婚姻

第四十六話 吠える犬は嚙みつかぬ

 結局、アントワーヌは婚姻許可と養子縁組の申請を同時に提出した。フロレンスによると結婚の許可がすぐに下りたのは国王陛下の圧力のお陰らしい。養子縁組の方はやはり数か月はかかるとのことだった。


 二人の結婚式の日程は夏に決まった。フロレンスとアントワーヌは簡素な式でも良かったのだが、フロレンスの両親は彼女の最初の結婚よりも盛大に行わないと気が済まないらしい。彼らの意見も尊重し、結構な規模の式になりそうだった。その上王妃までが式に参列すると言い出したのである。


「フロレンスがやっと幸せになるのだから、私も出席するわよ! 可愛い妹の晴れ姿を何としでも見たいわ」


 王族である王妃は実の妹と言えど、臣下の式には通常出席しないのが慣例である。それに前回のラングロワとの式には『気が向かないから行きたくなーい! どーせ心から祝えないし!』とのことで、彼女は参列しなかったのにも拘わらず、である。


 アントワーヌはすぐにでもペルティエ領にフロレンスとナタニエルを連れて挨拶に行こうとしていたが、両親の方が王都に出てきた。何でも次男が将来の花嫁を連れてくるのが待ちきれなかったらしい。


「長男から聞かされていたのですよ。アントワーヌには想う人がいるみたいだって。まだこの子が学院に居た十五かそこらの時だったわ。私の小さな赤ん坊が結婚だなんて、年月の経つのは早いわね」


「この子は小さい頃からませているとは思っていたが、長男よりも先に結婚してしまうなんてなあ」


「しかも義理とは言えいきなり可愛い孫まで出来てしまったわ」


 アントワーヌの両親としては最初ナタニエルの存在に戸惑いを隠せないのが本音だったが、人懐っこい彼に慕われて二人は目を細めている。


「お前が幸せならそれでいい」


「アントワーヌが王都に残ると言った日から何となくこんな日がすぐ来ることは分かっていたわ。たまには三人で顔を見せに領地までいらっしゃいね。フロレンスさま、息子のことをよろしくお願い致します」


「はい。こちらこそよろしくお願い致します」




 アントワーヌの兄も今回は上京してこなかったが、弟を妬むどころか純粋に祝福してくれた。


『お前が王都に出てからどれだけ頑張っていたか見ていたから、俺は素直に嬉しいと思う。学院時代、俺自身は勉強も何もかも適当にやり過ごしていただけだったが、お前は無駄とも思えるような勤勉さだったからなあ。ルクレール侯爵家との婚姻も、ソンルグレ侯爵家への養子縁組も、運の良さもあるだろうがお前の苦労と努力の賜物だよ。結婚式で会えるのが楽しみだね。おめでとう』


 アントワーヌその兄からの文を読んで不覚にも感極まってしまった。フロレンスにも読んでもらった。


「貴方は素敵なご家族をお持ちね。私もその一員になれるのが誇らしいわ」




 そして正式に婚約が決まってからアントワーヌはフロレンスと二人、時にはナタニエルも連れてあちこちに挨拶に回った。王妃にクロード、リュックのところなどである。ソンルグレ家に行った時は特に夫人のロレインが大喜びだった。


「アントワーヌ、貴方がソンルグレ家に来てくれるなんてね。しかも息子だけでなく娘と孫まで一度にできるなんて嬉しいわ」


「ナタニエルには優しいお祖父さまとお祖母さまが一度に増えましたわ」


「私たち、ペルティエ姓のこのまま夏に結婚する予定なのです。養子の許可が下りたらソンルグレ家に三人で入るということでよろしいでしょうか?」


「何でも構わないよ、俺たちは。君達、もうこれ以上待てないんだろ?」


 フロレンスとアントワーヌは顔を赤くして答えた。


「はい」


「ええ」




 ある日、アントワーヌはクリストフと一般侍臣用の食堂で昼食をとっていた時のことである。彼の後ろの席に居た数人の文官がわざと聞こえるような声で話をし始めた。


「学院の成績が良かっただけで、爵位もないのにいきなり高級文官、女どもからは青の君と騒がれ、その上ソンルグレ副長官のお覚えも目出度くて、今度は子持ちで再婚と言えども王妃様の妹をもらい受けるってさ。世の中全く不公平にできているよ」


「出世街道まっしぐらってわけだよな。どういう手を使ったかその手腕を俺にも伝授して欲しいよ」


「まあな、男でも体を張ってのし上がって行くことも可能だし……」


 そこで下卑た笑いになった。クリストフがたまらず立ち上がろうとしたのをアントワーヌが目で丁度制したところだった。


「ちょっと今の会話、こんなところでコソコソしていないで出るとこに出ませんこと? 王妃さまやルクレール侯爵の前で同じことが言えるものなら言ってご覧なさいよ! 命がいくらあっても足りないわね! モテない、仕事できない、性格悪い、の三重苦を背負った貴方がた?」


 ハキハキとした女性の声が彼らの周りに響いた。年明けから王妃付きの侍女として復職したアメリだった。


「アメリさん、言いたいように言わせて、こんなの放っておけばいいのですよ」


 アントワーヌはやんわりと制した。


「まあね。アントワーヌ、貴方幸せいっぱいラブラブだし忙しいから、こんな雑魚どものたわ言なんて耳に入ってこないわよね」


 アメリは彼らの隣に座った。雑魚と呼ばれた文官たちは黙り込んでしまう。


「アメリさん、その雑魚って言うのはさすがにひどくないですか?」


「クリス、それ最初は貴方のお母さまがおっしゃったのよ。お義父さまって若い頃とても人気があって、お義母さまは周りの女性に大層妬まれたそうよ。で、その女性の方々のことを雑魚とお呼びになっていたわ」


「は、母上が……」


(僕、彼女欲しいのに……うちの母とアメリさんに対抗できるような女性なんてまず見つかりそうにないよ……)


 アントワーヌには彼の表情から考えていることがお見通しだった。


(頑張れ、クリストフさん……)


「あーあ、アントワーヌ。フロレンスさまが晴れて自由の身になられたから、今ならお二人に私たちの式で付添人を頼めるのに。残念だわ」


 アメリとリュックは一年の婚約期間を経てこの春に晴れて結婚する。アントワーヌ達より一足先に式を挙げるのだ。


「アメリさん、もうリュックさんのお友達にお願いしているのでしょう? それに、フロレンス様はもう一回結婚されていますから付添人にはなれませんしね」


「そう言われてみればそうだったわ」


「僕はフロレンス様と共に式に出席できるだけで嬉しいのです」


「ねえねえ、アントワーヌ。未だにフロレンス様って様づけで呼んでいるの? そんなわけないわよね。二人きりの時は何て呼んいでるの? フロー? それともハニー? マイラブ?」


「え? そんなこと、どうでもいいじゃないですか」


 アントワーヌは少々赤くなった。クリストフだけは置いて行かれたような寂しい表情でいじけている。


(ああ、いいなあ……二人共それぞれラブラブでさ。それに比べて僕は……)


「クリス、何考えているかすごく分かり易いわよ。まあひがまないの。貴方は性格もいいし、仕事も出来るのに……どうしてモテないのかしらね……」


「アメリさん、ヒドイ……」



***ひとこと***

クリストフ・サヴァン、25歳、伯爵家次男。彼がいまだに彼女いない歴更新中ということが分かったところで次回に続きます。

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