第26話
ウォーキング郊外で日本の国立大学からの依頼の仕事を済ませ、次の仕事場、ウイズレーガーデンに向かった。英国人に最も愛されている庭園、ウイズレー。エリザベス女王自らが総裁を務める英国王立園芸協会(RHS)運営の庭園の1つ。
ウイズレーガーデンは季節折々の鮮やかな花々が咲く一角があると思えば、どこまで続くのかわからないほど広大な果樹園、さらに大きな森林まであり、「庭園」とは思えないほどの規模を誇る。
ここでも新規事業に必要な情報を入手した。
とにもかくにも、今回のイギリス出張の用事を済ませた。
今日の宿泊はヒースロー空港近くのホテル。明日はアムスに帰るだけ。
僕は、ふと、一泊三日でもよいから日本へ帰ろうかな、と考えはじめた。
まきちゃんはこっちへこない。一泊でいい、まきちゃんが欲しい。
“She wants to come to your side. She want to be by your side.”
(彼女はあなたのそばにいたいの、そばにいたいの)
Ruthの言葉が耳に残っている。
声が聞きたい。
「もしもし、まきちゃん……」
「今お風呂だから。メールするねっ」
メールが届く。
まさ君
『まさ君のささやきは、耳だけじゃないよ、ハートでも聞くの』
『まさ君が抱くのは、私の体だけじゃないよ、私のこころも。分かる、意味?』
『今抱くのは、ハートだけでいいよ』
『体の方は、これから念入りに洗います!』
真由美
返信のメールは打たないが、彼女とは以心伝心、大丈夫。
やはり声を聞くと安心する。
さて、夕食だ。復命書もまとめなきゃ。
アムステルダムオフィスの秘書から、メールが入っている。内容は……。
そのままイギリスにいて、明日ブライトンへ向かってくれとの事。所長がアポをとったらしい。イギリス南海岸沿いの町、M25からM23に入り南へ約2時間の距離。
了解。
夕食はヒースローでビールとフィッシュ&チップスの組み合わせ。これほど有名で、また店の格により異なる料理はない。ヒースローのパブのはかなりいけている。
アジア系の女性が僕の背後から僕を見ている気がした。が、ふり向いても誰もいない。
?。
ホテルに入り、チェックイン。そのまま、1Fの小さなBarへ。
バーボンを頼んですぐ、僕にアジア系の女性が話しかけてきた。
日本人ではない。ハーフかな? どこかで会ったことのあるような……。
「Do you have free ?」
(お時間大丈夫?)
「Yes……」
「Are you here on vacation? 」
(休暇で来てるの?)
「No, I’m here on business.」
(いいえ、仕事です)
「I’m Claudia, do you remember me?」
(私はクラウディアよ、思い出せる?)
そうだ、ウインチェスターの国際会議で名刺交換だけはした。彼女はR&D先の担当者の一人。直接話す機会がなかったため、印象が薄かった、思い出した。
「Oh, I was about to forget you. Claudia, it's good to see you again. 」
(忘れかけてたよ。また会えてうれしい。)
「It's nice to see you, too, Masa.」
(私もよ、まさ)
「How are things going?」
( 調子はどう?)
「Pretty well. How about you?」
(すごくいいわよ。あなたはどう?)
「Fine, thank you. Are you still working at NC Research inc. Company?」
(いいよ。君はいまも同じところで働いてるの?)
「Yes.」
「How's the project coming along?」
(プロジェクトの進行状況はどう?)
「Not so good. We're a little behind the schedule.」
(あまりよくないの。少し遅れているわ)
「How far behind schedule are you?」
(どのくらい遅れているの?)
「About two weeks. We lost some time when my colleague get sick.」
(約2週間よ。同僚が体調を崩したために遅れたの)
僕はこれから新規事業に力を入れて行くので、R&D業務からは少しの間距離をおく事になる。彼女とは会う機会が減るだろう。
「How's your R&D work coming along?」
(あなたのプロジェクトの進行状況はどう?)
彼女は僕に尋ねた。
「Pretty well.」
(順調)
「You did a great job!」
(よくやってるね)
「You can learn a lot from this experience. You can do much better work.」
(経験から多くのことを学ぶことができるはずよ。そしてより良い仕事ができるはず)
クラウディアとは、その後たわいもない話をしながら、結構な夜ふけまで飲んだ。彼女も我々のR&D業務から距離を置き、いずれ完全に外れるらしい。
雑談とはいえ仕事の話が混じることになる。言葉には留意しなければならない。
思考がぶれないように。
思考は知らず知らずのうちに、言葉になる。
部屋に帰り、クラウディアに会った事を復命書の外枠に綴った。
“彼らのR&Dは、約2週間遅延しているらしい”
“クラウディアは、将来的にR&D業務から外れるらしい”
相手は、僕との出会い、どんな言葉を綴るのだろう……。
ーーーーー
イングリッシュブレックファースト。最高の紅茶とともに。
モームをして、「イギリスで美味しい食事がしたければ、1日に3回朝食を取ればいい」と言わせた量と栄養が十分な朝食。
目玉焼き・ソーセージ・マッシュルーム・ベイクドビーンズ・ハッシュドポテト・トマト・ベーコン・トースト。このホテルのべーコンはアメリカ並のカリカリさで美味しく、嬉しかった。
一日の始まりに断食(fast)を断って(break)取る食事だからBreakfast。イギリスは昼も夜も質素な食事なので、朝食はしっかり。
M25からM23に入りブライトンへ向かう。リーゾート地であり漁業の街。
“イギリスにおける同性愛者の首都”ともいわれ、同性愛者が多いらしい。
まきちゃん、笑い話で言ってたっけ。
「私、同性からもアプローチをうけることがあるの」
「でも百合じゃないから、安心して!」
ブライトンでの打ち合わせでは、大型犬が相手方の隣にいてかなり怖い思いをしたが、ビジネスはうまく行った。
ごちそうになった昼食シーフード料理は、新鮮、美味、量も良し。生のオイスターは磯の香り、クラブスープも絶品。カニのフレーバーとコクが口の中いっぱいに広がる。
昼食後、面白い情報が得られるかも?という紹介を受け、ブライトンの少し北にある街の老舗ナーセリーへ向かった。そう、思い出す。その街には小さい店だがおいしいインドカレー店がある。Take outでもしておやつがわりに食べよう。
A23からA273から街へ向かった。小さな街だが大きな情報を得られた。キューガーデンやウイズレーガーデンでの情報収集に匹敵するほど。ここのナーセリーは水面下でM&Aも視野に入れた方が良い。
さて、後はアムスに戻るだけ。
そっちはおはよう、まきちゃんへ
『今回、イギリスで仕事の白地図を塗り初めたところ。これからアムスに戻るよ』
『仕事のぬり絵だけじゃなくて、まきちゃんとのぬり絵が世界で一番好き』
『大切に塗ろうね。お互いの信じる気持ちがぶれないように。注意、注意』
雅彦
すぐに返信があった。
まさ君へ
『私が私自身に出会う、まさ君がまさ君自身に出会う』
『そして、お互いが相手の中に自分自身を発見する』
『今はそれだけでいいから、大丈夫から』
真由美
『P.S. 夏休み、ドタバタでしょ?』
『私が行く? まさ君が来る? ほら、ムリ』
『色々微妙なとこよねっ。愛は支配しない縛らない、愛は育てる、縛れない』
『なるようになるよ』
一泊三日の日本帰省が、現実味のないものになってしまった……。
まきちゃん、優しい。
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