や葉を集めてくると持っていた着火剤で火を点けてくれた。
手袋は外せない寒さなので、そのまま火に手のひらを向けた。じわりじわりと暖かさを感じる。
「うー…ありがとうございます…生き返ったぁ…」
手袋についていた雪も溶けて、顔を上げるとダニールはほっとしたように笑った。
「良かった…もう少し歩けそう?」
「あ、はい!すみません。大丈夫、歩けます。さっきの…何だったんでしょうね…」
ダニールも思い返しているようだった。
「あの音は鳥や動物じゃなかったから…人間だと思う。たぶんね。」
「キバ…ですかね?」
「どうだろう…けどキバBなら厄介だな…」
キバB—俺たちがこの土地で耳にした噂を整理した時に凶悪な真犯人のほうをそう呼ぶことにした仮称だ。キバ自体、どんな集団かも分かっていない。
仕入れた情報のキバは両極端だったので、この森に入る前に自分たちが宿泊している山小屋近くの警察署へ寄った。
しかし、キバ事件についての捜査資料や情報は全て首都にある中央警察署(セントミリーツィア)に集約されているので何も分からないと言われた。
地方警察は地域巡回を増やして警戒はしているらしいが、この村の警察署員はまだ誰もキバには遭遇した事がないとも言っていた。
「どっち…行きます?」
風が肌に当たると冷たくて、痛い。
「戻りましょう。足跡は消えてる所もあるけど、これ以上進むのは危…」
"やだ…ッ助けて…っうああ…ぁッ!!"
!!!
ダニールと顔を見合わせる。
聞こえた。はっきりと。男の叫び声だ。
「キバ…B…?」
「かもしれない。ハルキ、ここにいて。見てくる。」
「えっ…いやいや!俺も行きます!」
慌てて行こうとするダニールの腕を掴む。
「ってか、ダニールも行ったら危ないって、絶対!本当にキバBなら、何人も殺してる犯人ですよ?」
「ハルキ…けど、彼らがこっちに向かって来たら?」
「え…」
「危険は分かってるつもりだよ。色々なことを私なりに考えてベストを尽くしたい。ここにいてくれる?」
何も返す言葉が見つからない。ダニールの目は真剣そのものだ。英語まじりになりながらも、更に続けた。
「いいかい?見て…ハルキの時計で今から30分後、私が戻らなかったら、来た道を引き返して。まだ足跡は残ってるから大丈夫。途切れていても、落ち着いて、冷静に、地面を見るんだ。いいね?」
ダニールが冷静に説明すればするほど、どんどん不安になる。ダニールをこのまま行かせていいのか?
どう考えても危ないのが分かってるのに、ダニールが戻らない時の話なんて冷静に聞けない。足がすくんだ。
「ハルキ。聞いて。大丈夫、私を信用して欲しい。こういう危険なことには慣れてるから平気さ。」
「え…」
慣れてるって何だよ。こんな危険に慣れてるってどういう仕事してんだよ。こっちの表情を見て、ダニールは笑う。
「私たちがここをどちらも無事に切り抜ける為には、真剣に、そして冷静に、それぞれが役割を果たす必要があるんだ。いいね?だから力を貸して。」
「…分かりました。絶対30分以内に戻って来て下さいよ?」
「OK!じゃあ行くよ。」
近くの大木の陰に座って身を隠して待つようにとだけ言うと、ダニールはすぐ行ってしまった。
時計を見ながら、手を擦り合わせて待つ。
腕のデジタル時計によると、あと29分後に俺はひとりで帰らなければならない。
(まじでダニールって何者なんだよ…スパイ映画じゃあるまいし…)
寒すぎて震えながら時計を見た。3分しか経ってなくて心の中で舌打ちする。ダニールが戻って来なかったらどうしよう…ふと思ったとき、軽やかな足音が聞こえた。木の上から雪が落ちる音もした。
(ダニール…!戻ってきたのか…!)
反射的にそう思い、立ち上がる。雪を払いながら、木の前に踏み出した。
(ダニールったら脅かしすぎだよ…こんなに早く戻って来られるんじゃないか…!)
「え…」
ダニールじゃない。
目の前に現れたのは、ひとりの女の子だった—
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