第94話 事件(現実)

 風見は、佐藤主任にだけ俺と美香が付き合っていることを話していた。


 しかし、それだけであの真面目な佐藤主任が、俺のPCに、美香の名前と誕生日を元にしたパスワードを破って不正アクセスし、踏み台にして、会社の重要情報を漏洩させた……とは考えにくい。


 とはいえ、現状、会社は窮地に陥っており、どんな小さな情報でも打開策として報告しなければならない。

 俺が一番の情報漏洩の容疑者となっていることもヤバいし……。


 幸い、優美を除く俺たちは、社長直属のエージェントでもある。何かしらの調査報告を上げる必要もあったので、ちょうどよかったのかもしれない。


 今回は、虹山秘書がその話を社長にしたようで、俺たちだと佐藤主任に近すぎるということで、念のため別ルートで彼のことについて調査が入ったようだった。


 そして一週間後。

 また虹山秘書が、風見を連れて俺のアパートを訪ねてきた。


 この日も、美香は俺の部屋に居た。

 今回は、優美は来ていない……虹山秘書によると、新入社員の彼女には、ショックが大きすぎる事実が判明した、というのだ。

 その言い方が気になったのだが――。


「実は、とある興信所、つまり、探偵に佐藤主任のことについて調査を依頼したのです。普段の生活に変わった点はないか、身内になにか問題が起こったりしていないか……すると、思いもかけない事実が判明しました。この前、風見君が話した通り、佐藤主任には彼女がいます。もう婚約が内定しているような状態で、そこまでは優美さんも知っていた話なのですが……」


 この前、風見が佐藤主任と、同じ部署の渡辺さんが結婚するかもしれない、という情報を話した時、優美はすでにそのことを知っていた。


 彼女と渡辺さんはご近所で、以前からの顔見知り、プライベートでも、歳が少し離れているので親友というほどではないが、それなりに仲が良く、たまに顔を合わせるとガールズトークをすることもあったらしい。


 優美によると、佐藤主任と結婚が決まりそうだと嬉しそうにしていたのに、最近元気がなく、体調不良で休む日が多いので気にはなっていた、と言っていた。


「ひょっとして……別れちゃったんですか?」


 風見が軽くそう聞いた。


「いえ、事態はもっと深刻です。実は……絶対に秘密を守ってほしいのですが……渡辺さんの両親は、彼女が高校生の時に離婚しています。親権は母親側にあり、母方の姓を名乗っています」


「……それって、珍しいことなんですか?」


 それだけ聞くと、さほど重要な問題ではないような気がした……っていうか、なぜ佐藤主任の彼女の話なのだろうか。


「いえ、それ自体はこのご時世では特に珍しくもないのですが……その渡辺さんの実の父親が、数か月前、未成年に対する強制わいせつ容疑で、警察に逮捕されてしまっていたのです」


「……ええっ!」


 俺は思わず声を上げてしまった。

 隣の美香も、目を見開いて驚いている……風見も同様の反応だ。

 二人とも、その情報、知らなかったか……。

 多分、優美もそうなのだろう。


「……でも、それって誰にも知られていないんですよね? 仮に誰かに知られていたとしても、それはもう渡辺さんとは関係がないし、佐藤主任にはもっと関係がない……こともないのか……」


 俺は半ば独り言のようにそうつぶやきながら、衝撃的で、ややこしいことに巻き込まれ始めている……そう実感していた。

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