第2話 案山子と勇者とレベルアップ

 此処は、城の地下にある牢屋である。城下町で何らかの罪を犯して憲兵に捕らえられた人間を収容しておくための場所だ。

 強盗、窃盗、詐欺、恐喝……人々の暮らしを脅かすのは魔王や魔物だけではない。時には一般人よりもほんの少しだけ優れた能力を持った人間が、悪として人々に危害を加えることもある。

 そのために、国では王国騎士団と呼ばれる特別な称号を与えられた騎士たちを擁して、城下町を初めとする国内各地に点在する街に彼らを憲兵として派遣して治安維持に努めているのだ。


「……それで、勇者さん」


 僕は目の前の牢屋の中で大人しく座っているムツキに問いかけた。


「強くなると意気込んで城を飛び出していった貴方が、どうして牢屋になんか入れられたりしているんですか」

「それが、さっぱり分からないんですよね。俺はただ普通にレベル上げしようとしてただけなんですよ」


 ムツキは僕の問いかけに、本当に不思議そうな顔をして首を傾けながら答えた。


「案山子を一生懸命殴ってたら、何故か兵士の人たちが来てあっという間に捕まってしまって。案山子も壊れてしまうし、意味不明ですよ。案山子って普通はどんなに叩いても魔法を浴びせても絶対に破壊できないものなんじゃないですか?」

「そんなことをしたら普通壊れますよ! 案山子を何かと勘違いしてませんか!?」


 案山子とは、畑の作物を荒らしに来た鳥や動物を追い払うために木や藁なんかを用いて作った人形だ。

 そもそも、案山子を殴ったり魔法を浴びせるって……どれだけ案山子に恨みを持っているんだろう。この男は。

 それに、彼はひとつ盛大な勘違いをしているようなので言わせてもらう。


「大体……レベル上げって何なんですか。此処はゲームの世界じゃないんですからレベルなんて概念は一切ありませんよ」

「ええっ!?」


 僕の言葉に、彼は素っ頓狂な声を上げた。


「敵を倒して経験値を貯めてレベルアップして、そうやって強くなっていくものなんじゃないんですか!?」

「ですから、ゲームじゃないんですから。そんな都合の良い現象なんて起こりません。強くなるためには鍛錬を重ねて地道に頑張っていくしかないんですよ」

「ええ……それじゃあ、レベルが上がったら自然に新しい魔法を覚えたりとか、そういうこともないんですか?」

「ありません。魔法は自分で魔法書を片手に勉強して身に付けていくものです」


 多くの魔物と戦って経験を積み重ねていけば、その時に学んだ知識や会得した技術が経験値という形になって自分を強く成長させるという意味でのレベルアップならあるかもしれないが……そんな単純なポイント稼ぎをするような形式で強さを手に入れるような仕組みはない。

 大体そんな仕組みがこの世に存在しているのなら、この世で最強の人種は農村に住む農民ということになる。彼らは害虫を駆除したり害獣を追い払ったりしながら日々を暮らしているからだ。


「……そんなぁ」


 明らかに落胆した様子で肩を落としながら、ムツキは呟いた。


「案山子を叩いてレベル五までなら安全に成長できると思ってたから、武器を買う時間も惜しんで必死になって案山子を探したのに……あの苦労は何だったんだろう」

「…………」


 案山子を叩くだけで強くなれるって、何処までゲーム思想が根付いてるんだこいつは。

 というか、ちゃんと武器くらいは探そうよ。まがりなりにも自分が勇者だっていう自覚があるんなら。防具はその変なTシャツでとりあえずは──まあ本当は良くないんだろうけど──良しとするにしても。あんた、王様から身支度を整えるための資金を貰ってるんでしょ。

 はあ、と僕は溜め息をついて、言った。


「とにかく……案山子を壊すのは器物破損で立派な罪になりますから、二度とやらないで下さい。あれです、カルマがカオティック側に傾いて赤ネームになりますよ。そうなったら店で買い物もできませんし人と話をすることもままならなくなりますよ」

「ああ、流石に冒険開始序盤で早々に赤ネになるのは嫌ですね……分かりました。案山子を叩くのはやめます」


 敢えて彼にも理解しやすいような言葉で説得したら、あっさりと承諾してもらえた。

 彼は、思考レベルは完全にゲーム脳でお花畑全開のピーマン男だが、一応それなりに物事の分別が付く程度の判断力はあるようだ。

 これは……片時も離れるわけにはいかないな。一人で野放しにしておいたら何をし出すか全くもって予想が付かない。

 元々、城の中でゆっくりと色々教えるつもりだったのだ。それが実践形式に変わっただけだと思えばいい。

 此処で僕が彼の面倒を見ることを放棄したら、色々な意味で可哀想な人間が誕生することになってしまうのだ。他の誰が彼を見捨てても、僕だけは、最後まで彼を責任持って育てなければ。

 それが、召喚勇者専属の指導講師たる僕の使命なのだから。


「それでは……これから城下町に行って旅立ちに必要な武器とかを揃えに行きましょう。僕が事情を話して貴方の所持品を返却してもらってきますから、貴方はそこで大人しく待っていて下さい。いいですね」

「分かりました。いや、この投獄イベントの終わらせ方が全然分からなかったんで悩んでたんですよ。ありがとうございます」

「…………」


 この男、投獄されたことに関しては全然懲りていないようだ。しかも何かイベントとか言っちゃってるし。

 ……大丈夫なんだろうか。こんな人間に世界の未来を託したりして。

 先行きにただならぬ不安を感じながら、僕はムツキの釈放申請を出すために王国騎士団の詰め所へと向かったのだった。

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