天色の空でなくても

きおり

第1話.夢

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。

 先程から降り続く雨のせいで、その他には何も聞こえない。

 徐々に雨足が強くなり、立ち尽くす俺に容赦なく打ち付ける。

 どうしてこんなことになったしまったのだろう。

 脳が状況を把握しきれずに思考を遮断しようとする。

 それでも現実を受け入れようと、事実を確かめようと、恐る恐る目を開けると‥‥


 いつもそこで、目が覚める。

 ぼや、とした意識の中でスマホに手を伸ばし、確かめた時間はまだ起きるには早すぎる。かと言ってまた眠りについてしまったら――。




 さわさわと風に揺すられた新緑の葉々が、の光を受けて輝きを増す。風が抜ける度に見え隠れする空の色がさらに映え、心を惹き付ける。

 ゆっくりと瞬きをする度に薄雲が流されて位置を変えていく。

 あの雲がここまで来たら、起きよう。

 そんなことばかり考えていて、もうどのくらいの雲を見送っただろう。

 こうやって空を眺めている間だけは、すべてを忘れていられる。

 忘れることを許されている気がする。

 だから、もう少しだけ……

 しかし、

 「おい、奏多かなた!またサボってたな!」

 気持ちの良い微睡みの中に、無理やり割って入ってきたおっさんの声。姿は見なくてもわかる。

「あ~みねりんか」

 生活指導兼、どっかのクラスの担任の峰尾先生。去年は俺の担任だったからって今だに目をつけられている。

「その呼び方はやめなさい。それに校庭でサボるのはバレバレだぞ」

「やっぱりか」

 芝生の絨毯はとても心地よく昼寝には最適で良い場所だと思っていたのに、もうここも潮時か。

 格好良く木の上で、とかは怖くて無理だし、保健室も出禁だし……次を探すか。

「部活にはちゃんと出ろよ」

「はーい」

 もうそんな時間か、と仕方なく体を起こし、あくびをしつつ立ち上がる。

 一度教室に戻ろうとする途中で、女の子ふたり組に呼び止められた。確か陸上部の後輩だったと思う。

「奏多先輩!足の具合どうですか?」

「今日は部活に出てくださいね」

「いつも出てるだろ」

「だっていつも見学か基礎練だけで帰っちゃうじゃないですか」

「先輩の走ってるところ見たいです」

「えーそれより、サボってみんなで遊びに行かない?」

「ホントですかー!嬉しい」

「どこ行きたい?」

 今日の遊び相手を見つけたところでさっさと帰ろうとした時、突然目の前を駆け抜けた、爽やかな風。

 自然と目で追ったその先には、半端な長さの黒髪をなびかせた女子の後ろ姿。

 制服のスカートからのぞく足。太すぎず細すぎず適度に筋肉のついた腿。翻るスカートなど気にも止めずに、彼女は陸上部の部室まで走って行った。

「あの子は?」

「確か、この前入部したばかりの1年ですよ」

「あー知ってる。あの子も絶対、奏多先輩のこと狙ってるよねー」

「ふーん」

 1年にもなかなか良い走りをする子がいると噂には聞いていたが、確かにそうかもしれない。

「先輩行きましょう?」

「あ、あぁ」

 それからしばらく彼女の後ろ姿が頭から離れなかった。

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