縁により結び絲

春上千市

恋ベル1

 薄紅色の桜が光の変化と共に美しく咲き、風に靡きながら花びらがひらりと散る。遠くから聞こえる小鳥の囀りを耳で感じ、春の爽快な空気に囲まれドアノブに手を伸ばす。


「いってきま~す!」


 ガチャ。ドアを開け元気よく玄関を出ると大きく息を吸い込む。学校に向かって歩き出す公立こうりつ浅紅せんこう高校こうこうに通う二年生、井梅いうめ絢桜あお。登校途中、前を歩いている男女に目を留める。まだ恋という瞬間を感じた事がない私は二人が互いに手を繋ぎ満面な笑顔で幸せそうに歩いている姿を見て微笑む。


「…二人とも幸せそう…。」


 散る桜の中、立ち止まり暫く二人を眺めていた。


「あっ!学校!学校!」


 腕時計で時間を確認し少し足早で歩き出す。学校の門を潜り先生に挨拶をする。下駄箱で上靴に履き替え、その足で職員室へ向かいノックしてから扉を開ける。ガラガラ。


「おはようございます。」


 朝一に担任から呼び出しされていた私は先生方に挨拶し担任の席に向かう。


木谷きたに先生。おはようございます。」

「おはよう。」


 挨拶と共に一枚のプリントを渡され受け取る。


“そっか。オリエンテーション。”


 一学期の学校行事オリエンテーションのプリントを渡され話を聞き、渡されたプリントをいつも持っているファイルに入れる。職員室から出るため引き扉を開け先生に礼をする。


「井梅、オリエンテーションの件頼むな。」

「ハイ。失礼します。」


 新学年の委員長を務める私。職員室を出ると小さく溜息をつき、教室に向かいゆっくりと廊下を歩く。


“はぁ。去年と同じく何故に私がいつも立候補されるのだろう?委員長とか本当向いてないと思うんだけど…だけど自分でやります宣言したし頑張らなくちゃ!”


 心にファイトを送り気合を入れ直す。バタバタ。バタバタ。


「シザ!」


 いきなり走ってきたと思えば、私のニックネームを呼ぶと同時に背後から抱きつかれる。


「!あっと。危ない。」


 持っていたファイルを落としそうになり、そっと振り返ると親友の井下いさか古乃実このみがいた。茶色髪でボーイッシュなボブ髪型にいつも元気な女の子。井下はにっこりと笑顔を見せる。井下とは小学校からの仲でシザという名は私のニックネーム、井下はクロ。互いに名前ではなくて二人でつけたニックネームで呼び合っていた。


「今日放課後空いてる?」


“………。”


 私はゆっくりとまた振り返り冷めた目で見る。井下の放課後空いてるという言葉はこの先の言葉もわかっていた。出会い場の話だ。


「予定あるからダメ。」


 井下が後ろに抱きついているのにも関わらずそのまま井下を引きずりながら歩き始める。その姿を周りは笑いながら見ていた。


「お願いお願い。今日だけ!合コンだから!」

「今日だけなわけないじゃん。毎回毎回同じ誘い…?合コン?」

「そう合コン!」

「それは交流会みたいな感じでする?」

「あ〜そんな堅苦しい事置いといて!お願いぃぃぃ!」


 井下は私の腰にしがみつき目をウルウルさせ、まるで子犬のようで可愛く思ってしまう。小さいため息をつく。


「何時からなの?」

「夜六時でカラン・コエっていう店。」


 尋ねると同時に早口で発し、井下は嬉しそうな顔をする。


「早!行くと言ってないの…に。」


 井下はまたウルウルした目で私を見る。


「…あ〜も。今回は?」

「会社員って言ってたかな?だからうちらも会社員になりきる。」


 井下は私の腰からやっと離れゆっくりと立ち私の横に並ぶ。


「なりきるって。なんか気が進まない。…うん?けど社会人だからお酒とかもあったりとかないよね?」

「あるんじゃない?」

「それはマズイよ。行く子には飲まないように言っとかないと。」

「本当シザのマジ真面目ちゃん。大丈夫じゃないの?」


 今度は大きくため息をつき、井下の鼻を軽く摘む。


「痛い痛い。飲まない飲まないから。…けどシザ。バイトだね?」


 つまんでいた鼻から手を離し一緒に教室に向かって歩く。


「あっ。うん。だから遅れるけど。いつものように始めてくれていいから。」

「了解!バイト先の人気は相変わらず?忙しんでしょう?」

「人気って…。お母さんの友達がバイトしてくれる人探しているっていう話になって私が指名されただけ。けど自分でやってみたいって決めた事だから。」

「本当頑張り屋さんだね。まさか、あそこのバイトで働いてるって知ったら学校のほとんどは黙ってないだろうね。」


 すぐに井下の口を右手で塞ぎ小さい声で話す。


「クロ。バイト姿見られると恥ずかしいから内緒ね。」

「わかってるよ。けど何かあったら話してね。協力は私の役目なんだからね。」

「うん!ありがとう!」


 私達は互いに腕を組み、教室へ入っていくと今日の合コン行く子たちが待っていた。彼女達は雑誌や携帯電話をいじりながら服や化粧の話をしていて楽しそうにしていた。


「あっ。来たきた。シザ!もちさんだよね?」


 私が頷くと彼女達は手を挙げこっちに来るように合図する。


「今回はなんと四人ずつで企業に勤めてる二十五歳。…っていってもお姉ちゃんが行けなくなったのを回してもらったみたいな。もちろんおごり限定!」

「本当緊張するよ。」


“企業ってどこの会社?…肝心な事抜けてない?まっ、いいっか。”


 私は彼女達のテンションが上がる様子をただただ見ていた。


「会ってないのに恋してるみたいにドキドキする。」


 初めての企業相手に嬉しそうに騒いでいるのをみて私は微笑む。恋をしたことない私だけど友達の恋する姿はとても切なくて愛おしく思っていた。


 合コンの時間になり、私はバイトが延長なり一時間遅れの十九時になってしまっていた。携帯電話を持っていない私はバイト先の電話を借りて井下の携帯電話に電話をかける。


「もしもし、クロ?」

「シザ!終わった?」

「ごめん今から向う。そっち大丈夫?」

「うん。盛り上がってるよ。あっ。シザ、一つ言い忘れてた私達の年齢二十五歳ね。」


 その言葉で受話器を落としそうになり咄嗟に掴む。


「えっ!?高校生じゃないの?」

「なんかそういう事になってしまってた。私も咄嗟に合わしたんだけどボロ出そうで怖いから早く来て。」

「なってしまってたって…。わかった。とりあえず今から行く。」


 片手に地図を持ち、息を切らしながらカラン・コエという店まで走って向かう。店に着き受付に声をかけては店の中にいる彼女達を捜していると井下は手を挙げる。私は頷いて席まで向かい、席に着くとなぜか男達が私を冷酷無情な顔で凝視する。


「おっ遅くなりました。ごめんなさい。」


 私は遅れた事を謝罪し、顔をそっと上げるが男たちはなぜか残念そうな顔をしていた。


「あのぅ?」

「ってか。可愛い子来るって言ったの誰?昭和時代にタイムスリップじゃん。」


 合コン相手の男はかなり酒が入ってるのか、からかい発言に私は持っていた鞄を握りしめる。彼女達も男達へ怒りの目を向ける。彼女達は申し訳ない顔つきで私の方を見るが大丈夫だよと口パクで伝え微笑み返す。


「ウケるね。その格好!」


 バイト先に置いてあるジーパンとカーディガンの私服を着ていた。彼女達は可愛く変身していて高校生に見えない今流行りのファッションを纏っていた。


「そういえば、大明神だいみょうじんさんまだ来ないのかな?」


 合コンの一人の男が言い出す。


「大明神さん?」


 合コンに参加してた一人の女子が疑問に思いながら尋ねる。


「こっちは五人設定で用意してたんだ。大明神さんは忙しいから来れない限定で。来たら君たちイチコロに落ちると思うよ。」

「そんなに?」

「ああ。かなりかっけぇから。」


 いつの間にか話が進み私は一人放置されていた。


“ってか。無視?”


 気分が悪いまま井下の横に座る。


「ねぇ。今日バイトだったからあのまま来ると思ったんだけど学校スタイル?」


 学校スタイルとはセミロングのおさげに眼鏡。はたから見ると先ほど男が言った昭和スタイルそれが普段の私の姿。


「あれはバイトだけだから外ではあまり。はぁ〜帰りたい。」


 井下は彼達を見て不快な顔をし、そっと手で私の背中をさする。気をかけてくれた事に嬉しくて微笑み返し、しばらく一人で食事をしてた。


“本当、明らかに昭和時代の女はほっとくだね。自分で昭和女って思ってるし…はぁ。ご飯食べれられたからいいんだけど。早く終わらないかな。”


 気を紛らすためにご飯を黙々と食べていた。腕時計を見ると二十時半過ぎだった。私は帰るために井下の手をそっと叩き伝えると井下はそれに頷く。


「あの。私はそろそろ帰ります。ありがとうございました。」


 お礼を言うと男たちは私を一斉に見る。


「君、最後にこれ飲んで帰って。期待を裏切ったお礼。」


“えっ?期待?…なんの?感じ悪い人たち。”


 男の一人がお酒をそっと私の前に出すがその言葉が無性に腹が立った。自分の握る手が震え、怒りで今にも気持ちが噴火しそうになっていた。その時、私の前に座ってた男が飲料水の入ったコップを持ち上げ私の頭にかけた。バシャー。私は頭から上半身飲料水をかぶった。


 ポタッ…ポタッ…。


“えっ…。”


「えっ!?ちょっとやめてください!」


 井下は男に怒ると勢いよく立ち上がり鞄からタオルを出し私の顔を優しく拭く。


「酷いですよ。」


 彼女達が男達に言うが男達は笑っているだけで悪い事をしたと思ってない態度だった。私は男達の率爾そつじな態度に突然立ち上がり男達を睨むがにこりと微笑む。


「水ありがとうございました。お陰様で水に浸るいい女になりました。では失礼します。」


 怒りの態度が出ないうちに帰ろうと振り返ると同時に誰かの胸板にぶつかる。


 ドン!


“痛。あっ。”


「ごっ!ごめんなさい!」


  即様謝るが自分の今の姿が恥ずかしくて顔を上げれずにいた。


「大明神さん!こられたんですね!飲みましょう!」


 男達は酔っ払いながら何もなかったように私のぶつかった人に声をかける。私はそのまま避けるように店の外に出ようとしたその時、手を掴まれそっと振り向くが眼鏡が濡れていて姿がはっきりと見えなかった。


「ごめん。俺の部下が君に失礼なことした。」


 男は私の手を取ったまま謝る。


「…私は…大丈夫ですから…。…失礼します。」


 声を震えさせながら掴まれた手を振り払い濡れたまま走り、暫くしてゆっくりと歩く。顔を上げ今にも潰れそうなアパートを眺める。その家に私と母、二人で暮らしていた。父は私が高校入学とともに他の女性と一緒になるため母と離婚し出て行った。家族の楽しい思い出も沢山味わってきたけどそれも突然幸せな思い出を不幸せに変えた父を許せなかった。母は“しょうがないよ。”と口にするが傷心と悲しみが伝わる。それが私はとても辛かった。玄関に入り家の暗さに座り込み、先ほどのことを思い出しまた涙が溢れた。


“本当今日は最悪。私が何したっていうの。男は何しても許されると思ってる?傷つくことでも平気でしていいって思ってるの?だから私は……。うっうっ。”


 父が母と私を裏切ったという気持ちなのか、周りは恋に輝かせていても、きっとただ恋をするのが怖いという想いを強く抱いていた。


“…恋…。ってなんだろう…。”

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