ゆめうつつ

鈴草 結花

戻れない日々

 玄関のチャイムが鳴った。

「はいはーい」

 高校生の私は、足取りも軽く短い廊下を歩いた。しかし、玄関先を見てぴたりと足を止めた。

 鍵をかけていなかったのだろう、古めかしいローラー式の引き戸はすでに客の手によって開けられていた。

 そこに立っていたのは、私のよく知っている人で、今ではもう知らないことの方が多くなってしまった人だった。まだ幼さが残るその少年は、私の記憶そのままの表情で「よっ」と軽く片手を上げた。まるで、これまでも毎日そうしてきたかのように。

 私の唇が小さく震えた。

「➖➖……っ」

 泣きそうな顔で廊下を駆けた、そのままの勢いで、私は思わずその人に飛びついた。


 ――しかし、それはあの人でも私でもなかった。


 二人の幼い子どもは体を離して仲良く顔を見合わせると、手を繋いで玄関先から走り出て行った。

 私は後を追うように玄関を下りた。

 靴を履いて外をのぞいてみると、子どもたちはあどけない笑顔でくるくると庭を駆け回っている。楽しくてたまらない、そんな感情が二人の様子からはよく伝わってきた。


 それを見て、私はなぜか、きゅっと心が苦しくなった。


 あの二人が誰か、私はよく知っている。

 そう、昔はああだった。

 だけど、もう戻れない。どんなに懐かしくても、胸が苦しくても、過去は過去。巻き戻すことは二度とできないのだ。


「……ああ、会いたいなぁ」


 ぽつり、と私はつぶやいた。つぶやいてから、ハッとした。

 両の瞳から、みるみる涙が盛り上がる。それでも足りないとでも言うように、のどの奥からは突き上げるように熱いものが込み上がってきた。

(ああ、そっか)

 あふれ出る涙をぬぐいながら、私はふと思った。それは、長い間探していた答えを見つけたような、そんな感覚だった。


 私、会いたかったんだ――


  *  *  *


 目を覚ますと、涙がほおを伝っていた。

 泣いていたことに驚き、私は証拠を隠滅するようにさっさと涙をぬぐった。それでも、なぜか涙はじわっと上がってくる。

「夢、か……」

 乾き切らない瞳で、私はぼんやりと部屋を見つめた。

 準備をして学校に出かける頃には、夢の内容の大半は忘れてしまっていた。しかし、一つの想いだけはしっかり心に残ったままだった。


「――よし」


 その日の午後、私は携帯の中からあの人の連絡先を探した。


 

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