第95話 宿敵(現実)
虹山秘書から、佐藤主任の彼女である渡辺さんの父親が、強制わいせつ容疑で逮捕されていたという思わぬ事実を聞いて、これをどう考えていいのか整理がつかないでいた俺たち。
と、その時、またしても俺のアパートのインターホンが鳴った。
ひょっとしたら、カンの鋭い優美が来たのかもしれない、と思って周りを見ると、美香、風見、虹山秘書も同じ思いだったようで、苦笑いしながら小さくうなずいた。
まあ、ここは佐藤主任の彼女のことは伏せて、今後の対策を練っていた、ぐらいに話せばいいことだ。
自分だけ仲間外れにされた優美はいじけてしまうかもしれないが……ちょっと新入社員にはまだ荷が重い、とでも言っておけばいい。これは事前に、優美に俺たちがこそこそ集まっていたことを気づかれたらそう話しよう、と決めておいたことでもあった。
モニターを覗くと、やっぱり優美だった。
「こんにちは、あの……ひょっとして、美香さん……ううん、風見さんとか虹山さんとか、集まっていたりしますか?」
やはり感づいていた……最近、このメンバーで集まることが多かったから、不思議ではないか。
「あ、ああ……ごめん、別に優美だけ仲間外れにしたわけじゃなくて……」
「……いいえ、いいんです、私まだ、頼りないし、聞かない方がいいこともあると思いますので……それより、みんな集まっているならちょうど良かったかもしれないです。どうしてもお話したいことがありますので……」
優美に真剣な表情でそう言われたら、断ることなどできない。
みんなに目配せして、了解を取ってから玄関に行き、ドアを開けると……そこには優美の他に、深刻な表情の佐藤主任と、すでに泣き顔の渡辺さんまで一緒だった。
あまりの出来事に、俺は固まった。
「……土屋君、君にはとんでもない迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ない……心から謝罪する。その上で、今起きていることを、ありのままに話したいんだけど……構わないかな?」
佐藤主任の、あまりに真剣な様子に、俺に否定することなどできない。
「あ、えっと、話がよく見えないですけど……ここで立ち話もあれなので、中に入ってください」
俺はそう言って、この三人を迎え入れた。
俺と美香、風見、虹山秘書に加えて、優美、佐藤主任、そして渡辺さんの、計7人。
幸いにも、俺のアパートは築年数が古いが、12畳の広いリビングがある。
最近、何かと人が集まることが多かったので、コタツにもなるテーブルの他に、折り畳み式の小さなちゃぶ台と、数枚のクッションを買っておいたので、それを並べて、みんなで座ることができた。
(ちなみに、ソファーなどというおしゃれなものは用意していない)。
佐藤主任と渡辺さんは、俺たち4人が集まっているかもしれない、ということを、すでに優美から聞いていたようだ。
渡辺さんは20代後半ぐらいで、清楚な美人系。優美をちょっと大人っぽくした感じだ……今はかなり泣いているので、ずっと顔を見るのが忍びなく、あくまで印象だが。
それで、先に会議を行っていた俺たちはというと、タイミングよく話題にしていた佐藤主任たちが来たことに困惑したのだが……彼らは彼らで、優美を交えて、この事態を予測して話をしていたようだ。
それによると、俺と優美が以前同じ職場で仲が良かったことを知っていた渡辺さんは、俺がPCを乗っ取られ、情報漏洩したらしいというシステム部内の噂を耳にして、ショックを受けたという。
なぜなら、彼女こそが、俺の個人情報……俺と美香が付き合っていることを外部に話してしまった張本人だったからだ。
彼女は、このことを大泣きしながら俺と美香に謝った。
さらに、それを渡辺さんに話したのは佐藤主任で、自分にも責任があると平謝りだった。
その時点で、ちょっと情報が混乱していたので、比較的冷静な渡辺主任に最初から説明してもらった。
ことの発端は、数か月前に遡る。
渡辺さんが佐藤主任に、
「私の親友が土屋君のことを気に入っているらしいけど、もう結婚しているのか、そうでなかったとしても付き合っている彼女がいるのかも知らないらしいから、それとなく聞いてほしい」
とお願いした。
佐藤主任は俺とは一時期、上司と部下の関係だったので話しやすいと思ったのだろう。
彼も特に不審には思わず、風見にそれとなく尋ね、美香との関係を知った。
佐藤主任は、このことはその親友以外には話さないように、と念を押したうえで、渡辺さんに話したようだ。
しかし、実はこの時点で、渡辺さんはある人物に脅され、俺の個人情報をあれこれ入手するように言われていたのだ。
その人物は、渡辺さんの実の父親がある事件で逮捕されたことを知っており、それを外部に話されたくなかったら情報をよこすように、と迫られていたのだという。
婚約が決まる、という微妙な時期に、実の父親がそんな犯罪者だと知られれば、すべて破談になってしまうかもしれない。
それに比べれば、そのぐらいの情報は大したことはないだろう……迂闊にも、そう考えてしまったのだという。
ところが、それが結果的に会社の根幹を揺るがすほどの大騒動になってしまった。
自分のせいでこんなことになったのかもしれない……渡辺さんは大パニックに陥ったという。
佐藤主任も、彼女に何があったのか問いただしたものの、頑なに答えてくれなかった。
「でも、昨日……その事件の真犯人が捕まって、冤罪だった父は釈放されたのです」
そう涙ながらに話した渡辺さんに対して、風見が、
「えっ、真犯人が別にいたんっすか? 良かったじゃないですか!」
と、余計なツッコミをしてしまった。
「……やはりみんな、知っていたんですね……優美さんの言う通り、特に虹山さんは何でも知っている」
佐藤主任が冷静にそう言った。
それを聞いた虹山秘書は、
「いえ……少なくとも、冤罪だったということは今、知りました。渡辺さん、良かったですね」
と、にっこりと渡辺さんに微笑みかけ、彼女はまた泣いてしまった。
「……でも、そうなると、もうそんな脅しなんかに屈する必要はなくなったわけじゃないですか。いったい誰なんですか、そんな卑劣な脅しをかけてきたのは……」
俺はその人物を非難するように声を出した。
すると、渡辺さんはその人物が恐ろしいのか、震えながら下を向いてしまった。
そして彼女を代弁するかのように、佐藤主任が、怒りに声を震わせながら、その名前を口にした。
「……備前元専務です」
その瞬間、俺の頭に、かっと血が上るのを感じた。
美香も、虹山秘書も、そして風見も、一瞬驚きで目を見開き、すぐに怒りの表情に変わった。
前システム開発統括部長、備前元専務。
確かに、この男なら、こんな卑劣な手段で女性社員を脅しかねない。
加えて、その立場上、社内の技術情報をすべて把握していたはずだ。
それを悪用すれば退社した現在でも、外部から社内のPCにアクセスすることができただろう。
その端末を、ターゲットを、誰のPCにするか……もっとも恨みがある人間、つまり、俺だ。
俺を、社長を、そして会社そのものを一気に窮地に追い込み……ひょっとしたら、それを月齢ソフトシステムに横流しし、多額の利益を得ていたのかもしれない。
すべての点と線がつながった。
あの男……俺の宿敵とも言えるあの男は、まだくたばってなどいなかったのだ!
俺は、自分の中にかつてないほどの怒りが燃え上がっているのを感じた。
そして心の中にだけでなく、実際にこう口に出していた。
「許さん……あの男だけは、絶対に……絶対に許さんっ!」
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