短編 習作
りう(こぶ)
吐き気とサンタ
コーヒーを一杯飲んだだけで、手の震えと吐き気を催すようになった。健康優良児だったし、今でもそういう気分なんだけれど、やはり夜は眠れない──絶対に寝てはいけないような気がするのだ。そのうちどうやったら寝られるのかわからなくなって、気絶するまで起きていることが習慣になってしまった。
5月、僕は大学時代の友人に(彼は僕の唯一の友人なんだけれども、)誘われて、彼の連休に合わせて小旅行に出かけた。行き先は那須。二人の希望の折衷案だった。運転は僕だ。
奇妙なコテージに宿泊して、給湯器の故障のために水のシャワーを浴びて。近くの牧場に行き、釣り堀がしまっていたことに嘆く。地元の美味しい焼肉屋に行って、帰りはまた僕の運転で戻って来た(都会で生活しているからか、彼は免許を持っていないのだ)。
僕の病気はもう治らないらしいことを、ぽつりと漏らす。
彼は、眉を潜めて、そんなことを言われても困る、と云った。
僕以外の人間は、人に何かを言うときに相当慮るらしいことは知っていたので、申し訳ないなと思ってしまった。
かわいそうと思われたいわけでもないはずだ。懐疑的になるのは良くないことだと自分を叱責した。
準備不足のために、もともとカーナビのメモリに入れていたチューリップのアルバムをリピートしながら走る高速道路は、なんだかとても現実感がなかった。
彼はしきりに彼の友人の話を僕にした。それから彼はカーナビにスマホを接続すると、キリンジの音楽を流した。
高速を降りた時、まだ始発前だったので、駅近くのファミレスで電車が動くのを待ち、彼を見送ってから僕は家に帰った。
数日のことが、何年も続いた物語のように感じたり、数年の生活がたった一日のことに感じたりする僕は、多少おかしくなっているんだろうと思った。
僕はこのところ、虫の類を殺すのがどうにもできなくなってしまった。そのせいで、仏間には蝿が3匹いた。
僕は仏壇の前の大きなテーブルにノートPCを置いて、作業を始めると、僕の頭上で一匹の蝿が延々と旋回をしていることに気づいた。
僕の前を、後ろを、ぶつからないように飛び続ける蝿は、障子の落ち着いてひっついている二匹と違い、どこかしら奇形のあるために止まることができないのかもしれないと思った。
僕は羽音に耳をすませた。外で風が、怒ったように唸った。
まだ目が見えるうちに、かき残しておきたいことがあるらしい僕は、なんども瞬きをしながら手を動かした。
外は白み始めている。
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