嘘付き婆

ルカ

「今日はいい天気だねぇ。」


 窓の外のどしゃ降りを眺めながらアタシは呟いた。

 アタシは世間じゃ"ウソツキババア"。この口から出る言葉は嘘だらけさ。だからアタシの言葉は誰も信じやしないし、誰もアタシに寄り添おうとは思わない。

 アタシはそれが望みなのさ。こんな人生も終わりかけの婆に、手を差し伸べる方が可哀想ってもんさ。


「さて、そろそろ風呂に入るかね。」


 そうぼやきながら、アタシは夕食の準備を始める。アタシはたとえ誰かが聞いていなくても、嘘の言葉を発してしまうのさ。

 ピンポーン、という音が家の中に響く。


「やれやれ、今日も来てくれたね。」


 アタシは嫌そうな顔をしながら、玄関の扉を開く。


「よぉ嘘付き婆ちゃん。今日も来てやったぜ。」


 髪を染め、口にピアスをつけた若者が、キラキラと輝く指輪のついた手を伸ばしてきた。


「よく来たね、今日の分だよ。ゆっくりしていきな。」


 アタシは封筒を渡し、背を向けた。


「おうサンキュ、また来るよ。」


 若者はそれだけ言うと、さっさと扉を閉めて帰っていった。

 アイツはアタシの溜め込んだ金を受け取りにくるだけのクソガキ。こんな嘘付き婆にわざわざ会いに来る変わり者さ。

 付きまとわれて迷惑だったから、金を渡すようにした。そうしたらすぐに帰る、薄情ものさ。


 アタシの日常に大きな変化はもうない。ただ死ぬことを待つだけ。

 そうすれば天国のあの嘘付き野郎と嘘付き合戦が出来るってもんさ。

 この日もいつも通り、夕食を終えたアタシは仏壇に手を合わせてぼそりと呟く。


「今日ももう終わるねぇ。」


 アタシと生涯共にいると誓ったくせに、嘘を付いてさっさと死にやがった大馬鹿者さ。

 生前も事あるごとに姑息な嘘を付きまくってはアタシを泣かせてきた。


「さてと、そろそろ寝るかねぇ。」


 アタシは仏壇の前から立ち上がり、台所に立った。水を出し、皿を洗う。

 その時、アタシの目の前は突然真っ暗になった。

 ガタン、と膝をついて、そのまま床に倒れ込む。


「あぁ……まだ生きられるのかい、アタシは……。」


 アタシは少しずつ遠退く意識の中、やっときた寿命に安堵していた。

 こんな時まで嘘の言葉を呟くアタシを、アタシ自身嘲笑いながら、仏壇に目を向けた。

 今思えば、アタシの嘘付き癖もアンタが死んでからだったよ。

 アンタの癖を真似しておけば、アンタがまだ隣にいる気がしていたんだ。

 だからもう、アタシは嘘をつく必要ないかもしれない。だけどこれはアタシの、嘘付き婆の意地さ。

 アンタのせいでアタシは嘘付きになって、誰にも看取られずにこのまま死ぬのさ。だからよく聞いときな、"嘘付き婆"の最期の言葉をアンタにくれてやるよ。

 朦朧とする意識の中、最期の力を振り絞って声を出した。


「アンタが……大好き、だよ……。」


 言い切ったアタシは目を閉じた。

 ざまぁないね、最期の最期まで、アタシは……。











 アンタにだけは、一度も嘘を付けなかったよ。

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嘘付き婆 ルカ @Koishi_oto

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