アナーキー・イン・ザ・テニスコート 

佐賀瀬 智

第1話 いつだって屋上から始まる

「やっぱさ、何だかんだ言ったってよ、ピストルズってカッコいいよな」


 昼休みの学校の屋上、ミッチー、カンちゃん、荻窪くんの前で自慢の逆立てた髪を気にしながら、パンクロックグループの話を切り出した俺。何てカッケーんだ俺。暑すぎてだらだらと汗をかいてしまったのが不本意だが。


なぜ屋上なのかだって? 


こういう話をする時、つまり、今から俺が話す事柄のロケーションは昔も今も、屋上に決まっている。マンガの世界でもアニメの世界でも小説の世界でも映画の世界でも、それはいつも屋上なのだ。


だがしかし、


時間帯を間違えた。暑い。暑すぎる。初夏の太陽はこれから俺様の出番だぜとばかりにじりじりと容赦なく照りつけ、そのビームは屋上の白いコンクリートに反射しワンバウンドし照りつけ二倍。ゆらゆら赤矢印でヒートの反射が表示されているこんがりよく焼けるグリルと同じ構造なのかと思うくらいにジリジリくる。目の奥もじんじんしてきた。昼休みではなく放課後にすれば良かった。さっき売店で買ったコロッケパンが速攻で腐りそうだ。


「...ピストルズ?」と荻窪くんが


「カッコイイ...?」とカンちゃん


「なんやねん、それ? にしてもヒロ、なんで屋上なんかに呼びだすんや? むっちゃ暑いし」


とミッチーがぼやく。だるそうにがさごぞとそれぞれの昼食をそれぞれの袋から出しながら日差しの強さに、そして屋上に呼び出した俺に対しても目を細めた。


「ピストルズだよ。『セックス・ピストルズ』知らないの?」


 "高原のカルシュウム"を飲んでいたミッチーは、ぶはっと白い液体を口から吐き出し「お前、なんやねん、いきなり」とあたふたとし、カンちゃんは食べていた焼きそばパンを詰まらせて咳き込んでいる。そのとなりで


「セ、セ、セ、セック...#$%@♂♀★ええーっ?!」


 とその言葉に異常なまでに反応した荻窪くんの顔は一瞬にして完熟トマトのようになった。


「おっと、これってバンドネームなんだけどねえ。君たちは、そのある言葉に要らぬ反応したようだな。まったく...」


 それはイギリスの70年代のパンクバンドだ。このバンド名を口にするときは、決して躊躇してはいけない。このバンド名を、すらっと人前でスマートに言えることがパンクロッカーになるための第一歩だと言っても過言ではない。堂々とはっきりと言わなければならない。あたふたしてはいけない。小声になったり恥ずかしがったりしようものなら秒でアウト、即地獄行きだ。この野郎三人のように。


 俺は、海外ドラマでよくあるように、あきれた様子をかもし出し肩をすくめて両手を広げた。

「オーケー、オーケー。説明しよう」

三人は固まってヤバイ人をみるような顔つきで俺を見ている。俺は大きく深呼吸をして一気にまくし立てた。


*「セックス・ピストルズとは、1970年代後半にロンドンで勃興した、パンク、ニューウェーヴムーヴメントを代表する象徴的グループ。自国の王室、政府、大手企業などを攻撃した歌詞など、反体制派のスタイルが特徴。また、活動期間は短命ながら、後世のミュージックシーンや、ファッション界にも多大な影響を与えた―――。*  イエスっ!! うん。うん。そうそう。パンクロックバンド。パンクの神様、パンクゴッドなのだ!!」


 俺は、この日のためにウィキペデイアで調べ何度も何度も暗唱して覚えた文章を一言一句間違わずに披露した。なぜこのスキルをテスト勉強で発揮できないのかが謎だ。


「パ、パンクバンド...?」

「パンクの神様ぁ...?」

「パンクゴッドぉ...?」


なんて間抜けな顔をしているんだ、こいつらは...。と思いながらも、

「そっ、パンク。パンクロック。親父のCDラックを漁っていてたらこれに出会ったんだ。これを聴いた時、全身の毛が逆立ったぜ。運命だ。運命。ピストルズが俺を呼んだんだ。これを聴けと」


その名から、これエッチなやつ?もしかしてDVD?親父のやつ、なにもってんだよ。という不純な動機からニタニタしながらこのCDを手にした。という本当のことは言わないでおこう。エッチなDVDじゃなくて肩透かし食らったけど実際これを聴いて感動したんだから。


「聴いてみ、観てみ」そう言ってスマホをタップした。


 YouTube動画でセックス・ピストルズの『アナーキー・イン・ザ・UK』を、野郎三人は小さなスマホの画面を手で囲い影を作り、頭を擦り合わせるようにして食い入るように観ている。スマホから薄い高音がシャンシャンと出ている。熱気が屋上の白いコンクリートからも、そして野郎三人の頭からもゆらゆらと立ち上る。




「うへえええ......ヤバっいっす」

「な、なんじゃー」

「ほえええ......は、激しい...」


ったく、鎖国時代の村人が初めて異国の音楽を聴いたみたいなリアクションしやがってこいつらは。


「そうだろー。ヤバイだろー。カッコいいだろー。しかもこれ40年前だぜ。40年前。信じられる?」

俺は得意げに畳み掛けてやった。


「えっ、マジか......。ちゅーことは俺のオヤジ、いや、じいちゃんと同世代か...ウソやん」

ポカンと口を開けたミッチーは半ば放心状態だ。そこそこイケメンだがおバカなミッチーは、そこそこアバウトな世代の計算はできたものの、たぶん自分のじいちゃんの今の姿とそれを脳内で比べたに違いない。マジボケのミッチーに突っ込みを入れることなく、俺は本題に入った。


「だからさ、俺たちでこんな風なバンドやろうぜ、パンクバンド。十月の学祭デビューだ。カンちゃん、ドラム叩けるだろ。ミッチー、お前はヴォーカルだ。ジョニーだ。ジョニー。で、俺、ベース。俺、シド、シド・ヴィシャスね。眉毛の形、似てるだろう?」







(*wikipedia 引用)

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