第4話 勇者の武具選び-武器編-
武具を販売する商人は、店の奥に独自の工房を持って自ら武具を作る職人としての顔を持っている者も多い。ブルーノさんもそういう職人を兼任している商人の一人で、彼は自ら客に合った武具を選ぶだけではなく、客の体格や戦い方などに合わせた細かい調整なんかも請け負ってくれる腕の良い人物なのだ。
当然、武具に関する知識はトップレベルを誇る。ベテラン冒険者顔負けの知識を持つ彼に教えを乞いに訪れる城勤めの騎士たちも結構多いらしい。
「ふうむ……」
現在、ブルーノさんはムツキの両腕を指先でなぞるように触りながらチェックしていた。
「これはまた、随分と細い腕だな。冒険者志望の若い連中と比較してもかなり劣るぞ。圧倒的に筋肉量が足りん。……ああ、お前さん、ひょっとして魔道士系なのか? それならこの細い腕でも納得はいくんだが」
ムツキは自分の体が貧弱だと言われていることに気付いていないのかそれとも気にもしていないのか、けろっとした様子で答えた。
「そうですか? けどまぁ、勇者は見た目じゃありませんから。ほら、枝みたいに細っこい腕をしている十歳くらいの女の子が自分よりも大きいハンマーを平気で振り回して敵を殴り飛ばすなんて当たり前のことでしょう?」
「……そんな小さな子まで魔物と戦ってるのか、お前さんの故郷では。……というか、その子本当に人間なのか……? そんな馬鹿みたいにでかいハンマーを武器として作った鍛冶師がいるという話もにわかには信じられんが」
「それに、容姿なんて勇者にとっては飾りみたいなものですしね。種族も性別も変えたいと思ったらいつでも薬で変えられますし」
「種族と性別を変える!? 薬で!? ちょっと待てそんな冗談みたいなことができるわけないだろう!」
「できますよ? 夢想薬といって、それを公式からリアルマネーで購入すると一回だけ容姿を好きなように変更できるようになるんです。まあちょっと高いし薬の購入権利にも回数制限があるんで、そう気軽に手を出せないのが難点ですけど……」
「公式? リアルマネー? 何だ、さっぱり分からん……」
「……ブルーノさん、勇者殿は時々彼の故郷特有の言語で物事を喋ることがあるんです。大したことは言ってないので聞き流してしまって問題ありませんよ」
僕はブルーノさんに気にしたら負けだと助言をした。
正直言ってムツキの発言の半分以上は、彼と同郷の出である僕でなければ意味なんてまるで理解できないと思う。
まあ、僕もそこまでゲームに興味があったわけじゃないから、理解できるレベルにも限度というものがあるんだろうけれど。
ムツキは笑いながら両腕を引っ込めた。
「ですから、見た目が華奢な勇者なんて珍しくも何ともないと思いますよ。実際筋骨隆々の大男よりも小柄な少女の方が強かったなんてパターンは腐るほど実例がありますし。大事なのはどれだけレベルとスキル上げに時間を費やして強くなったか、そこに限ります」
ムツキが言っているのはゲームという空想世界の中だからこそ成り立っている理論だ。この世界は現実だから、もちろんそんな理屈など通用しない。
ブルーノさんが言う通り、現在の彼の体は勇者として以前に一般人として見ても貧弱な部類に入る。あれではその辺にいる魔物を相手に無傷で勝つことすら難しいだろう。
ムツキには、少しでも鍛錬を積んで肉体作りをしてもらう必要がある。
しかし、ああ言っている彼のことだ。この世界をゲームの世界と混同している彼が旅に出る前に体を鍛えるといったことはまずしないだろう。おそらく旅に必要な身支度を整えたら、速攻で魔物が徘徊する町の外へと出て行くに違いない。
「それなら、旅支度を整えたら一旦城の方に戻って王国騎士団の訓練を受けてみませんか? 勇者さん。体を鍛えることは大事なことですよ」
「大丈夫ですよ。多分実際に町の外で魔物と戦った方が早く成長できる気がするんですよね。武器スキルも育てたいですし。チュートリアルの訓練じゃ武器スキルの方は上がらなさそうですから」
「何ですか、武器スキルって。何でもかんでも数値化して物事を考えるのはやめて下さいよ勇者さん。此処は現実の世界なんだって散々教えたじゃないですか」
一応説得はしてみたが、やっぱり駄目か。
渋い顔をして頭を掻く僕に、ムツキは言った。
「それに、勇者って昔からすらっとしてて美形で見た目は普通っぽい奴って相場が決まってるじゃないですか。変に規格外の超人みたいな姿にならなくたって、魔物を倒して人々を助けられるような存在であれば、十分勇者だって胸を張って言えるんじゃないんですかね?」
──ムツキの言うことは、大半がゲーム脳発言だがたまに正論も混ざっているから扱いに悩むことがある。
人間は、見た目だけで全てが決まるわけではない。それは事実だ。
今の世を生きる冒険者の中には、その意識が欠如している者も多い。強そうな見た目をしているからこそ自分は最強だと錯覚している愚か者がいる。
それは、召喚勇者とて同じこと。これまでに召喚されて人々の期待を背負って旅立っていった彼らは、心の何処かに少なからず驕りを持っていた。自分は選ばれた者だからこそ最強であるに違いない、自分が死ぬはずなどないのだと勘違いしていた。
死に間際に現実を思い知り、それまでの自分の行いを振り返って後悔し、そして斃れていった。
ムツキは、言動こそ問題はあるが(ついでに言うと服のセンスも悲惨だが)、その点に関しては今までのどの召喚勇者よりも遥かにしっかりと理解力を持っていると言える。
これは──ひょっとしたら、これからの成長の如何次第で大化けする可能性がある。彼ならば、本当に、魔王を討ち果たして世界を救う英雄になれるかもしれない。
そのように彼を導き育てるのは、僕の役目。非力な先代勇者ではあるけれど、しっかりと、彼を育て上げてみせようじゃないか。
「……勇者さん、確かに貴方が仰る通り、人は見た目ではありません。しかしだからといって外見を整えることを疎かにして良いということにはなりませんよ。勇者が平和の象徴であるために、世に蔓延る悪たちに絶対無敵の姿を見せつけて抑止力となることも、勇者にとっては大切な役割のひとつなんです。世の人々は、勇者が枯れ枝みたいな外見をしているよりも立派な体をしていて頼り甲斐がありそうな姿をしている方が安心感が持てるんです。人々のためにも、彼らの理想の姿を作る努力をしてみませんか?」
「……成程」
僕の言葉に、ムツキは腕を組んで納得した様子で頷いた。
「勇者は平和の象徴たる者……確かに、言われてみればその通りかもしれない。そうか、今までに救ってきた街が再び魔物に襲われずに平和でいられたのも、勇者の存在が平和の象徴としてその街を守り続けていたからなのか……そうだったのか! そんな単純なことにも気付かなかったなんて、俺は何て無知だったんだろう!」
何やらぶつぶつと呟いて一人で納得した後、顔を上げて、大声で言った。
「レンさん、俺、ようやく理解しました! 勇者にとって本当に必要なことが何なのか! 俺、身支度を整えたら城に戻って訓練を受けます! そして、この世界の全ての人に安心感を与えられるような、そんな勇者になってみせます!」
「……そ、そうですか。分かって頂けて何よりです。それでは、旅支度が済み次第王国騎士団専用の訓練場の方に御案内致しますね」
何だか理解のベクトルが微妙にずれているような気もするが……まあ、彼が体を鍛えることに肯定的になってくれたので、細かいことは良しということにしておこう。
僕はムツキのことを一層奇妙なものを見るような目で見ているブルーノさんに呼びかけた。
「では、そういうわけですので……ブルーノさん。彼に手頃な武器を選んで頂けますか」
「……お、おう。分かった。ちょっと待っててくれ」
ブルーノさんは僕の声にはっとして表情を元に戻すと、店内に並んでいる武器たちのところへと移動した。
そこから幾つか武器を選び取って戻ってきて、カウンターの上にそれらを並べていく。
「俺の見立てだが……勇者様、お前さんは腕に筋力がない。おそらくだが斧系とかハンマー系みたいな腕力が威力に直結するような武器は使いこなせないだろうと判断した。だから選ぶとしたら、軽くて威力よりも手数を重視した戦い方ができる得物の方が向いているだろうな」
僕たちから見て最も左側に置かれている武器を手に取る。
それは、柄から刃の先端までの長さが三十センチほどしかない短剣だった。鍔は小さめで、刃の部分が微妙に湾曲しているのが特徴だ。
「ウェザードダガー。斥候職を目指す冒険者が短剣の使い方を練習するために持つ、いわゆる入門用としての短剣だが、刃の部分は一応鉄でできてるからちゃんと扱えばそれなりに使える武器だ」
「ウェザード……初期装備ってやつですね。初期装備なのに鉄製ってのは凄いですね。普通は初期装備といったら
「随分金属に詳しいんだな、お前さん……まあ、一応そういう銅製の武具もあるにはあるんだがな。でも鉄と比較したら銅の方が重いから、初心者が訓練用の武器として使うことを想定したら鉄の方が色々と都合がいいんだよ。中には重い方が筋力の鍛錬になるからって敢えて銅製の武器を持つ奴もいるから、一概には決め付けられないんだがな」
「そうだったんですか。それは知りませんでした。……持ってみてもいいですか?」
「ああ、構わんぞ」
ムツキはブルーノさんからウェザードダガーを受け取った。
右手でしっかりと柄を握り、軽く先端を揺らしてみる。
「へぇ、包丁とは違った感じがするな。想像してたよりも軽いし。ああ、だから盗賊って戦士よりも攻撃間隔が短いのか……納得だ」
でも、と小さくかぶりを振って、彼はカウンターにウェザードダガーを戻した。
「でも……何か、これじゃないって感じがします。上手く言えないけど、俺らしくないかなって」
「そうか。それじゃあ、こいつはどうだ?」
ブルーノさんは隣にある武器を手に取った。
「アッシュクラブ。早い話が木製の棍棒だな。腕力に自信のない魔道士たちが最低限の自衛手段として持ち歩いている武器だ。本体は木だが先端を鉄で補強してあるから、当たり所が悪ければそれなりに痛いぞ」
「棍棒って、元はといえば刃物禁制の掟がある聖職者たちのために作られた武器なんでしたっけ? 聖職者の掟っていまいち意味不明ですよね。刃物で斬るよりも鈍器で叩き潰す方が絵面的にえぐい気がするんですけど。中にはトゲトゲ仕込んでるやつなんかもあったりして。あのトゲトゲは掟破りにはならないんですかね。未だに分からないんですよね……」
「刃物禁制の掟? 聖職者って……要は神官のことだろ? 確かに神官は基本的に杖しか持たないが……剣を持っちゃならんなんて掟はなかったと思うぞ」
「ブルーノさん、彼の故郷の話なので……此処とは色々違うんですよ」
「ああ、成程な。そういうことか」
僕の言葉にあっさり納得して、ブルーノさんはアッシュクラブをムツキに渡した。
ムツキはそれを受け取って先程と同じように軽く振ってみた後、カウンターの上にそれを返却した。
「ひのきの棒みたいな殴る系の武器って序盤装備の鉄板ですよね。如何にも勇者の初期装備らしいって感じがします。振ってみた感じもそんなに悪くはなかったし」
「じゃあ、こいつにするか?」
「うーん……それでもいいんですけど、俺の希望も言っていいですか?」
どうやらムツキはムツキなりに、使ってみたい武器があるようだ。
「構わんぞ。言ってみろ」
「弓があるようなら、弓がいいです。それも大型の狩猟弓じゃなくて、できればクロスボウ系の小型のやつ」
「弓? 一応あることにはあるが……」
ムツキの要望を元に、ブルーノさんは店の奥からひとつの弓を探して持ってきた。
特にこれといった飾り気のない、オーソドックスな形をした狩猟弓だ。大きさは一メートル弱と、まあ冒険者用の弓としては比較的小型の部類に入るものである。
「弓を扱うにもそれなりの筋力は必要だぞ。それに加えて遠方を見渡せる視力も重要になってくる。お前さん、昔弓を扱ってた経験でもあるのか?」
「まあ、それなりには……序盤の狩りの仕方といえば、やっぱり引き狩りですよね。昔よくやってました」
「引き狩り? 何だそりゃ」
「知らないんですか? 引き狩りっていうのは、弓で魔物を狙撃しながらフィールドを引き回して、その間にペットに攻撃させて仕留めるっていう方法です。自分は遠く離れた位置から魔物を誘導しつつ狙撃するだけなんで、負傷しないで安全に魔物を倒すことができるんですよ」
「ペット?」
「テイムした犬を使うのが一般的ですね。中には猫とかアライグマを連れてる人もいましたけど、基本的に猫とかアライグマって直接攻撃向きじゃないんですよね……やっぱり犬が一番安定して火力が出せると思います」
「はぁ!? 犬!?」
素っ頓狂な声を上げるブルーノさん。
何を驚いてるんだろう、とでも言いたげな顔をして、ムツキは続けた。
「肉を与えてテイムした野生の犬ですよ。あれって結構難しいんですよね。死ぬ寸前まで弱らせてからじゃないとテイムの成功率低いから、うっかりやりすぎて殺しちゃうことが結構あって……かといって逆に手加減しすぎると今度は自分が殺されちゃいますし」
「おい流石に可哀想すぎるだろ犬! そもそも死ぬ寸前まで弱らせて肉やっただけで野犬が懐くわけないだろ! 何、肉に媚薬でも仕込んでるのか!? 大体何で自分まで死にかけるんだよ!」
「街の道具屋とかで買った普通の肉ですよ。あ、でも一応肉には幾つかグレードがあって、より高級な肉を与えた方がテイムの成功率は高いみたいですね。……因みにテイムが命懸けなのは当たり前じゃないですか。武器を装備したまま攻撃したらすぐに殺しちゃいますから、そうならないように素手で殴って少しずつ体力を削るからどうしても時間がかかってその分自分が攻撃される機会も増えるわけですし」
「おかしい! 色々おかしい!」
「えー、序盤の狩りの手段としては鉄板なんだけどなぁ……レンさん、ひょっとしてこの世界じゃ野生の犬をテイムして戦わせる習慣ってないんですか?」
何かを求めるような顔で僕の方を見るムツキ。
僕はそんな彼に対して、きっぱりと答えてやった。
「ありません」
──それから結局幾つかの武器をブルーノさんからお勧めしてもらった後、ムツキはウェザードソードという初心者向けの片手剣を選んでいた。
彼がそれを選んだ理由は色々とあったようだが、剣は勇者が持つ武器としては基本中の基本だし、剣なら魔物と戦う時以外にも色々と使い道があるからというのが選ぶ決め手になったようだった。
色々と、というのが地味に気になるところではあるが……
代金は、剣を納める鞘を含めて千五百リドル。武具というものは基本的に値段が張るものなのだ。
ムツキはブルーノさんから鞘の着け方を教えてもらい、左側の腰にウェザードソードを装着した。何故左側なのかというと、単純にムツキが右利きなのでその方が鞘から剣を抜きやすいからだ。
何とか武器は決まった。次は防具だ。
まさか武器ひとつ選ぶだけでこんなに気疲れするとは……
既に武器選びだけでかなり体力を消耗してしまっている。この分だと旅道具の方までは手が回らないかもしれないな、と僕は胸中でこっそりと溜め息をついたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます