第29話【死の商人ジャン・シャルダン】
「うう、もう……げ、ん、か、い……」
ジュリアンの屋敷より宿屋の部屋へと戻ってきた私は、ベッドの上に倒れ込むと度重なる緊張感からの解放と疲労によって、意識を失うよう眠りに就いた……。
ジュリアンの父親、ラルゴの施術をしてから三日ほど経つも、相変わらず、私の外見は変わらないままではあるけど、ラルゴの容体は回復し、会話の出来る状態となった。
久しぶりに、魔女の
支度が終われば、私は宿を出て、朝市に向かった。
「はぁぁ、もうすぐ、この村ともお別れですね」
朝の空気に酔いしれて、大きな伸びをし、朝市の賑わいに目をやる。
「なんだい、随分とおセンチじゃないのさ」
「は、オルグ、おセンチって、プッ、フ、クックク」
オルグの吐いた言葉に、思わず吹き出し肩を震わしてしまう。
誰に教わったのソレ? ホント、笑かしてくれますね。
「え、なに? どうした、おいら、おかしなこと、言ったのか?」
私の変わりざまに、戸惑い混乱をきたすオルグ。
「いえ、ただ、そのワードが、ハマって、ププッ」
「それ、何なのさ、わからん! もういいっ」
私にバカにされたと勘違いしたオルグは、プクッと剥れて、私より離れようとし、身体をクルッと反転させた。
「まぁ、まぁ、オルグ、そんな怒らないで下さい。折角、朝市まで足を運んだのに、名物も食べず帰るつもりですか……明日の朝には村を離れるのに、名物が食べれなくなりますね。ああ、なんて勿体無い。朝市でしか味わえないのにな。えっと、何だったかな? あっ、そう、そう、確か、もみじ牡丹と言われる、幻の猪肉だったけかな……」
背中見せるオルグに、私はニンマリとほくそ笑むような顔作り、それはもう、態とらしくそこ意地悪く、言ってやる。
「なに、肉だと……」
耳をピクリと動かせば、その場で、のそりとこちらへ振り返るオルグ。
「ま、幻の猪肉だって! な、なぜ、ソレを、先に言わないのさ! こんなとこで、悠長にしてる場合じゃないだろ! 早く行くよ。さぁ、早く!」
正に目の色が変わるとはこの事を言うのですね。さっきの事が無かったかのような、百八十度、機嫌が反転してますよ。
鬱陶しくらいのニヤケ顔晒し、何度もこっちに振り返っては、急げと促してきた。
はぁ、清々しいくらいの現金っぷり、全く、頭か下がりますよ。
そんなオルグに呆れつつ、私は朝市の雑踏の中を進んで行く。
「よう! ネコちゃん。コレ、持って行きな!」
声のした方へ振り向くと、露店商のお髭がトレードマークのダンディなおじさまが、なにやら紙袋を差し出しくる。
「え、えっと、これは?」
「ほら、持って行きな」
露店商のおじさまが差し出した紙袋を、少々、強引に押し付けられたので、私は仕方なく紙袋を受け取った。
「それは、カンタス名産のリモンの実だ。今朝方、取れたばかりだからよ、もう、絶品だぜ。ぜひ、ネコちゃんに食ってほしくてな」
「良いんですか。こんなにも……」
ほどほどに重い紙袋の中へと視線を落とせば、中には黄緑色の林檎くらいの大きさの果実が、ぎっしりと詰まってた。
「ああ、良いぜ。遠慮なんてしねぇでくれ、俺の気持ちだからよ!」
そう言われると、無碍にも出来ませんね。では、ここは、一つ、最上の営業スマイルで以ってお返ししないとね。
「ありがとうございます。おじさま!」
「おぅ、良いってことよ……」
私の満面な笑みは、おじさまに照れ笑いを浮かべさせるのだった。
ここ数日で、私は、露店いや、この場合カンタス村と言った方が適切かな。アイドル級に持て囃されている。
だいたいからして普段から容姿の所為で顔を指すのに、それに加えて【
こんな有名になるなんて、予想してない。まさかの展開に、頭を悩ましてます。
【赤毛のダリオ】率いる、赤獅子傭兵団の名が売れるのは、素晴らしいことですけど、ついでのような私までが有名になるのって、ちょっと複雑かな。正直言って、嬉しいより、戸惑いの方が大きいです。
でも、さっきみたいな恩恵に預かれるのは、内心とっても、ありがたいです。
何せ、懐の方が芳しくないもので……。
そんなこんなで、朝市を一回りすると、大量の荷物で私は埋め尽くされてしまう。
「うふ、ここは、天国だな。キョウダイ」
ご満悦もご満悦なオルグ。
「それはなによりですね。それよりも、この大量の荷物どうしましょ。流石の私でも全部は食べきれませんよ」
「だったら、誰かに、あげたらいいんじゃないの?」
「あ、それ、名案。では、このままジュリアンの屋敷に行って、ラルゴさんの容体を診て、ついでにコレ、お裾分けすれば、万事解決ですね」
という訳で、ジュリアンの屋敷に向かう事とした。
窓から入る陽射しに顔を照らされ、主寝室へと至る廊下を歩く。
屋敷の主人が復調したことで、家の雰囲気も随分と明るくなりましたね。最初見た時は、幽霊屋敷を彷彿させてましたから。
ジルの少し丸くなる背中を見ながら、そんなことを考えていた。
「どうぞ。ダリエラ様」
「あ、ありがとうございます。ジルさん」
主寝室の扉を開いたジルに促され、室内に足を踏み入れる。
「ん、おはよう、ダリエラさん」
窓辺のベッドより、外を眺めていたラルゴが、部屋に入ってきた私に気づき挨拶をしてくる。
「おはようございます。ラルゴさん、お加減はいかがですか?」
「ええ、お陰様で、大分良くなりました」
まだまだ完調とは言えないけど、血色も、最初の頃よりも断然良くなってる。
肌ツヤも良くなったことで、顔つきが精悍になって、男前が上がってます。
贔屓目に見ても、なかなかいい男。
これなら、まぁ……うん、許せそう。
「それでは、少し診させて貰いますね」
ベッド脇の椅子に腰掛ければ、いつもの触診を始める。
体の何処にも壊疽は見られないし、瞳にも異変はない。うん、もう、心配する要素は、なにもないですね。
「ラルゴさん、身体の異常は、もう無くなりました。後は、食事と運動で失った体力を戻すことだけですね。これで、ようやく私もお役御免になれそうです」
私はなるべく安心を与えたく、笑顔で優しげな声を作り、そう言った。
「ダリエラさん、本当にありがとう。本当に、あの地獄から救ってくれて、ありがとうございます」
ラルゴは、頭を深く下げれば、肩を声を震わせて感謝の言葉を述べてくれた。
「頭を上げて下さい。ラルゴさん。これは、私の贖罪みたいなものです……その昔、貴方と同じように苦しんでいた、助けたかった筈の友を……死なせてしまった友に、出来なかったことを、貴方に重ね合わせていたに過ぎません。救うだなんて、そんな殊勝な行いではないんです」
ラルゴの姿が直視出来ず、私は自身の心境を吐露していた。
ラルゴを救えば、何かが変わると思ってしたこと、でも、心の奥底では、何かが変わるなんてことないとわかってた。
ラルゴを救えば、自分も救われると……。
「ですが、それでも、私には感謝しかない」
ラルゴの言葉に強い意志を感じる。
「はぁ、わかりました。大人しく感謝されておきますね」
私は脱力し、力無い笑み浮かべて、それを承諾した。
「あ、それから、さっきの話は内緒でお願いします」
思い出したかのようにそう言えば、私は人差し指を唇に当てる。
「は、はい、もちろん!」
何故だか、頬を薄っすら紅潮させたラルゴは、力強く頷いた。
「ときに、ラルゴさん。少し伺いたい事がありまして……?」
「伺いたいこと、何でしょう。私に答えられる事ならなんでも聞いて下さい」
私の声色が変わるのを感じれば、ラルゴも襟を正すようにし、表情を硬くする。
「ラルゴさんに、お聞きしたいこととは、例のクスリを、どうのようにして手に入れたのか? という事です」
「例のクスリですか。そうですね……今はこんなですけど、私も商人などやっておりまして、取引相手の行商人からお近づきにと頂いた物が例のクスリだったと記憶しております」
うむ、行商人からの贈り物ですか……。あの錬金術士、ジニアスとは関係はないのしょうか? クスリの売買ルートが一つなら或いは、と考えておりましたが、どうやら、クスリを根絶するのは、なかなかに難しそうですね。
「ラルゴさん、行商人より頂いたクスリ、それほど量は、なかったかと思いますが、それが無くなった後は、どうやって、クスリを手に入れましたか?」
「最初のクスリが無くなると、私は取引相手の行商人に、もっとクスリが欲しいと求めました。そしたら『一回くらいじゃ効果が、無かったでしょうね』と言われて、快く無償で二、三度、クスリをくれました。しかし、ココから私の身体に異変が起こり始めたのです。次にクスリを求めた時は、有償となり、次第に金額も跳ね上がって行きました。クスリ代が払えなくなると、見捨てる様に行商人は私から去り、後は、ダリエラさんも、知っての通り、ジュリアンが私の為に金策に走り、クスリを用意してくれたのです……くっ」
ラルゴは苦虫を噛み潰したように顔を歪めて、拳を握る。
売人の常套手段ですね。相手を油断させてクスリにより理性を失わせたら、心の隙に入り込み、全て奪ってく。
聞くだけで、全く、反吐がでる所業ですね。
「ラルゴさん、その行商人の名は何と言うのですか?」
私の言葉を聞き、何かを考え込むラルゴ。
「今にして思えば、私は躍らせされていたのでしょう。あの行商人によって、私は蓄えていた財を全て抛ったようなもの、痛感させられます。私の浅はかさに……。男の名は、ジャン・シャルダン」
「ジャン・シャルダン……」
私の脳裏に、その様な人物は、見当たらない。
行商人をしている男ですか。何だか、嫌な予感しか、しないですね。
ラルゴさんだけが、クスリの被害者だとは到底思えません。
この場合、他に存在すると考えるが妥当でしょう。
ジャン・シャルダンという男、本当に厄介極まりないですね。
正に【死の商人】と呼ぶに値する人物か……。
ラルゴとの話を聞き終えたなら、私は屋敷を後にする。
「キョウダイ……シェーンダリアに記憶がないとか言ってたようだけどさ。ホントはさ、嘘なんじゃない?」
ラルゴに零した私の言葉から、オルグのことです、察するべくもなく、勘付いたのでしょう。
「フフッ、さぁ? どうでしょうね……」
私は薄笑み浮かべると、どちらとも取れる曖昧な返事をした。
「ニヒッ、キョウダイも相当だよね。まっ、おいらは、どっちだって構わないさ!」
オルグは片眉を上げて、茶目っ気たっぷりに言い放つのであった。
「やっぱり、オルグ好きですよ!」
「うぇ、やめてくれよ。ソレ気色悪いから」
私の応えに、露骨に嫌な顔を見せたオルグ。
朝露に濡れる葉っぱが、お日様に照らされる。
カンタス村の入口で、魔女が一人と猫が一匹と少年が一人。
「では、ジュリアン。これで失礼しますね」
「じゃあな、ガキ」
「はい、本当にお世話になりました。ダリエラさんが居なかったら、俺達、家族は……うぅぅ」
ジュリアンは感極まったらしく、涙声になり肩を揺らす。
ジュリアンって、泣き虫ですね。
あ、でも、これぐらいの年齢だったら普通かも。
「泣かないでジュリアン。別れの時くらい笑って別れましょう」
「ちっ、辛気臭さいな」
オルグは、その姿が気に触ったのか毒突いた。
「ちょ、オルグッ?!」
「あ、グス、すいません。そうですね」
ジュリアンは、オルグの言葉に涙を拭い、笑い顔を作った。
「それじゃ、ジュリアン、お元気で。エルムスに来ることがあれば、お店に顔を出して下さいね」
「是非、立ち寄らせて貰います。ダリエラさんも、道中、お気をつけてお帰り下さい!」
そして、私は緑風注がれるカンタス村を離れ、一路、魔女の館を目指した。
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