第7話「拝啓、湖の水はどんな味」

 けもの道を足で踏み、僕、宮本龍太(今はドラコ)は道を作りながら歩く。

 非常にマズいことになったぞ。リオさんと別れてからというものの、一体ここはどこなんだ?。

 額に出てきた汗がポトリと地面に落ちる。こうなる事ならば、湖の水を飲んでおくべきだった。リオさんが水浴びしてたけれど……。

 妙に人間だったプライドが邪魔をしていた。身体はお風呂で洗いたいし。水はアミュさんの家で飲めばいいと考えていた僕を殴りたい。


「ああ、喉がカラカラだぜ。まったく、汗がもったいないよ……」


 太陽が頭を出してきて、周辺を暖かい光で照らす。今何時だろう。

 ちゅんちゅんと身体の青い小鳥っぽい生き物が、元気よく声を鳴らす。まるで警戒心がないように、森の中を大きな鳴き声が響き渡る。


「こいつらには天敵がいないのだろうか。まてよ。こいつらは木に登っている。ってことは地面にしか敵は居ないのか」

 僕はあごに手をあてて考える。それじゃ、木に登ってたら安全じゃないのか。

 小鳥っぽい動物をずっと見つめていると、木から一匹の緑っぽい1メートルほどの蛇が、ガブリと小鳥を一飲みした。


「……ただの警戒心がない小鳥ってだけだったのか。くそったれ」

 僕は顔を青ざめながら、恐る恐る、背中を見せずに、湖の方向に戻った。


「ハアハア。もうここまで来たら追いかけてこないだろう」

 息を切らしながら、倒れこむ。正直、助かった。標的が鳥だったことに。

 実際、「捕食される」と頭をよぎった僕だったが、一匹だけだったみたいだ。それに食べてから(消化しているからなのか、小鳥に毒でもあったのか分からないが)、動きがゆっくりになっていた。

僕が走り気づいた頃には、もうすでに居なかったのが現実なのだが。


 僕は、リオさんが水浴びしていた湖の水をゴクゴクと飲んだ。「ふう」と一息吐くと、顔を水で洗った。

「ああ、気持ちいい。なんだかここの水美味しいな。なんだか聖水みたいだな」

 これは今度リオさんに会ったら報告しないと、ここの湖の水は美味しいってことを。知って飲んでくれたら、きっと共感してもらえるはず。

 僕は見渡すと、太陽が出ているのにも関わらず、不思議と湖周辺だけは、霧がかかっていて湖の奥は見えなくなっていた。

「結局、スタート地点に逆戻りか。ため息も出ないぜ」

 きょろきょろと見渡しても見えない現実に、僕は地面に座り込んだ。

 一人じゃ何にもできない僕自身が恥ずかしい。このまま僕は弱肉強食のこの森で朽ちていくのだろうか。いや、捕食される方が先かな。はあ、アスナになんて言いわけをすればいいのだろうか。

 僕は頭を抱えながら、頭を横にブンブンと振る。そして、お腹からギュッと大きな音が、周辺に鳴り響く。

「結局、水しか飲んでないもんな。もう朝だし。お腹空いたよ……。チクショウ、誰かいるなら助けろよ」

 手を天にあげて。そのまま地面に倒れこんだ。空を見つめるが、霧がかかって、真っ白だ。

「さっきまでは太陽の明かりが出てたのに、森の奥じゃこんなにも違うのかよ。ああ、カレー食べたいぜ。ご飯食べたい。地球の親子丼、最後に食べたかったな……」


 僕の鼻からどこからか、香ばしい匂いが感じた。それも何かを焼いている匂い。 クンクンと鼻につく匂いは、さっきまで感じることのなかった、期待感や高揚感が増す匂いでもあった。一気に、僕の腹の虫は活動を始める。

 匂いを頼りに、重い腰を上げて、一歩一歩踏み出す。足取りがものすごく重い。

 ただ、生きていたい。お腹に何か入れたい一心だった。

「……これは、パンの匂い?」

 ぎゅーっとお腹の音がなり続ける。もしかしたら、誰かいるのかも。助けてもらおう。最悪の事態も頭によぎったが、今はそれどころではなかった。


「誰か……、誰か……」


 一歩一歩、匂いを頼りに、けもの道を踏み入れる。匂いも次第に近くなっていく。


「絶望とかは止めてくれよ。人間界で言う、砂漠の幻覚とかいらないからな……、頼む……」


 だんだんと匂いが強くなってくる。けもの道から出ると、見覚えのある木の家が見えてきた。


「帰ってきたのか、アミュさんの家に……」

 僕はぽとりと瞳から、涙を落とす。ぺたんと地面に、腰が砕けるように座り込む。助かったという安心感からなのだろうか、足がガクガクと震えている。

 仕方がないので、四つん這いになって、一歩一歩と前へ進む。


「ああ、お腹空いた、早く、早くご飯を……」


 目の前にはドアが見えた。ようやくここまで着いた。やっとだ。死ぬかと思った。これで生き延びられる……。

 ただ、僕は気づいてしまった。どうしようもない真実に……。

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