第6話 セクハーラ・トウゴウ (創作)
昼間っから酒場に来ている奴なんかいるのかと思ったのだが、十ほどテーブルがあるその店の半分ほどが埋まっていた。
しかし、それぞれの表情は一様に暗い。
みんな、涙を流したり、愚痴を言ったり……ようするに、ヤケ酒だ。
見慣れぬ一行が入ってきたことと、若い女性が二人もいることもあり、一瞬注目を浴びたが、客の一人が
「……なんだ、旅の者か……早くどこか別の町に行った方がいいぞ……」
そんな声をかけ、首を振りながらまた酒を飲み始めていた。
ほとんどが男性客なのだが、よく見ると、恰幅(かっぷく)の良い三十歳手前ぐらいの女性が一人、
「どうせ私なんか生きていく価値すらないんだよぉー!」
と喚きながら酒をがぶ飲みしていた。
この広い店内に女性が一人だけ、というのが気になって、同席させてもらうと、
「酷いんだよぉ。聞いておくれよぉー!」
彼女の方から何があったのか話しはじめた。
三日前、邪鬼王の配下を名乗る妖魔化した巨大な男が、手下として複数のオークを連れて、突然この町に侵攻してきたのだという。
本来ならば、オークという魔物は人間よりやや戦闘能力の劣る種族で、武装した警備兵だけで対処できたはずだ。しかし、自らを『セクハーラ・トウゴウ』と名乗るその巨大な男は、大きな半月刀を振り回し、警備兵を蹴散らしていったのだという。
噂では、戦闘力500は下るまい、ということで、高くても精々200の警備兵では相手にならなかったらしい。
さらには、言葉による『ハラスメント攻撃』によりさらに戦闘力を奪われたところで、オークの棍棒によりダメージを負い、ついに警備隊は壊滅。
男の要求は「容姿端麗な若い女性」であり、目に付いた条件に当てはまる十数人が攫(さら)われてしまったというのだ。
「……あなたも、身内のどなたかを攫われたのですか?」
涙ながらに語る女性に、俺が優しく声をかけると、
「そうじゃないわよぉ、攫われなかったの!」
彼女の言葉の意味がわからず、呆然としていると、さらに言葉を続けた。
「あの男、私のすぐ側まで来て、私の顔を見るなり、『まぎらわしい格好してんじゃねえ、オバハン! ムチムチなのかと思ったら、ただのデブの上に、ド○○じゃねえか』って言って、突き飛ばしたの!」
彼女はそう言うと、さらにオロローンと泣き始めた。
「……なんてセクハラ発言なんだ……」
俺は憤りに拳を握る。
「それは酷い……こんなに魅力的な女性なのに……」
商人であるフトシ課長代理の発言に、女性がはっと顔を向けた。
ちなみに、フトシは四十歳を過ぎた独身男性で、女性のストライクゾーンは広い。
「大丈夫です、僕たちが仇を討ちますよ」
爽やかイケメンの弓使い、シュンが、ニコリと微笑むと、女性はとたんにキュンとした表情になった。
「そんな女の敵は、私達が退治します!」
小柄な魔術師、ミキが力強く宣言する。
「その通りですぅ、私達が誘拐された女性達もとり戻しちゃいます!」
若き治癒術師のユウも同調する。
「……退治するとか、誘拐された女子達を取り戻すとか……あんたら、冒険者か? 多少腕に覚えがあるようだが、相手は異世界から召喚されたと噂される大妖魔だぞ。勝ち目などない、止めておきなされ……」
話を聞いていた隣席の、初老の男が、そう忠告してきた。
「いや、彼等ならできる」
今まで黙っていた老魔術師が、威厳のある口調でそう言葉を発した。
「……あんたは……」
「我が名は、アイザック」
彼が一言そう告げると、酒場中の視線が彼に集中した。
「おお……偉大なる大賢者、アイザック様……」
「七大英雄の一人ではないか……」
みんな、崇めるような視線で彼に注目している……なんか、凄い人なのらしい。
「そして彼等は、英雄候補とその仲間達じゃ。必ずや、そのセクハーラ・トウゴウとやら、この面々が退治してくれることであろう!」
アイザックが杖を上げてそう宣言すると、酒場中に俺たちを称える言葉があふれかえった。
そして俺たちは大歓迎を受け、無料で飲み食いをした上に、豪華な宿屋で一泊することができたのだった。
ただ、アイザックが
「上手くいったのう……」
と言ったのが気になったが……。
翌早朝、早速宿屋の大部屋を緊急会議室として借り切り、セクハーラ・トウゴウ討伐の作戦会議に入った。
みんなある懸念を持っており、その確認の意味もあった。
「セクハーラ・トウゴウって、庶務部第一課長の東郷さんじゃない?」
ミキが恐る恐るそう口にした。
「ああ、間違いない……あの人は元々セクハラの噂があったが、この世界に召喚され、妖魔となってついに本性むき出しになったか……」
俺も、東郷が変身した姿なのだろうと推測した。
「だとしたら許せんな……あんな魅力的な女性を罵るなんて……」
フトシは彼女の事が気に入ったらしい。
「……でも、それであれば、僕等は東郷さんを退治しないといけないんですよね……」
シュンはそれが気になっているようだ。
「……殺しちゃうんですか?」
さすがにそれはやり過ぎなのではないかと、優しいユウは怯えている。
「いや……このまま邪鬼王の言いなりとなって、人々に迷惑をかける妖魔となるよりは、そなた達の手によって葬ってやった方がいいじゃろう。そうすれば、魂は浄化され、天へと登っていくことができる……根っからの悪人で無ければ、じゃが……」
アイザックはそう進言した。
だったら、無関係の貴方がトドメをさせば良いのではないか、との意見も出たのだが、アイザックは既に高齢であり、徒歩ぐらいは問題無いが、走ったり戦ったりはできないので、ここから先は俺たちだけで討伐の旅に出なければならないらしい。
いずれにせよ、総合的な戦闘力では負けることはないだろう、とのことだったので、俺たちは早速、セクハーラ・トウゴウが住むという廃城に向けて出発したのだった。
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