不可逆

オカモトV

5月


僕の目が異常におかしくなければ、3組の生徒でブレザーコートを着ている生徒は3人、セーターを着ている生徒は2人、その他の生徒達は全員、ワイシャツを着ているということが分かった。温くなってきてもうかなり経つというのに、その少数派5名の考えが僕には理解できない。

もしかしたら、彼らは全員がどこか一年中猛暑の国で育って、15、6歳の時からこの高校に通い出したのかもしれない。

それから少しして、宿題の計算プリントが配られて6時間目の授業が終わった。一番後ろの席は配布物を回す必要がないから楽でいい。


数学の先生と入れ替わるように、担任が入室し手短に話を済まして終礼が終わる、僕がゆっくり下校の準備をしていると、離れた席の、体格はがっしりとしているのに抜けたような、良く言えば優しい顔つきをした少年、晴信がこちらにの微笑を浮かべながら近づいてくる。

「ハル、この時期にまだブレザーやセーターを着ている人ってどう思う?」

「ん、別にまだ着ててもおかしくないんじゃないかな。俺も先週までは着てたし」

「今日から5月だぞ。絶対おかしい」

「それは元の偏見だよ。そんなの人それぞれだし」

「それは確かに…」


3組の教室を出ると、1組の教室から気だるそうな顔つきで、のそのそと歩く青年のような少年がこちらに向かって歩いてくる。わざとらしくまばたきをしてこちらに気づく。

「お前ら知ってるか、キリンは胴体が無くても首だけで生きていけるって」

「それは俺でも嘘って分かるよ」

「元は信じてくれるよな?」

「信じる方が難しい」

「お前ら高2にもなってなんだそれは、面白みが全然ない」

「俺と元は年齢相応の振る舞いをしてるんだよ」

「遊び心を無くしたらおしまいだぞ」

これには僕も同感だった。


下足箱へ行き、スリッパを脱いで靴に履き替え、部活動に励む高校生アスリート達を背に、大勢の帰宅する生徒達は駐輪場と校門の方へと歩いていく。

「響も今日、バイト入ってないんだよな?」

「おう、入ってないぞ」

「元、今日は一人だね。頑張って」

「店長と被ってなければいいけど」

「あと二ヶ月半で夏休みだぞ?貯金、間に合ってないんだろ?しっかり働いてこい」

「ハルと響は無欲すぎるんだよ。計画が決まってからお金使ってないだろ」

「何言ってんだ。俺は先月映画を3本見たぞ。ハルも何か言ってやれ」

「いやー、確かに俺は欲しいものとか特にないからなぁ」

そうして、僕とハルは駅の方へ歩きだし、響は自転車にまたがり家の方へ漕ぎ出していった。


2人で電車に揺られながら間近に迫った体育祭の話をしていると、ハルが下車する駅に着いた。

ハルと別れ、その一つ先の駅で僕が降りる。ぼちぼち橙色になりそうな太陽に照らされながら、ペダルを漕ぎ、通学ルートを逆走していると、下校中の小学生を複数人みかけた。全員友人らしく、楽しそうに下校している。小学生はもうとっくに家に着いてる時間のはずだが、居残りでもしていたのだろう。


数十分後に再び乗ることになる自転車を駐輪場に停め、中に入りエレベーターを待つ。

この7階建てマンションには他のどのマンションもそうであるように、律儀に1階から最上階まで階段が背骨のように貫通している。

しかし、この階段を使うのはせいぜい3、4階の住民までだろう。いや、もしかしたら2階の住民だけかもしれない。

どちらにしても、僕が6階までその階段を使うことはありえない。


家のドアを開け、視線を落とす。そこに靴が何足あるかで僕の次の言葉が「ただいま」なのか「誰もいないか」に決まる。

もちろん後者は口には出さない。

入ってすぐ左手の自分の部屋にリュックサックを無造作に投げ入れ、台所へ向かう。

アルバイト前にスナック菓子でお腹を満たして、私服に着替えて家を出る。


今日はバイト仲間が、僕以外全員大学生だったが、ここのファミレスはフレンドリーな人が多くて、肩身がせまい思いをせずに済む。

今日は20時半には帰れる予定だったが、結局21時まで働く羽目になった。


「ただいま」

靴の数は確かめるまでもない。

「おかえり…」

僕の部屋の向かいの自室にいる弟の声だ。

「おかえり」

「おかえりなさい、バイトお疲れ」

リビングにいる両親の声も返ってきた。


眠る前に本を読みことを習慣にしてから3年ほどになる。1日も欠かさずと言えば嘘になるが、今までさまざまな文学を読んできた。先ほども、主人公が苦難や葛藤を乗り越え、新幹線で故郷に帰ったことで一つの物語が完結した。

いつもなら、次の日にでも書店に行って、新しい文庫を買うのだが、自分が「計画」に必要な額をまだ貯金していないことを思い出した。こういった出費が重なって今に至るのだから、今回は我慢して過去に読破した本を読み返すことにしよう。


ベッドに横たわり1日を終えようとするが、天井がやけに遠くに感じる。部屋の明かりもなぜだか消す気にならない。

そうして枕に顔をうずめると色々なことを思い出してしまう。これはいけない、眠れない時は決まってそうなのだ。


高校一年での初々しい周りの友達や、中学校の入学式で響に出会ったこと、小学校の頃には数え切れないほど思い出がある、多すぎでいくつかは忘れてしまっているかもしれない…


こうして一生に一度しかない2008年5月1日が終わった。




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