ノー・タレント
ユウキ ヨルカ
第1話 「才能について」
人は誰しも、何かしらの「才能」を持って生まれてくる。
運動ができる才能、勉強ができる才能、ピアノを弾ける才能、絵を描ける才能、人と親しくなる才能……
しかし「才能」を持っていると言っても、それを自覚していなければ無いのと同じだ。
自分に与えられた「才能」を知って、初めてそれを生かすことができる。
残念なことに、自分の「才能」が何なのかをはっきり自覚している人はとても少ない。
例えば、俺に「殺人の才能」があったとする。しかしそれは、実際に人を殺してみるまではわからない「才能」だ。
このように、誰にでも「才能」があるからと言って、それを有効に活用できるとは限らないのだ。
有名なスポーツ選手やピアニストが、世界で活躍できるような類いまれなる「才能」を持っているのは、単に彼らが幸運だったからだ。
彼らは幼い頃から様々な経験をし、自分に与えられた「社会で通用する才能」を幸運にも見つけ出すことができた。
自分の「才能」を自覚してからは、その「才能」を伸ばすことに力を入れるだけでいい。
しかし、幼い頃から自分の「才能」を見つけ出せる幸運の持ち主は早々いない。
自分が死ぬまでに何かしらの「才能」を見つけ出せるだけでも、まだ運がいいと言えるだろう。
多くの人は、自分に与えれた「才能」を理解しないまま死んでいく。
そんな人生、俺はまっぴらごめんだ。
せっかく与えられた「才能」を一度も使うことなく死んでいくなんて、あまりにも悲しすぎる……。
人は自分にしかできないことを見つけるために、この世に生まれたはずだ。
それなのに何も見つけられずにただ人生を消費し、死んでいくだけなんて俺は絶対に嫌だ……!
俺にも必ず「才能」はあるはずなんだ……!!……でも、それが何なのか……俺にはまだわからない……
俺は1人、放課後の教室でグラウンドを眺めながらそんなことを考えていた。
グラウンドでは野球部が夏の大会に向けての練習をしている。
大きな掛け声と金属バットに球が当たる快音を聞きながら、俺は机に広げられた日誌に本日の活動内容を書き進めていく。
季節は5月下旬。俺がこの高校に入学して1ヶ月が経った。
入学当初、俺は自分の「才能」を見つけるために、様々な部活動に体験入部した。
しかし結果はご覧の通り。
可能性を感じるものは一つもなく、こうして教室からグラウンドを眺めては、いつも自分自身の「才能」について考えている。
「帰るか……」
俺は机の横に立てかけておいたカバンを手に取ると、書き終わった日誌をその中にしまった。
そして教室を出ると、昇降口へ向かう足で職員室に立ち寄った。
コンコンと職員室のドアをノックし、引き戸を開く。
ドアを開けると、職員室独特のコーヒーの香りが漂ってきた。
「失礼します。あの…、1ー3の羽島ですけど、佐倉先生いらっしゃいますか?」
俺はドアの近くにいた教員に声をかけた。
「あー、佐倉先生なら、進路相談室にいるわよ。来週からウチに転入してくる生徒にいろいろと教えてるみたいよ。」
転入……?こんな時期に?なんでまた……
「ありがとうございます。失礼しました。」
俺は職員室から出ると、2階の進路相談室へ向かった。
進路相談室は、今いる東棟とは逆の西棟にあるため、移動が少し面倒だが仕方ない。
日誌を提出しないことには家に帰れないのだから。
俺は先ほど出た教室の方に戻り、そこから階段を使って2階へ上がった。
まだ進路を真剣に考える時期でもないため、進路相談室には入ったことはなかったが、いつも授業で使用する理科室がその隣だったため、場所は知っていた。
進路相談室の前に着くと、中から話し声が聞こえてきた。
一人は担任の佐倉先生の声。
もう一つは来週転入予定の生徒かその保護者だろう。
俺がドアをノックすると、
「どうぞ。」
と、中から佐倉先生の声がした。
「失礼します。」
俺は進路相談室のドアをそっと開けた。
進路相談室のドアを開けて最初に目に入ってきたのは、長い黒髪をした美しい少女だった。
黒く大きい涼やかな瞳。
瞳に影を落とす長い睫毛まつげ。
シルクのような白い肌。
触れれば消えてしまいそうなほど儚げで、それはまるで、世界にたった1輪しか存在しない華のようだった。
少女が醸し出す雰囲気はどこか大人びていて、静寂な夜空を照らす月を思わせた。
俺は、うちの高校の制服を着ているのを見て、初めて彼女が噂の転入生だということに気が付いた。
「……どうした?羽島。何か用があったんじゃないのか?」
「あっ、えっと……日誌書き終わったので提出しに来ました。」
俺はほんの数秒間、彼女に見とれていたらしい…。
「あー、お疲れ様!あと、こちらにいるのが、来週からうちのクラスに転入してくる榊原さん。みんなにはまだ言ってないけど、仲良くしてあげてね!」
榊原は美人教師として我が校では人気な佐倉先生とは少しベクトルの違った美しさを持っていると俺は感じた。まるで、別の世界からやってきたように、どこか現実味を帯びていない感じがした。
「あっ、はい…。…えっと、
俺はギコチのない笑顔を向けて彼女に挨拶した。
もともと人と話すのは苦手で、ましてや初対面の女子に爽やかな笑顔を向けて挨拶するなんて高度なことは、俺にはできるはずがない。
そう思っていると、榊原の口が開いた。
「…初めまして。
榊原は小さく、しかしよく通る澄んだ声でそう言った。
これが俺と榊原との最初の出会いだった。
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