第2話【茶寮サロン・ド・クープ】
お腹も満たされ大満足な私は、行き着けの茶寮にて、食後のティータイムを満喫していた。
「はぁぁ、マスターのハーブティーは、本当に絶品です。一度でも、このハーブティーを味わってしまったら、もう他のハーブティーでは、物足りませんね」
「いえいえ、そんなことございませんよ。ですが、ダリエラ様に、そのようなお褒めの言葉を頂き至極光栄でございます。私も長い間、精進していた甲斐がありましたよ」
カウンター越しに立つオールバックのロマンスグレーが渋い、
ココは、知る人ぞ知る隠れた名店で、一見さんじゃなかなか見つけられない。
斯く言う私も、ボフミール子爵の侍女ドロテアさんより教わりました。
お店の名前はサロン・ド・クープ。外観は至って普通の煉瓦造りの建物なのですが、室内の方はノスタルジックな色合いと空間で、なんといいますか、こう懐かしさがグッと込み上げてくるんです。
私のいつもの定位置は、趣きある一枚板で作られたカウンターテーブルの端っこ。
この席は、一人に浸ることも、
今現在、お店のお客は私一人、正確には、一人と一匹。なので、ここは、お喋りでも楽しもうかなと……。
特に
私が
ふと、そちらに目をやれば、見知った男性が一人店内に入ってきた。
相変わらずな無精髭なのですが、いつもの軽鎧姿と違って、白のチュニックにオリーブ色のズボンと言うラフな格好をしている。
「いらっしゃいませ」
「やぁ、マスター、いつもの頼むよ」
「畏まりました」
その言葉のやり取りで、常連だと分かる。
「おっ?! ん? ネコちゃん? やっぱ、ネコちゃんか、久しぶりだな」
その男性は、私の姿に一瞬だけ訝しむも、確信が得られると、嬉しそうにニカッと笑えば、スタスタと側まで歩み寄ってきた。
「お久しぶりです。ロニー」
「隣りいいかい?」
「ええ、どうぞ、構いません」
「じゃ、遠慮なく、にしてもネコちゃんよ。近ごろ、てんで顔を拝んでなかったから、心配してたんだぜ。どうしてたんだよ。特にマディソンの野郎が、ダリエラ嬢は、ダリエラ嬢は、どうしたんだろうか、って、そりゃ煩く敵わんくてよ」
ロニーの反応を見る限り、カンタス村での私の噂はまだ届いてないのかな?
「すみません。ご心配お掛けしていたようですね。少し所用でエルムスを離れていまして……」
「……あ、そうか、なるほど、そういうことか。悪りぃネコちゃん。勘違いかと思ってたが、やっぱ、そうだったんだな」
私の返答で、何かピンときたみたいですね。ロニーは片目を閉じて、コクコクと頷き、意味深な笑みを浮かべていた。
「それはそうと、なぁ、ネコちゃん、近い内にマディソンの野郎にも顔を見せてやってくれよな。あいつ寂しがってるからよ」
ロニーは、ホント、事あるごとに、マディソンさんと私をくっ付けようとしてきますね。
しかし、ここで、邪険に扱うのも、何だかな……ロニーだって悪気はないと思うし、はぁ、いつからこんな外面を気にするようになったんだ私は……。
「もう、いつも通りお店の方にも立っていますから、ご用意聞きのおりにでも、マディソンさんに会いに行ってみますね」
「お、その言葉、しかと耳に入れたぜ。帰ったらマディソンに伝えてやらねぇとな!」
穏やかに愁眉を開くと、どこか戯けたように、ロニーが言ってきた。
「は、はぁ、お好きに……」
私はそれにどう応えて、いいか分からず、曖昧な笑みを作ってしまう。
「お待たせしました」
そんなロニーと私の会話が止む、その時を見越したかのように、カウンター越しのマスターから、ロニーの元へ注文の品がそっと置かれた。
「お、悪いね。マスター」
甘く深みのある独特な芳香が辺りに漂う。真っ白な陶器製のカップに注がれる濃褐色の液体は、この茶寮でしか味わえない貴重な嗜好品、珈琲。
ロニーは、その珈琲を一口飲めば、
「ふぅ、やっぱ、この苦味がいいんだよな。王都の方にも珈琲はあるが、全くもって論外だ。あいつらに、マスターの爪の垢を煎じて飲ましてやりてぇよ!」
珈琲に並々ならぬ思いをお持ちのようで、ロニー瞳がメラメラと燃え上がってますよ。
その気持ち分からんでもありません。
「そうは言いましてもロニー、リヴァリス王国に、珈琲豆が伝わったのは、ごく最近だと聞いてます。マスターのようにヤレという方が酷ですよ。豊富な知識とそして熟練のなせる業があってこそ、その味が出せると言うものです!」
私もロニーに充てられたらしく、無意識に拳を握り締めていた。
「おっ、確かにそうだな。ネコちゃんも、良いこと言うねぇ!」
「そうです!
私とロニーは、妙に意気投合していた。
「私など、まだまだ、修行中の身、お二方のありがたい言葉を胸に、精進に励む次第でございます……」
私達の必要以上の持て囃しにも、冷静な対応を見せる
本当に、頭が下がります。私も見習わないといけませんね。こんな、子供見たく、はしゃいでいてはダメだ。
私とロニーは、顔を見合わせると、
「ですね……」「だな……」
二人して神妙なお持ちになり、お互い大きく頷いた。
「それよか、ネコちゃん、雰囲気変わったよな……」
目を細めたかと思えば、ニヤニヤとニヤつき出し、私を上から下まで舐め回すように見てくる。
「な、何ですか? 急に……」
その視線に悪寒が走り、私は咄嗟に身を隠した。
「いやー、何かよ、色っぽくなったよな! 最初は、髪色とか変わってるからかと思ってたが、どうにも違うんだよな。平たく言えば、エロさが出てきたってことだな……」
相も変わらず、この人は……。
「ロニー、ソレ、面と向かって言わない方が宜しいかと……」
私は苦々しい笑みを浮かべて言ってやる。
「ククッ、そんな嫌そうな顔しなさんな。俺なりの褒め言葉だぜ」
「わざとやってますよね……」
「さぁ、どうだろう?」
飄々とした態度で、私の投げ掛けを躱す。
ロニーの態度が、私の気に触れて眉間に皺が寄るのが分かった。
「ごめん、ごめん、ネコちゃん、そう、怒らないでくれよ。おっさんの戯言だと思って聞き流してくれ」
流石に、これ以上は不味いと感じたらしく、ロニーは、私に謝りを入れる。
でも、まだ、許してやらね。
「ロニー許して欲しいなら、誠意を見せて下さい」
私は、態とらしくそっぽ向けば、更に要求した。
「ありゃ、随分とご立腹だったのね……よし、分かった。ココのお代は俺が持つよ。序でに好きなもの、何でも頼むと良いいぜ。勿論、それも俺の奢りだ」
お、ラッキー、言ってみるものですね。
「ウフッ、わかりました。それで手打ちに致します」
「くぅ、ネコちゃんに、一本取られちまったな!」
言葉とは裏腹に、全く悔しくなさそう、寧ろ嬉しそうなのですが……どうして?
まっ、イイです。深く考えるのは、止しましょう。
私はルンルン気分の中、メニューブックに目を通し、これから食する一品を吟味するのだった。
「ところで、マスター。頼んどいた例の件、何か進展はあったかい?」
「そうですね……まだ、何ともと言った所でございます。なにぶん、不慣れなことが多く、自分の不甲斐なさに憤慨しております」
「いや、いや、アレは俺が無理を言って頼んだことだ。マスターが気兼ねすることはない」
「本当に、面目の次第もございません」
私がメニューブックに目を通しいる最中、何だか非常に重苦しい雰囲気に包まれてしまいた。
そんな気になるやり取りしてたら、耳を傾けてしまいます。私はメニューブックをずり避ければ、二人の様子をチラチラと伺った。
「頭を上げてくれ、マスター、こればかりは、しょうがないさ。俺の知り合いで、こう言う手合いが、得意そうなのが、マスターしか居なかったから、頼んだまでのこと。俺の配慮が足らんばかりに……すまないマスター」
「こちらこそ、ロニー様よりお頼みされた案件です。何とか、お力になれればと思っておりましたが……」
「些か、急を要したことだったしな。それに、マスターの、それとは畑違いだと承知の上だ。結果云々は二の次さ」
「そう仰って下さると幸いです……」
いつも凛とした佇まいの
ロニーの方も、弱冠の気落ちを見せたものの、変わらず太々しい笑みは健在。
私の場違い感たらないですね。にしてもです、
でも、躊躇もあります、今朝のアーリィの言葉が、ずっと脳裏に張り付いているから……。
このまま、沈黙に努めてた方が良いのは分かってますけど、やはり、尊敬する
「あの、ロニー、一つ宜しいでしょうか?」
「ん? どうしたネコちゃん?」
「お二人の事情に、部外者の私が、口を挟むのも、何ですが、流石に私の目の前で、そんなやり取りをなされては、気になって仕方ないのですが……」
「そりゃ、そうか! 悪りぃ悪りぃ、店に、ネコちゃんしかいなかったからよ。つい、気が緩んじまった」
私の存在って、その程度なの……ちょっと、扱いが雑すぎ!
「うっかりにも程がありますよ! それとロニー!
怒り半分と勢いとほんの少しの好奇心に突き動かされて、私はロニーに詰め寄っていた。
「いや、まぁ、ちょっと、落ち着こうか……」
私の勢いに気圧されるロニー。
「だったら、少しくらい事情をお話しになってもよいのでは?」
「そ、それは……はぁ、わかったよ。ネコちゃん」
自身の中で折り合いをつけたのか、やれやれと観念したかのように、一つ溜息を吐けば、私の瞳を見返してきた。
「てか、俺も軽率過ぎたな。マスター、奥の部屋は使えるかい?」
煩わしそうに髪をひと撫でし、立ち上がるロニー。
「はい、使えますが……宜しいのですか?」
マスターのどうにも不安げな様子。
「フッ、心配しなくとも、ネコちゃんなら、大丈夫だろうさ」
ロニーは軽い笑みを見せながら、椅子に腰掛けた私を見下ろした。
「流石に、ココじゃ、話しにくいこともあるしな、ネコちゃん、念のために場所を変える」
「あ、はい、わかりました」
ロニーが目配せしてくれば、私はそれに従って、急ぎ立ち上がると、二人と一匹で店内奥に設けられる貴賓室へと入った。
「前々から存在は知っていましたが、これは凄いですね」
「俺も、あまり詳しくはわからんが、マスターが大切な客をもてなす為に造った部屋らしいな」
しつらえられた調度品は、
そして、何より快適さを感じさせてくれる素晴らしい空間です。
本当に大切なゲストを迎える為に用意された部屋ですね。
私とロニーは、天板に大理石が使われたテーブルを挟み向かい合わせに着座する。
少しの間、沈黙が続く……。
手持ち無沙汰な私は、その間を埋めようと、腰掛けた真紅色の革張りソファの触り心地を確かめたりなんてしてしまう。
暫くすれば、貴賓室へとやって来た
「では、どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとう。マスター」
「マスター、ありがとうございます」
そうして、
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