第7話 勇者、金策に勤しむ

「はぁ……」


 城へと繋がる並木道。そこを歩きながら、ムツキは溜め息をついていた。

 雑貨屋から出た時は普通だったのに、たった数分でえらい変わりようである。


「どうなさったんですか、勇者さん」

「いえ……」


 僕の問いかけに、ムツキはゆっくりとこちらを向く。

 その手には、金貨が入っている小さな革袋。


「お城を出た時は五千リドルもあったのに、もう三百リドルしか残ってないなんて……これからの冒険が不安だなと」

「買い物をしたのだから所持金が減るのは当たり前じゃないですか」


 かなりの出費だったことは否めないが、それなりの武具を揃えられて必要な旅道具まで調達できたのだから、これは必要なことだったのだと僕は思っている。

 身支度は、最初が肝心だ。面倒臭がって粗末な準備しかせずに城下町の外に出れば、あっという間に魔物の餌食になってしまう。魔物は決して弱い存在ではないのだ。


「お金をかけただけ立派な武具が手に入ったのですから、これは必要経費なのだと思って割り切りましょう。命を落とすよりよっぽど良いでしょう?」

「そうなんですけど……俺、所持金は最低四桁ないと落ち着かないんですよね。いつお金が必要になるイベントの発生ポイントに遭遇するか分からないじゃないですか」

「イベント……?」


 また意味不明なことを言い始めたぞ、この男。


「特定の条件が重ならないと現れないキャラからしか買えないレアアイテムとか、逃したくないじゃないですか。遭遇した時に買えなかったら、次にそのキャラに会えるのがいつになるか……下手をしたら一年くらい待つ羽目になるパターンも少なくありませんし。まあ、そうなったらコンフィグで時間設定をちょこっといじって無理矢理キャラを登場させることができますから、キャラとの遭遇自体は実はそれほど難しいことでもないんですけどね」

「……勇者さん。時計の針を無理矢理弄ったって現実で流れる時間は変わらないんですよ。人間が時間を操るなんて、そんな神様みたいなことができるわけないでしょう」


 この世界で一般的に浸透している存在である魔法でも、時を操作することはできない。

 昔……召喚勇者の中には、自在に時を操ることができる固有能力を持っていた者もいたらしいが……それは特例中の特例だ。時というものは基本的に操れないものというのが世間一般の認識である。

 固有能力とは何かって?

 固有能力というのは、簡単に説明すると召喚勇者のみが持っている魔法とは異なる能力である。

 それは身体能力に関わるものであったり、魔法的な力であったり、召喚勇者によって持っている能力は異なる。どういう理屈なのかは分からないが、召喚勇者は必ずこの能力を最低ひとつは備えていて、その能力を所有していることこそがその人間を召喚勇者であると証明するものとなるのだ。

 どういう能力かは不明だが、召喚勇者であるムツキには当然備わっているはずだし、一応元召喚勇者である僕にもその能力はある。

 因みに、僕の固有能力は──『実体化ライズ』という、幽霊などの実体を持たない魔物を物理的に実体化させることができる能力だ。勇者時代に悪霊退治の仕事を請け負った時には重宝されたが、正直言ってそれくらいしか用途がないためかなり微妙な能力であると言える。当然、講師となってからは使う機会など全くなく、僕自身その能力の存在を時々忘れることすらある始末だ。

 果たしてムツキはどんな固有能力を持っているのだろう。それによって今後の立ち回り方が変わってくると思うので、彼を王国騎士団の訓練場に連れて行ったら職業と一緒に調べることにしよう。

 ムツキはふうっと息を吐いて、金貨の入った革袋を鞄の中にしまった。


「まあ、仕方ないか……お金がある程度貯まるまでの間はなるべく出費は控えるようにしないと」

「宿や食事でしたら、城内にある施設を利用されると良いですよ。兵士たちが使っている場所ではありますが、勇者さんなら無料で御利用になれますから」


 城には様々な施設がある。訓練場、食堂、宿舎、医療室……城勤めの人間のために用意されたものなのであまり豪華なものではないが、それでも城下町で営業している店並みの待遇は受けられるはずだ。

 ムツキがなるべく出費を抑えたいと考える気持ちは分かる。僕も勇者時代はそうだった。冒険者というのは何かと出費の多い職業なのだ。

 無料、の言葉にムツキの表情がぱっと明るくなった。


「無料の施設ですか! それは有難いですね。遠慮なく利用させてもらいます」

「では、訓練場に行く前に各施設に御案内しますね。場所さえ分かれば、僕がいなくても勇者さん一人で行けるようになりますし」

「そうですね……あっ」


 ムツキが唐突に声を上げて足を止めた。

 彼の視線は、並木道の横──一面に広がっている黄金色の畑に注がれている。

 あれは、麦畑だ。此処らは小麦を作るのが盛んなので、この辺の町村では比較的よく見ることができる風景である。

 随分とぼろぼろで今にも倒れそうな案山子が立っている……此処は、ムツキが殴り壊したという案山子があった畑か。


「草が生えてますね」

「草……まあ、麦畑ですからね」

「結構広い……これだけ生えてたら、いい収入になりそうだ」

「……は?」


 何やら聞き捨てならない台詞を呟いて、ムツキが鞘から剣を抜きながら僕の傍から離れていく。


「ちょっと、勇者さん?」


 呼びかけても反応せず。彼はそのまま、並木道を外れて麦畑の中へと入っていった。

 そして手近なところに生えている小麦を一束掴んで、剣を大きく振りかぶって──


「リドル、出ろぉぉぉ!」


 ばさばさばさっ!

 何と彼は、よく分からない叫びを発しながら手当たり次第に小麦を刈り取り始めたではないか!


「ちょっ……何してるんですか勇者さん! やめて下さい!」


 僕は慌てて畑に飛び込んで、ムツキを背後から羽交い絞めにした。

 やはり、見た目通りにムツキには力がない。同年代の同性と比較して非力である僕の腕力でも簡単に動きを止めることができた。

 何で邪魔をするんだ、とでも言いたげな目で肩越しに僕を見るムツキ。

 僕は怒鳴った。


「勝手に人の畑の作物を刈ったら駄目でしょう! いきなり何やってるんですか!」

「何って……見て分かりませんか? 草刈りですよ。フィールドとかに生えてる草を刈ったり遺跡にある燭台を壊したりするとお金が出てくることがありますからね。まあ、出てくるのは殆ど銅貨ですけど、稀に金貨も出るから結構馬鹿にならないんですよ、この金策方法。ゴールドリングを装備してれば袋でドロップすることもあるから、この金策方法が生きてくるのはゴールドリングを手に入れてからなんですけどね」

「草原で草を刈るのは止めませんけど、畑の作物を刈るのはやめて下さい! 大体草刈りしただけでお金が出てくるわけないじゃないですか! 変なことを言わないで下さい!」


 ゴールドリングとやらが具体的にどんなものなのかは僕には分からないが、まさか金策と称して畑荒らしを始めるとは思いもしなかった。

 草を刈っただけでお金が出てくるなら、今頃地上の草原は全部丸坊主になっていると思う。

 全く、壺や樽を片っ端から壊そうとすることといい、この草刈りの件といい……彼の頭の中にある『金策』とは一体どのような代物なのだろう。

 この調子だと、旅に出て魔物を狩るようになって、死骸を見て「お金を落とさないなんておかしい」とでも言い出しそうである。

 僕はムツキが刈ってしまった小麦を拾い集めた。幸い大した量ではないが、それでも無断で作物を刈ってしまったことには変わりはない。畑の持ち主のところに行って謝らなければ。

 ムツキに拾い集めた小麦の束を渡して、言う。


「とにかく……この畑の持ち主のところに行って、作物を無断で刈ってしまったことを謝りましょう。もう二度とやらないで下さいよ、勇者さん!」

「刈った草はエリアチェンジすれば元に戻るんじゃ……」

「ですから、エリアチェンジなんて奇跡の現象は起こりませんから! いい加減この世界が現実なんだと理解して下さいよ!」


 ああもう、面倒臭いなこのピーマン男は!

 思わず脳天をひっぱたきたくなるのをぐっと堪えて、僕はムツキの背を押して麦畑から出た。


 その時だった──畑の小麦が、風もないのにざあっと大きく揺れたのは。


「……?」


 音に釣られて麦畑の方を見る僕たち。

 その視界の中央に、巨大な緑色の物体がのっそりとした動きで現れた!

 そいつは鋭い顎をキチキチと鳴らしながら、真っ赤な宝石のように輝いた巨大な目で僕たちの方を見ていた。

 僕の脳に秘められた勇者としての知識が、その生き物の名を呟かせる。


「こいつは……グリーンロウカストゥ……!」


 それは、ムツキにとって初めてとなる魔物との邂逅であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る