第2話
貰った果物を齧りながら、街を散策する。口の中に広がる爽やかな甘みは、もう一口、もう一口と催促されているように感じて瞬く間に芯だけになっていく。土まみれの野菜ばかり食べてきたグレムには美味しすぎるものであった。
「ここか」
現金を稼ぐにはどうするべきかを考えながら到着したのは、この街の所謂冒険者、傭兵と呼ばれている人間が集まるギルド。手早く稼ぐには、ギルドに寄せられている依頼を達成することだと思いついた為であった。
入り口のドアを開けると、広いロビーに所狭しと人がいた。誰もが鎧を着込んでいたり、大きな剣や槍を持っている。もしかしなくても冒険者たちである。この者たちが自分が今やろうとしていることの専門家だろうと、グレムは内心おっかなびっくりな心境であった。
しかし、目の前の男たちは決してそのようには見えなかった。
「おい、報酬がこれっぽっちってのはどういうことだ?」
「そ、それは元々から記していた金額のはずです」
「そういうこと言ってるんじゃねーよ!」
ガン!っと先頭の男がテーブルを叩く。応対していた女性は身を縮め、完全に怯えている。
「討伐対象にない魔物まで来たんだぞ! それを俺たちが討伐したってのに、追加報酬もねぇのか!?」
「い、依頼における、そ、想定外の事態に関しましては、一切の責任を負わないというのが、ギルドとの契約内容でございまして、その、こちらでは追加の報酬を用意することは」
「こちとら死にかけたんだぞ! テメェらがまともに調査してねぇおかげでな!」
側から聞いていれば真っ当な理由に聞こえるのだが、このギルドの規則として、『請け負った依頼の遂行中に発生した事故・事件・災害等につきましては、ギルドは一切の責任を負いません』というのが記載されてる。ここのギルドの一員になる際には必ず契約書の注意事項にも掲載されている。
この男たちも契約書にサインしている為、その規則を了承したということであるのだが、今こうして契約内容に違反する行為を催促している。
これは止めに入った方が良いのかとグレムが思い始めたところで、女性の後ろからまた別の女性が出て来た。
「一体何事でしょうか?」
「あ、リラ先輩……」
リラと呼ばれた女性は不機嫌そうな男たちを見て、大体の事態を察したようにため息を吐いた。
「どうやら職員がご迷惑をおかけしてしまったようですね。詳しいお話をお聞きしますので、こちらの方へどうぞ」
「話がわかるじゃねぇか」
男たちは交渉の余地があると思い、嬉々とした表情でついて行った。
「つ、次の方、どうぞ………」
特に話を聞こうとは思っていなかったのだが、立っていた場所のせいで用がある者だと思われていた。とりあえず何を聞くべきかを考えながら、グレムはテーブルの前に立った。
「あの、今日はどういったご用件でしょうか?」
「ああ、いや………依頼を受けたいんだが、どうしたら良い?」
「ギルドの所属章はお持ちですか?」
「持っていない」
「でしたら、まずはギルドの一員となるための手続きを行なう必要があります。こちらの書類に目を通していただいて、契約内容をご了承いただいた後に署名の方をお願いいたします」
手渡された書類に書いてある内容は以下の通りである。
・当ギルドにおける以下の規則に従っていただければ、ギルド内部における様々な権利を保障いたします。
・当方により紹介することのできる依頼の多くは、住民から寄せられたものです。報酬に関しましては、依頼完了の知らせを受けた後にギルドの方から徴収に向かいます。よって、報酬は必ず後払いになります。
・請け負った依頼の遂行中に発生した事故・事件・災害等につきましては、ギルドは一切の責任を負いません。また、基本的に報酬が変動することはありません。
たった三つの契約文章。とても容易な条件に見えて、報酬支払いの期限が決められていなかったり、事件や事故に関する責任は一切保証しない。この契約書を渡されてすぐに署名をする人間は、馬鹿くらいだろう。
「あー、貴方、契約内容に関しては気にしなくて良いわよ」
そんなことを考えていると、先ほど男たちを引き連れて行ったリラが戻って来た。
「要するに、うちでは最低限の礼儀と道理、マナーを持って行動していればギルドの一員としての権利一式は保証するわ」
「リラ先輩………そんなに適当だから、あんな人たちが」
「あ”?」
被害者が苦言を呈したところで、おそらく元凶であろう人物の目つきが変わった。
「ねぇ〜、シャールちゃん? 一体誰がこのギルドを大きくしたと思ってるの?」
世界一の悪女も腰を抜かすほどの眼光をシャールに向けるリラ。途方も無い威圧感にシャールは体を硬直させてガタガタを震えていた。
「それにー、さっきのクズを処理してあげたは、誰だっけ?」
「あ…その………スミマセンデシタ」
所謂パワハラとも言えるような状況だが、かと言って閻魔も裸足で逃げ出すような相手に逆らうことのできる人間はまずいないだろう。運悪くその代表になってしまったシャールは、首振り人形のように肯定の意を示した。
「うん、よろしい」
「とりあえず署名をしたが、これで良いか?」
そんなやりとりを見ながら契約書類に名前を書いたグレムは、リラに書類を見せる。
「っと、問題はないわね。じゃあ、依頼を受けたい時には必ずこれを見せて頂戴ね」
渡されたのは、星のような模様が刻まれた指輪だった。それを右手の中指につけようとしたグレムだが、サイズが合わないせいで第一関節までしか指が通らない。
「ああ、それは別につけなくても大丈夫よ。ギルドで以来の受注とか資料の閲覧とかする時に見せてもらえれば十分だから」
「そうか」
「それじゃ、新人さんはすぐに既存のパーティに加入してもらうっていうのがいつもの流れなんだけど………今はどこのパーティも受け入れはやってないのよねぇ」
リラは困ったような表情をして、ギルドにいる他の人間に密かに視線を送る。グレムは気がついていないが、その後ろでは屈強な男たちが一斉に顔を下げていた。
「パーティとやらに入らないと、依頼が受けられないのか?」
「そういうわけじゃないんだけどね。ただ、依頼の多くは二人以上推奨のものでね。一人でやるとなると、万が一の時に対策ができないから」
「じゃあ、一人でも容易にこなせる依頼を紹介してくれ」
「いや、だからね」
現金を自宅に置いてきてしまったグレムからすれば、すぐにでも依頼を受けたい。しかし、いくら一人でも受注可能だからと言って、管理するギルドとしては危険な目に遭わせたくはない。それはギルドとしての信用にも関わることであり、リラ本人の思いでもある。
その時、横で話を聞きながら今日受け付けた書類を再確認していたシャールが急に顔をあげた。
「あの、リラ先輩。グレムさんと同じく、今日ギルドに加入した人がいるみたいです。その方と仮のパーティとなっていただくのはどうでしょうか?」
シャールが取り出した書類には、『セシル・ファーグナー』という名前が書いてあった。
「セシルさんは魔法使いで、あのファリアス魔法学園の卒業生です。グレムさんも初陣ということですから、横の繋がりを作る意味でも、有用かと思います」
「それもそうね。じゃ、ちょっと呼んでくるから待っててねー」
肝心のグレムの返事を待つことなく、シャールの提案を受けてリラが受け付けのテーブルから離れて行った。
置いてけぼりを食らっているグレムを見てなのか、シャールは微笑んだ。
「私もセシルさんのことは存じ上げませんが、ファリアス魔法学園は優秀な魔法使いを輩出していることで有名です。もし予想外な事態が起こったとしても、力を合わせることで大抵のことは大丈夫だと思います」
「そうか」
「では、セシルさんが来るまでの間に推奨人数が一番少ない依頼についてご説明いたしますね」
そうして、シャールから一通り依頼の説明を受けるグレムであった。
シャールの説明が終わる頃、リラが一人の女性を連れてきた。一般的な魔法使いの服と杖を装備しており、それ以外に特筆すべきことといえば、右の頬に大きな傷があることである。それを除けば文句なしの美人であろう。
「この人がセシル・ファーグナーさん」
リラが紹介をしたところで、セシルが一礼した。
「セシル・ファーグナーよ。一応話は聞いたけど、アンタは何が得意なのかしら?」
「グレムだ。訓練を必要としないという意味なら、この拳だけだ」
武器も魔法も使えない。それを聞いて眉を顰めたセシルだが、グレムの手を見て出かけた言葉を飲み込んだ。
グレムの手は、過酷な環境で生活している人間と比べても異常なほどにボロボロである。たとえ拳闘士として訓練をしていたとしても、まず初めに手を痛めない方法を教えられるはずだが、完全にそれを度外視しているようだ。
「………その手、どうしたのよ」
「鍛錬の結果だ」
「そう………」
釈然としない返答であるが、他人の紹介で出会った初対面の相手にズケズケと質問するのは憚られる。セシルは大人しく引き下がり、次の説明をするようにリラに視線で促す。
「それじゃ、グレムさんは依頼の説明をシャールから聞いた?」
「ああ」
あらかじめ二人がが受ける依頼について説明を受けていたグレムは、依頼内容について話し始めた。
「今回の依頼は、小型のゴブリンの群れの討伐だ。最低でも三十体は確認されているらしいが、周辺への被害は微々たるもの。大きな被害が出る前に殲滅しろとのことだ」
「小型のゴブリンね………まぁ、初陣には丁度良いんじゃないかしら?」
ゴブリンといえは、その個体数が多いことや小型と大型で特性が大きく違うことで有名である。
小型の場合はそれぞれの個体は弱く、一般人でも対処できるほどである。しかし、群れると厄介なもので、人間並みのチームワークを発揮することもあるため、ゴブリンの群れに関しては一般人はギルドに討伐の依頼を出すのが普通である。
逆に大型のゴブリンは、熟練の戦士でも油断をすると殺害される可能性がある程の力がある。その豪腕から放たれる一撃は、人間の骨など容易く砕いてしまうため、屈強な重装兵士が防ぐか魔法で対処するのが一般的な方法である。
「では、残りの手続きはこちらで済ませておきますので、二人はすぐに現場に向かってください」
「わかった」
一人ではありつけなかったであろう依頼の受注に漕ぎ着けたグレムは、表情にこそ顕れないが満足げに返事をした。しかし、セシルは不満げにため息を吐いていた。
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