拝啓、元社畜のドラゴンライフ。

誠二吾郎(まこじごろう)

第1話「プロローグ1/2」

龍太りゅうたおにいちゃん……、改め、宮本龍太さん、ようこそ、死者への裁判館へ。先ほど、不幸にもあなたの人生は終わりを告げました。私、光の女神であるアスナがあなたの今まで行った、行い《おこない》を裁量いたします」


 長い銀色の髪がサラサラと舞った。前にしれっと嗅いだ柑橘系な甘い香りがほんのり鼻につく。


 幼いながらも顔も整っていて、まるで先ほどまで一緒に居た妹にそっくりだ。

見渡すと、周り真っ暗なところだけど、アスナらしき女性が居るところだけは光り輝いている。一本だけ凛々しく咲く美しいユリのような存在にも思えてくる。

 アスナという妹と背たけや胸、身長と言ったあらゆるところがそっくりな女の子は、セリフを言い終わるころには一粒の涙を流していた。

 服装もひな祭りで出てくるお雛様のような和風な感じの着物を着ていた。赤色ベースだろうか。時折、金色の龍みたいなのが見える。趣味はさすがアスナってとこだろうか。


 ただしかし、なぜ唐突にも人生の終わりを告げられないといけない。……、仕方がないので僕は以前までの記憶を思い出す。


______________


「おい、777番、さっき渡した書類は出来たのか?」

 小奇麗にしている小さなオフィスから大声で僕に怒鳴ってきたのは、上司である部長だ。いつも周囲に怒り散らしていて、すでに頭までハゲ散らしている。数人いる社員も部長には目を合わそうとしていない。


 僕は「ビクッ」と反応して、部長に恐る恐る、言った。

「すいません。別の案件と並行していて、まだ出来ていません」

 部長は真っ赤な顔になり、僕の胸ぐらをつかんだ。

「お前ふざけんなよ。俺の仕事が優先だろ。お前のせいで俺の評価もとい、定時よりも早く帰れなくなったらどうするんだよ。お前の仕事より俺の仕事だろ。バカが」


 周囲に響き渡るように言った。僕は反論を試みた。

「落ち着いてください。先ほどいただいた部長の仕事は、社内のアンケートの集計でそこまで重要性が低かったので後でいいのかなと思いまして。そ、それに今並行している仕事は昼にお客様と会談するために必要な資料ですので。それに営業会議で使用する用のプレゼンも……」


「言い訳はそれだけか?777番?」

 顔を真っ赤にしている部長が見えた。すると、僕の足を蹴り、頬を殴った。

「お前の顔を見るだけでも虫唾がはしるんだよ。いつもいつも言いわけばかりでよ。それはお前の仕事だろ?俺の仕事をしてから、やれよ」


 僕は理不尽なやり取りをやり過ごすかのように思考をストップさせるしかなかった。

 このクソハゲ部長が、お前はいつも寝てるだけだろうが。今日はたまたま起きて暇してただろうが。それにお前のせいで部下は辞め続けてるんだよ。さっさと気づけよ。

 僕は言いたい気持ちを押し殺し、肩を震わしながら、ペコリと頭を下げた。

「誠に申し訳ありませんでした。次は気を付けます」

 部長は鼻息を荒げ、「ハアハア」と息を荒げている。

「分かればいいだよ。777番、お前は俺の奴隷だ。あ、そうそう、お前のタイムカード、今まで朝5時から23時まで残業していただろう。なに勝手にタイムカード押してるんだよ。俺が仕事を全部押し付けてるのがバレるじゃねーかよ。バカかてめえは」


 いやいや、ハゲくそ部長が「すべての仕事が終わるまで帰るんじゃねーぞ」って言ってたじゃん。

 僕は下を見ながら、肩を震わせる。部長は続けて言った。まるで僕をバカにするかのような言い草で、

「私に感謝するんだな。今まで残業で入れていた時間は全部カットしてやったよ。そして、その分を私に振り分けた。富の分配だよ。777番もわかるだろ。お前ばっかり稼がれちゃ俺が困るんだよ。会社内の役職、立場ってのもあるんだよ。それに仕事が遅いお前が悪い」


「すいませんが、あの量は僕の力量を超えてます……」


「知らねーよ、お前が全て悪いんだよ。このバカが」

 ああ、このクソハゲ部長は話にならない……、く、なんだかめまいが……

 僕は急に起こっためまいによって、その場にバタンと倒れこんだ。床が冷たい、そう僕はスーツ越しから感じ取った。


「777番、なに寝てんの?勤務中だよ?早く起きろや」

 部長は僕のお腹を猛烈に蹴り飛ばした。次にもう一発と、蹴り上げる。

 さすがに周りの社員もやばいと感じたのか「これ以上は危険です」と誰かが叫んだのが聞こえた。

 助けるのならば、もっと早く、早く、して欲しかった。僕が、僕自身が壊れる前に……。



「……、にい……ちゃ……おき……」

 誰かに起こされた気がする。この声は妹だろうか?なんで会社にいるんだろう? 

 薄っすらと目を覚ますと、真っ白い天井、目の前には点滴の液が入った容器が見える。半分以上の量があった。

 なぜ見知らぬ場所にいることを一瞬疑問に思ったものの、点滴薬を見て、病室であることを理解した。ただ目覚めてすぐだからなのか、まぶたが重い。急な睡魔に襲われる感覚。


「死なないで。龍太お兄ちゃん、薬が効くはずだから、ねえ、お願いだから……」

 銀色の長い髪の少女が僕の手を握りながら、一粒の涙を落した。妹だけじゃない。両親も一緒だ。


「何言ってるんだよ。アスナ。ただ少し眠たいだけで僕はまだまだ元気だ……」

 僕は睡魔に負けたらしい、妹との久しぶりの会話は一言だけだったけれど、可愛い妹の顔が見れてなんだか心がホッとした気分だ。


 ただ、もしも叶うのならば、僕自身、なんにも縛られない自由な時を過ごしたかった。   

 あのハゲ部長に翻弄され続けていた時間を返して欲しいとすら、僕はこの病室で思ってしまった。

 ここずっと毎日深夜帰りだったことから、太陽も見れてなかった社会人五年目の僕にとってはそれが唯一の願いだった。

_______


 回想終わり。僕はただ普通に眠たくなって眠っただけなのだけど。僕自身、頭で理解しようとしても、身体のどこかで今いる状況を否定している僕がいる。


「なあ、お前、僕の妹のアスナなのか?それに僕はもうこの世にいないのか?」


「アスナだったっていうのが正解ですね。私もあなたに生きてほしいと精いっぱいやったのですが、先ほど話した通り、もうこの世にはいません」

 淡々と台詞を述べる女神アスナはもう吹っ切れたのか、涙目にはなっていなかった。


「そうか、死後の世界に来てしまったのか……」

 次第と僕の言葉が無くなり、気が落ちてくる。アスナと対面できたというのに何を話していいのかわからない。ただ、敬語で話すアスナに違和感を感じてしまった。僕は続けてアスナの顔を見て、

「なあ、敬語を止めてもらっても構わないか?妹の顔で、他人行儀みたいにされると、胸が痛くなる」


 少しばかりアスナは黙った。一つ息を吐き、縦にうなずいた。

「……分かったわ。龍太お兄ちゃん、元気出して。そうだわ。そんなお兄ちゃんに提案があってきたの。未練たらたらで天国か地獄のどっちかに行ってもらっては困るからね」

 確かに未練はある。今まで自由なんてなかった社畜生活だったし、死んでも死にきれない。

「ああ、なんだい?提案って?」

 少しばかり間をおいて、アスナは口を開けた。

「このまま天国には行かずに、異世界に転生して欲しいんだ。きっと龍太お兄ちゃん的に未練なく過ごせるはずだから。だから、今度こそは自由に生きて欲しいの」

 妹……、もとい妹だったアスナが僕にそう言い放った。

 異世界の転生だと、もう一度人生がやり直せるのか。僕が望む自由気ままな人生を。

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