第3話【インフォーマル】
「さてと、何処から話せばいいのやら……」
ロニーは腕組みして、一瞬だけ深く目を瞑り、思案すれば、
「そうだな。ネコちゃんは、今朝方、貴族街で起きた事件のこと、知ってるかい?」
頭の整理がついたのだろう目をパッと見開き、言ってくる。
「今朝方? 貴族街……あ、もしかして、例の錬金術士が物取りに遭い亡くなられたと言う事件でございますか?」
「そう、その事件だ。ネコちゃんも、浅からね因縁がある男、錬金術士ジニアスが死んだ」
「やはり、ジニアスが亡くなってたのですね。あくまで、私は噂を耳にした程度なので、確証は得ていませんでしたから……」
「まぁ、俺の方は立場上、現場検証も遺体確認も立ち会ったからな。先ず、間違えることはない。それで、ここからが本題だ。ネコちゃん、これを聞くにあたり、ネコちゃんにもそれ相応のリスクが被るが、覚悟は出来てるのか? 今ならまだ、引き返せるぜ……」
声色が下がるロニー。いつもの人を食ったような態度では無く、あくまでも真剣そのもので、私に問うてきた。
そう言われると、さっきの決意が鈍りそう。
でも、ここ迄来て、何も聞かずに、帰るなんて出来ません。何か逃げてるみたいだし、私は、もう、逃げたくない。惰性で生きていたあの頃のようになりたくない。
「ロニー、そんな脅しで引き下がるなら、最初から、首を突っ込んだりしませんから……」
私はジーッと、ロニーの翠色の双眸を見つめ返す。
「フフッ、いい覚悟だよ。マジに、マディソンの野郎には、ちと勿体無いかもな……」
ロニーの何となしの本音の部分が吐露された。
「ロニー……」
「おわ、ネコちゃん、わかった、わかったから、そんな睨むなよ」
威圧する私に、ロニーが仰け反り気味にあたふたする。
「早く、本題に入って下さい」
「おっほん、そんじゃ。ネコちゃんも、ジニアスの巷で流れていた噂は知ってるよな?」
「それって、どんな病気でも立ち所に治す、奇跡の万能薬を作り出したとかと言う話ですよね。私は、実際のモノを見たことは有りませんけど……」
「そう、その万能薬だ。早い話が、俺はその薬について、色々と探りを入れていたんだよ」
「薬の調査ですか……」
「で、それを調べるにあたり、色々と厄介な実状が、明るみになって来たんだよ。ネコちゃんも、それと無く気がついてるかもしれんが、あの薬は万能薬なんかじゃない。人間が人間じゃなくなる悪魔の薬さ」
私の頭の中で、先日の出来事が蘇る。
「悪魔の薬か……ホント、その通りですね」
「ネコちゃん、その顔……なるほどね。どうやら、ネコちゃんも、何かあった口か。なら、話が早そうだな。俺の調べでは、ジニアスが売り捌いていた悪魔の薬は、手を変え品を変えて、リヴァリス王国のあらゆる場所で売られていた。ここエルムスで同様の薬が出回り始めたのは、ジニアスが貴族街にやって来てからのことだが。しかし、リヴァリス王国では、数年前から出回ってることが判明している」
ロニーの話を聞くに、私の推察が段々と明確になってきますね。
組織的な活動がなされてますか……。
「どうした? ネコちゃん、黙りこくって」
「あ、いえ、その話を伺っていて思ったのですが、ロニーは前々から薬の事を探っていたようですね?」
「相変わらず聡い子だよ。詳しくは語れないが、そう言うことだ」
「あとですね。もの凄く、突っ込んだこと、聞きますけど、薬の出所は判明しているのですか?」
「ククッ、ネコちゃん、痛いとこ突いてくるね。まさに、その出所を探るのに、ジニアスの野郎に張っついてたんだが、殺されちまってよ」
私の言葉に、ロニーはニヤリと笑みを浮かべて髪を掻き上げ、お手上げだと言う感じで肩を竦ませた。
「と言うことは、まだ、わかってないのですね……」
「その通りだよ。全く、立つ瀬がないよな……」
ロニーは、ソファにダラリと寄っ掛かる。
これまでの話を聞いて思うことは……。
「ん? それはそうと、何故マスターが、それに関係してくるのです?」
私は眉を顰めてロニーに尋ねた。
「それはだね。俺なりの可能性を考えての行動かな」
得意げな感じで、言われてますけど、その答えでは、全く話が見えてこないのですが。
「その可能性とは?」
「薬の原材料の特定さ。それが分かれば、ある程度、地域が絞り込める」
「あっ、そう言うことですか。だから、マスターなのですね……」
ロニーも色々と頭使ってるんですね。
何故、
「本当に話が早いな。ネコちゃんは……」
ロニーから素直な感嘆を貰う。
「それで、先ほどのロニーとマスターのやり取りになるのですね」
「ああ、そうだ。ネコちゃんなら、話を聞いて、もう、わかっていると思うが、その試みも、あまり上手く言ってない」
しかし、原材料の特定ですか……難しいことしてますね。転生前の世界ならいざ知らず、この世界の文明の力では、雲をも掴む所業ですよ。
幾ら、
薬の原材料の特定……私ならどうするかな。特定方法の一つ二つくらいなら、思い浮かぶのですが、危険すぎますね。
「ふーん、ネコちゃん。何か考えでも、あるのかい? 顔がそう語ってるけどさ……」
まるで、私の心内を見透かすように、それと、ロニーの、もの凄く悪い顔に、
「え、いえ、別に、何もありませんけども……」
私は、只々、戸惑って下手くそな言い訳してしまう。
「ネコちゃんさ。そういう反応されたら、何かあるって言ってるみたいなもんだろうに……」
「…………」
沈黙する私をジーッと見つめてくるロニー。
「そんな警戒しなさんな。ネコちゃん。フッ、俺も切羽詰まってて、余裕が無さ過ぎたかな……ふぅぅ」
自笑気味に言葉を吐けば、一つ大きな息を吐くロニー。
「よし、ネコちゃん。俺からの提案だ」
「提案ですか?」
「まっ、提案と言うよりも、この場合は、お願いだな。ネコちゃんの力、俺に貸してほしい。勿論、タダでとは言わない。それなりの報酬はきっちり払うよ。どうだろう、ネコちゃん?」
ロニーから何とも魅力的な言葉が吐かれました。今の私にとって、これ程、心揺さぶる言葉はありません。
先日の出来事で、身銭を切り過ぎたのと、しばらく、お店にも出てなかったから、懐事情が、あまり宜しくないのです。
その提案乗るべきか、断るべきか……。
「あの、図々しいのは承知なのですけど、それは、成功報酬なんてモノは、付いたりしませんか……」
私はおどおどしながらも、少々、意地汚い要求をしてみた。
「ククッ、ハハハッ! 成功報酬か。良いぜ! ネコちゃんが、それを望むなら、出してやるさ! 成功報酬!」
何とも嬉しそうな高笑いを上げて、ロニーがそう言い放つ!
私、何かおかしなこと、言いましたっけ?
「それじゃ、契約成立ってことでいいか? ネコちゃん……」
ここまで事情を聞いてしまっては、ハイ、さようなら、なんて出来ないでしょ。
私も、そこまで非情になれない。
それに、私みたいなモノの力でも、役に立たてるなら、嬉しい限りです。
何にせよ、報酬が出る、これ以上、色めき立つことはありませんから!
「わかりました。ロニー。私の知識がお役に立つなら、是非、使って下さい」
「こちらこそ、礼を言うよ。ありがとう、ネコちゃん。改めて、宜しくな!」
ロニーは、ニカッと歯を見せて笑えば、右手を差し出してきた。
「はい、宜しくお願いします」
差し出された右手を握り返し、握手を交わした。
「あの、それでロニー、契約書を取り交したりはしないのですか?」
「うーん、普通なら、そうする所だが、今回の件、色々と面倒な事情があってね。その辺のことは、出来れば配慮してくれると、有難い」
何となく、わかってましたが、聞いてみただけなんですよね。
「あ、やっぱり、当然ですよね。すみません、配慮が足りませんで」
「いやいや、ネコちゃん。謝らんでくれよ。ネコちゃんが心配するのも当然のこと。こちらの都合を押し付けてようとしてるんだ。念のため言っておくと、一応、真っ当な所からの依頼だから、その辺は心配しなくとも大丈夫だ」
察するに、ロニーが唯の衛兵騎士ではないとわかりました。多分、何処ぞの組織に所属しているのでしょう。
あの時、貴族街での一件も、何だか腑に落ちますね。
「心配ついでと、言ってはなんだが、ネコちゃんも、色々と用立ても必要だろうからな。前金を渡しておこう」
ロニーは腰に吊るしてあった皮袋をガサゴソと取り外せば、それをテーブルの上へと置いた。
ジャラジャラと銭貨の音が、貴賓室に響く。
「えっと、その、宜しいのですか」
急なことに少し尻込みしてしまう。
「ああ、勿論だ。さぁ、ネコちゃん、受け取ってくれ」
ロニーが絶やすことない笑みで深く頷けば、私を促してくる。
「それでは、遠慮なく、頂戴致します」
ズシリとした重みが手に残る。私は、革紐を解き中身を確認した。
細かくは計算してませんが、ざっと見積もって金貨十枚近くありますね。
これって結構な額ですよ。
「ロニー、こんなに……」
「今、持ち合わせが、それしかなくてね。少ないかも、しれないが勘弁してくれ」
心苦しそうな顔を見せたロニー。
「いえいえ、私にとっては十分過ぎます! ありがたく使わせて頂きます」
そんなロニーに対して笑顔作り、力強く返答をした。
「そうかい、なら、良かったよ。それより、ネコちゃん、他に入り用な物はないか?」
仕事を受ける上で、絶対に必要なモノ。それは……
「例の薬は、必ず手元に欲しいです。何を置いても、薬が無ければ、お話になりませんから」
「それも、そうだな。薬の方は、今日にでも、ネコちゃんの店に届けさせよう」
「お手数おかけします。ロニー、一応のお話は、一旦、これで終わりにして宜しいですか?」
「ああ、構わんが、急ぎの用でもあるのかな?」
「はい、早いところ、お店を開けなくては、ずっと、休憩している訳にはいきませんので……」
「なるほど、それは大変だな。ネコちゃん、早く行くと良い」
快く、私を見送ってくれるロニー。
「すみません。ロニー。これで、お暇させて貰いますね」
「立場上、これを言うのも何だが【エルムスの猫魔女】に期待したい……出掛けに悪い。忘れてくれ」
自分の吐いた言葉に、苦笑いするロニー。
「フフッ、ご期待に添えるよう頑張らせて頂きます!」
ロニーの曇り顔を払拭する為、私は敢えて微笑み応えて見せた!
お店への帰り道、ふと、オルグが訊ねてきた。
「ねぇ、キョウダイ。安請け合いしてないよね……」
頼りなさげで弱々しい声ですね。
「何ですか、オルグ。その心配そうな顔は」
「そりゃ、心配もするだろう。聴いてるだけでも、面倒そうな話だからね」
オルグには何の相談もせず、勝手に決めてしまいましたからね。でも、あの場で、相談するのも無理だったし。
「オルグの気持ち、わからないでもありませんから、ご忠告ありがたく受け取りますね」
「素直過ぎるのも、何だかな……」
機嫌がよろしくないと言うよりも……。
「もう少し、主人を信用しなさい。それに、何も勝算もなしに、依頼を受けた訳ではありません」
「へぇ、ちゃんとした考えがあるなら、オイラは文句ないよ。主人の決めたことには、従うさ……」
この使い魔ときたら、一丁前に拗ねてますよ。可愛いヤツですね!
なら、機嫌を直して貰う為、私の熱い抱擁をば、させて頂きましょう!
背中丸めて、とぼとぼと歩くオルグをヒョイと抱き上げれば、
「ナニ、急にどうしたのさ?」
「ニヒッ!」
不意のことにキョトンと間抜けな顔晒すオルグに、私は満面の笑みを見せてやり、それは、もう、メチャクチャに、オルグの身体を撫で回してやった!
「ちょっ、待て、ヤメ、ヤメろ! う、やめてくれぇ! もう、勘弁してぇ…………」
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