第1話【猫魔女さん】
窓から入る陽射しの眩しさに、目を覚ました。
うっ、眩しい。朝は嫌いですね。
はぁ、怠い、毎度の事ながら……。
「ようっ! キョウダイっ! 早く起きねぇか」
眩しさに皺ばむ目で、声のする方へ目をやると、そこには真っ黒な毛並みに、二本の尾っぽを持つ一匹の黒猫がいた。
黒猫は青々とした瞳でこちらを覗き込んでくる。
「はぁ、おはようございます。オルグ」
私は陽射しから逃れる為、ふわふわの枕に顔を埋めながら、片手を振り上げて黒猫へ挨拶した。
「おい、おい。起きる気ねぇだろよ」
私がオルグと呼んだ黒猫の呆れ声が耳に入る。
「別によ、おいらは、構わなねぇけど、困るのはキョウダイだろが……」
一向に起きようとしない私を心配し、言葉を掛けてきたオルグ。
嗚呼、気持ちよ過ぎる、このまま二度寝したい。
だけど、早く起きないと口うるさく説教を垂れてくる人がいるんですよね。
しばらく、ぼーっと目が冴えるのを待って、私はシーツをめくり、のそのそとベッドから起き上がった。
「やっと、お目覚めか。キョウダイ」
滑らかな黒毛を毛繕いするオルグ。
「うっ、はぁぁ、流石に起きないと不味いですからね」
私はグイッと伸びをすれば、着用していた
顔に掛かる髪を掻き上げ纏めると、私はアンティーク調のチェストから、
身支度が終わったので、壁に掛けてある姿見の前まで行き、身なりを確認する。
鏡に映った姿は、癖づいた薄紅色の髪に、少々、釣り上がり気味の灰瞳で、まばゆい白肌を持つ眉目よろしい少女。
年齢は十五、六歳くらい。
ううっ、毎度毎度、この姿を拝むのが辛いけど、転生させてくれたのはありがたい。
二度目の人生が、女なのも百歩譲って良しとしましょう。
だがしかし、頭の上でピコピコ動いてる黒いネコ耳に尻から生えてる黒い尻尾はおかしいだろ! ケモノ娘にしろなんて言ってない! 詐欺だ、こんなの詐欺だぞ!
くそっ、思い出しただけで、忌々しい。あんな、しょうも無い事で、私の姿がこんな事になるなんて、神様のやつ、器が小さいぞ!
嗚呼、最悪、最低だ。
全く、朝からテンション下がり放しですよ。
二度目の人生、気がつけば、魔女の弟子なんてやっていた。
私がこの世界に転生して早三年。
霧深い森の奥に、突如、転生させられ、行く宛も無く、ただただ彷徨っていた子供の私を【終焉の魔女】と呼ばれ恐れられる魔女シェーンダリアに拾われ、そのまま転がり込んで今に至る。
鏡に映る自分を見ながら、前髪にピン留めし、鍔の広い三角帽子を被った。
それより、この道服も何とかならないかな、身体のラインがいやらしく強調され過ぎる。
師曰く、魔女たるもの、いついかなる時も誘惑と言う武器を持って備えるべし、とか言って全然取り合ってくれない。
元男の意見を言うと最高にそそる格好ですけど、いざ自分が着用するとなると最悪何だよね……。
はぁ、文句垂れててもしょうがない、さっさと祈祷に参加しないと。
ここは、シェーンダリアが創立した魔女学校。
シェーンダリアが育てた十三人の高弟と、その門下生が通う館。
幽霊屋敷を彷彿させる薄暗い廊下。
窓には全て黒布のカーテンが掛かっている為、どんよりとした気配が広がってた。
早い話、カーテンを開ければ、万事解決なんですが、今は無理。
魔女の日課である朝の祈祷が行われているから。
それが終わるまで、辛抱してれば良いだけですし。
薄暗い廊下をギシギシと軋ませ歩いてたら、鬼のような形相で仁王立ちしてる人物がいた。
煩いのが出ましたか……。
シェーンダリアの一番弟子、アマンダだ。
パツ金、碧眼の艶かしい雰囲気に素晴らしいおっぱいを持つ魔女。
見た目は二十代にしか見えない。
噂じゃ、五十を越してるらしい。
「ご機嫌よう、アマンダ……」
私は素知らぬ顔で挨拶し、アマンダの横を通り過ぎようとしたが……。
「何がご機嫌ようですか? 今頃、祈祷に参加するなんて言語道断です」
青筋を立て引きつる顔で、私の襟首を掴む。
「はぁ、すみません。気分が優れなくて遅れてしまいました」
「毎度の事ながら、よく、そんな嘘ばかり……嗚呼、嘆かわしや。終焉の魔女の直弟子ともあろう者がこの体たらく、そんな事では立派な魔女になれやしませんよ。ダリエラ、わかっていますか? それから、オルグも使い魔としての務めを果たしているのですか?」
ああ、やっぱし始まっちゃいますか、鬱陶しい説教タイムが。
私はチラッと足下に目をやったなら、恨めしげな瞳で、こちらを見上げてたオルグ。
うっ、ちょっと悪い事したかな。私のとばっちりで使い魔であるオルグも説教を受けるハメになってしまった。
アマンダは、目まぐるしく表情を変えながら、あーだのこーだの言ってくる。
私は右から左に話を聞き流して説教が終わるのをジッと待つ……はっきり言って、私は魔女なんて全然興味無いし、なりたくも無い。
そこんとこ、アマンダはわかってないのと、全く伝わってない。
シェーンダリアには、その事を伝えた筈なんだけど、どうなってるのやら。
私は、ただ単に此方の世界の事情が全くわからなかったから、とりあえずの処置としてシェーンダリアの所へ身を寄せたに過ぎないのだけどな。
アマンダに、これれでもかと言うぐらい、こってり搾られた。
結局、祈祷には参加、出来なかった。
まぁ、然程、重要な事でもないし、簡単に説明すれば、今日一日の運勢をより良くする為の祈願。
重くなる瞼を擦り上げながら、私は魔法の箒に跨り、風薫る空を飛んでる。
一応、魔女の弟子を名乗っているから、このくらいは朝飯前。
魔女の修行で最初に行う事が、マイ箒の作成。
樹齢千年以上経った霊木を削り出し作った箒には、並々ならぬ愛着が湧いてしまい、恥ずかしながら名前まで付けてしまった。
マイ箒の名前は【スティンガー号】何処行く時も常に一緒で、頼りなる相棒。
「朝から疲れましたね。こんな事ならもっと寝てたら良かったですよ……はぁ、眠たい」
「何が疲れただ! オイラの方がよっぽど疲れたぞ! 毎度毎度、あのやり取りで、とばっちり食らう、オイラの身にもなりやがれ!」
箒の柄先に、ちょこんと座るオルグが、そう言ってジト目で私を睨み付ける。
「う、それは、悪いと思ってますよ。しかしながら、私は朝が弱いんで、こればっかりは、どうにもならないんですよ。オルグだって一応は広い範囲で私と同族だから、わかるでしょ」
「そうだが、キョウダイの場合、特に酷すぎるぞ!」
「はぁ、オルグ、機嫌なおして下さい。今日のお昼、オルグの好物、ご馳走しますから」
「な、そ、そうか。キョウダイが、そう言うなら機嫌なおしてやらんでもない」
私の言葉が一瞬にしてオルグの顔をふやけさす。
相変わらず、扱いやすいくて助かるよ。
向かう場所は、リヴァリス王国内、ヴォルケン侯爵領、エルムス城塞都市。
人口、約二十万人を有した都市で、この世界では、大都市の部類に属する。
都市内には、シェーンダリアの営む、よろず屋【魔女の小箱】があり、魔物を追い払う魔除けや護符、片や傷薬まで幅広く取扱う店。
店で扱う商品は、全て館の魔女達が作っている。
シェーンダリアは、この様な店をリヴァリス王国内に幾つも持ち、魔女達の主な収入源の一つとしていた。
そして、エルムス城塞都市にある、よろず屋【魔女の小箱】を任されているのが私です。
言うなれば、コンビニの雇われ店長みたいなもんかな。
しばらく、目下に広がった黄金色に輝く麦畑の海を城塞都市、目指してひた進む。
麦畑の海が途切れ、地均された街道の先に現れたのは、頑強で巨大な城壁に囲まれた街、エルムス城塞都市。
このまま、城壁を越えて中に入りたいところだけど、それをすると色々ややこしい事が起こるのでやめておく。
私は上空飛行から低空飛行に切り替え、城門前へと続く街道沿いを行く事にした。
城塞都市に近付くにつれ、チラホラと人影が見えて来る。
『あっ! ネコ魔女さんだ!』
『おっ、マジか! スゲぇ俺、初めて見たよ』
『ネコちゃん、相変わらず可愛いね』
段々と人が多くなり、私の姿に気付き、笑顔で手を振ってくる人達。
「ククッ、相変わらず人気ものじゃないか」
「うるさいですよ。オルグ」
にやけ顔晒して皮肉るオルグへ、私はぶっきら棒に言葉返す。
でも流石に、仏頂面して無視するのも気が引けますし、店の営利上、良く無いので、ここは、ひとつ素晴らしい営業スマイルを以て、手を振り返して上げますか。
ここ、エルムスで、私の事を見知ってる人達は皆、ネコ魔女と呼ぶ。
魔女でしかも獣人と言う組み合わせが、多分、物珍しいのだと思う。
転生した、このアーガレスト大陸には、多種多様な人種が存在していた。
大陸に住む大多数は人間種、次いで、獣人や亜人と言った種がいる。
此れらの種は、人間と比べ圧倒的に数が少ない。
獣人や亜人は、やたらめったら、人間の生活域に足を踏み入る事は無い。
暗黙のルール的なものがあるらしいけど、私には、よくわからない?
別世界から転生してまだ、間もないのと、後、いちいち隠れ潜む生活なんてやりたく無いし面倒臭い。
転生前の人生は、いつもビクビク、人目を気にして生きて来ましたし。
自分のやってきた事がやってきた事だけに、しょうがないのだけども……だからこそ、二度目の人生は真っ当な生活を送りたい。
そう言う事なので、逃たり隠れたり、したく無い。
決意を新たにしたのは、良いけども、ちょいと最近、悪目立ちしてる。
街のゴロツキ共を魔法で軽く撫でて矯正してやり、強盗をゲロ吐くまで【
エルムス住民は、最初は私を好奇の目で見てるだけだったのに、今じゃ、エルムスのマスコット的な感じになって来ている。
後悔なんてものは、微塵もしてないけど、これは少し、反省くらいしておかないとダメかなやっぱり。
無機質で飾り気のない城門に到着した。
エルムスの街は元々、リヴァリス王国の防衛拠点として建造されたので、外観は少し味気ない仕様になっている。
跨っていた箒を降りれば、たすき掛けてた大判の革鞄から銅貨を一枚取り出す。
街へ入場の際、通行税が必要でエルムスに在住していない、商人や旅人は税を支払わないと入場許可されない。
斯く言う私も、エルムス住人ではない為、通行税を払わないといけない。
お上が儲かるシステムは、何処にでも有るって事です。
できる事なら、私も一枚噛みたいくらいですよ。
街へ入場する為の列が成される。
大都市になればなる程、入場規制が敷かれ、チェックも厳しくなる。
鬱陶しいけど、待つのも仕事の内、なので黙って入場列に並ぶ。
「コラッ、ガキ、お前は入場許可札持ってねぇだろ」
「だから、さっきから言ってるだろ 許可札、家に忘れて来たって」
列の先頭から言い争っている声が聞こえて来た。
何事かと思い、私は列の脇目からひょっこり顔を出して先頭を覗き込んだと、同時に足下にいたオルグが、私の肩へと駆け上がり、
「どうした、どうした? 何か揉め事か?」
私と同じように肩口より、先頭を覗くオルグが耳元で訊ねてきた。
「さぁ、なんでしょうね?」
先頭を見やれば、二人の人物が見えた。城門で入場チェックを行う衛兵と暗灰の髪色で、少々、癖が悪そうな少年の姿だ。
言い争う二人を他所に、別の列が新たに出来たなら、入場をスムーズに執り行われる。
やっと、私の番まで来たか。
「おっ、ネコちゃんか、今からお店開けるのかい」
「はい、そうです。何か入り用なら、いつでもお越し下さいね」
衛兵のお兄さんと軽い挨拶を交わし、城門へと進む。
「いい加減にしねぇか! 税が払えないなら入場許可できねぇ。いくらガキでも、こればっかりどうしようもねぇよ」
「ちくしょう! 鬼、悪魔、人でなし」
煩わしそうにしている衛兵のオヤジさんに、半泣き顔で少年は言いたい放題叫んでいる。
可哀想にと言いたい所だけど、よくある風景。
あわよくば、タダで街に入ろうとする者は、後を絶たない。
言い争う二人の側を通り抜けようとした時……青い瞳を潤ませる半泣きの少年と目が合う。
「お姉ちゃん!」
そう叫び、少年が、私の腰に抱き付いてきた!
「はっ?」
「おう、ネコちゃん、このガキと知り合いか……」
「うん、そうだよ、おっちゃん」
私が口を開くより早く少年は、衛兵のオヤジさんに返事する。
何、勝手、言ってるんです。キミとは、初対面ですよ。
抱きつく少年を、俯かせた顔で見やると、少年はニヤニヤ含み笑いを浮かべていた。
こ、こいつ、嘘ついて、街に入ろうとする輩か。
私を利用しようって魂胆か、そんな不逞な輩は、衛兵に突き出してやらなければ。
私の顔色から何か察したのだろう、少年は腰に回していた手で、クルクル動き回る私の尻尾をグギュッと掴み取った!
「……ぁふ……むんんっ」
「どうした? ネコちゃん」
「……ぁっ……いっいえ、何でもありません」
全身がプルプル震えてくる。
ううっ、ダメ、尻尾、触られたら……不味いぃぃ。
獣人の中でも、特に
この子は、恐らく知っている。
だから、今の状態は非常に危険なんです。
こんな、大勢の人目で醜態を晒すのは、何としても避けたい。
私は、少年に屈伏しそうな自分を何とか奮い立たせて、ヤメろと目で訴え掛けた。
少年は声を出さず、口だけ動かして私に協力しろと言って来る。
いくら不意打ちとはいえ、くっうぅ、こんなガキんちょにしてやられるなんて。
だけども、私は今の状況から、只々、解放されたい一心だったので、一度だけ少年を見てコクッと軽く頷いた。
すると、握っていた尻尾から少しだけ、力が抜かれるのが、わかった。
「ん、すみませんでした。この子が迷惑掛けた見たいですね。今回は大目に見てやって下さい」
「そうか、ネコちゃんの知り合いだったか。なら、仕方ない今回は特別だ。ボウズよ、ネコちゃんが居て良かったな。ちゃんとお礼言っとけよ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「どう致しまして、次からは気つけてね」
こう言う時、普段の行いが物を言う。
衛兵のオヤジさん、ゴメン、ゴメン。
心の中で、オヤジさんに何度も謝りをいれた。
少年は私と一緒に難なく城門をくぐり抜けて行く。
街に入るなり、足早に私は少し閑散とした場所へ移動すれば、
「くっ……いい加減んんっ……手を離す!」
「ああっ! ゴメンよ。お姉さん」
私の言葉に、すぐさま手を離した少年。
手を離された瞬間、身体から力が抜けて行き、私はその場にへたり込んだ。
「はぁぁっ……んっ……ハァハァ、ハァハァ」
自分で自分の身体をギュッと抱き締めて、火照り、昂揚を諫めてやる。
「キミ、どういうつもりですか? ことと次第によっては、いくらお子様でも容赦しませんよ」
涙目で精一杯の虚勢を張り、怒っては見たけど、客観視したら何とも情けない姿を晒している。
人目を避けて正解だった。
その情けない姿も、少年の目に写っていない。
写ってないでは無く、正確には見ていないが正しい。
何故なら、少年は地面に頭を擦り付けて土下座し、私に謝り倒しているから、私が怒るより早くに……。
「ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい。どうしても、この街に入る必要があったんです。ごめんなさい、許して下さい」
最初はどうしてくれちゃおうと、思っていましたが、こんなに引くほど謝られたら、何も言えないですよ。しょうがないですね。
「謝らなくて結構ですよ。別に、もう、怒ってませんから、後、理由とか聞きたくないので、お口チャックでお願いします」
「本当に許してくれるのかい? 本当なんだね。ありがとうお姉さん!」
少年は飛んで喜び、私に抱きついて来る。
「わっ、わかりましたから、離れて下さい」
「あっ、ゴメン、お姉さん、この恩は絶対忘れないからね」
「いえ、忘れてくれてもいいですから、早く行って下さい」
「そうだ! はっ早く行かなきゃ! じゃあね、ありがとうお姉さん」
少年は、私に何度も何度もお礼を言いながら、慌ただしく大通りの雑踏に消えて行った。
「はぁぁ……」
大きな溜息を吐き立ち上がると、私は服に付いた砂ほこりを払う。
「ニッヒヒ、魔女ともあろうモノが、ガキ相手に手玉に取られるなんて、カァ、情けねぇ」
今の今まで黙りしてたオルグが、これ見よがしに私を責めたてる。
くっ、こいつは、言ってくれちゃうじゃないか。でも、ホントの事だから、言い返せない。
なら、最終手段。
「オルグ……黙らないと、お昼なしですよ……」
「お、おい、汚ねぇぞ! キョウダイっ!」
この世の終わりみたいな顔するオルグ。
フフッ、私をバカにするからですよ。
「うそ、うそですよ。私もそこまで鬼じゃありませから」
「マジ、勘弁だぜ。キョウダイよ」
私の言葉に安堵するオルグ。
はぁ、つ、疲れた……全く朝の説教より疲れたよ。
本日の私の運勢はあまり良くなさそうですね。
こんな事になるなら、朝の祈祷、ちゃんとしておけば良かったかな。
太陽が燦燦と照っている青空を見上げ、私は一人、祈祷しなかった事を後悔していた。
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