第7話  死闘 (創作)

 めざす廃城までは、歩いて一時間ほどだった。


 門番として、巨大なトロールが二体存在していたが、シュンの弓とミキの火炎魔法で弱らせて、俺が長剣にて一閃、苦もなく倒す事ができ、ユウの出番は無かった。


 二体とも魔石を残したので、そういうスキルを持っているフトシがドヤ顔だったのはちょっと癪に障ったが。


 ひょっとしたら罠とか仕掛けられているかもしれない、慎重に進んでいこうと話をしたときに、その巨体は扉を開けて現れた。


「……東郷課長? なんて姿に……」


 ミキの声が震えていた。


 身長は三メートル近く、小太りの体系はそのままで、果たして体重が何百キロになっているのか想像もできない。


 目はつり上がり、口は耳元まで裂けて、ニヤリと不気味な笑みを浮かべている。

 鎖帷子のような鎧を着込んでおり、右手には大きな半月刀を持つ。

 両脇に妖美な女性型の妖魔を連れており、彼女たちはそんな東郷に甘えるように身を寄せている。


「……おやおや、皆さんお揃いで。無粋にも我が城に乗り込んでこようとしているのが見えましてね。城内を貴方たちの血で汚したくないので、こうして出てきてあげたのですよ」


 まったく余裕の表情だ。


「東郷課長、思い出してください! 私達、海山商事で一緒に働いていたじゃないですか!」


 ミキが必死に叫ぶ。


「うん、なんだね君は? 海山商事……何処かで聞いた事があるような気がするが……まあいい、それより、君、なかなか可愛いね。私のものにならないかね?」


「なっ……!」


 いきなりのセクハラ発言に、ミキは動揺してしまったようだ。


「……もう何を言っても無駄だ。東郷課長は悪魔に魂を売り渡してしまった……セクハーラ・トウゴウ、貴方は俺が倒す!」


 俺はアイザックから譲り受けた伝説級の長剣、『インプレッシブ・ターボブースト』を握りしめた。


「ほう? やる気かね……仕方無い、お前達、下がっていなさい」


 セクハーラはそう言って、両隣の妖魔を下がらせ剣を大きく振りかぶった。

 後輩のシュンも、同じくアイザックから手渡された名弓、『レクサシズ・アロー』を引き絞った。


 ちなみに、『インプレッシブ・ターボブースト』は新品で、『レクサシズ・アロー』は中古品らしい。あと、フトシは武器は持っていない。現実世界でも電車通勤だった。

 ミキとユウの杖にも名前が付いているらしいが、軽量級なのであまり興味はない。


「シュン、俺一人で十分だ……一撃で葬ってやる。行くぞ、セクハーラ。ホリゾナル……」


「ふん、童貞野郎がっ!」


「ぐわっ!」


 必殺技にて瞬時に倒してやろうとした出鼻を、おぞましい呪詛にも似た口撃がカウンターで繰り出され、俺は片膝をついてしまった。


「……ふふ、やっぱりな……その年で、女を抱いたことさえないのか、情けない。お前は男ですらない、子供だ子供。ママのおっぱいでもしゃぶってな、童貞!」


 ぐふっ、がはっ!


 二発、三発と追加でダメージを受け、俺は剣を取り落とした。

 何という恐ろしい口撃なのか。

 俺の弱みにつけ込んで、これほどの精神攻撃をしてくるとは……。


「お前のような男がモテるわけないだろう。ふん、お前はこのまま、今日ここで、童貞のまま死ぬのだ!」


 ぐはあぁ!


 目の前を、絶望と恐怖が襲う。

 なんということだ……童貞のまま死んでしまうことが、これほど恐ろしいとは……。


 はっ! そうだ、イケメンのシュン、お前なら! 俺より年下だが、女にモテるお前なら、あんな口撃には……。


「い、いやだぁー! 童貞のまま死にたくないぃー!」


 シュンは頭をかかえ、ゴロゴロと転がり回っている。

 ……お前も実は、格好つけているけど童貞だったか……なんとなく親近感を覚えるよ。


 はっ! それならば、フトシ課長代理!

 人生経験豊かな貴方なら、あんな言葉を浴びせられても平気で……。


「う……うわぁ、い、いやだー、俺の人生、なんだったんだっ! 童貞のまま死んでしまうのかぁ! 絶対にいやだぁ、こんなことならボーナス全額はたいてHな店に行っとくんだった! ……けど、そんな勇気なかったし……」


 フトシは大声をあげて泣きくずれている。

 えっ……ウソでしょう? 四十歳すぎて、あんた……童貞?


 緊急事態だ……奴の口撃の前に、男性三人は全滅状態だ。

 さすがは四天王の一角だ……全部で三人しかいないけど。


「みんなしっかりしなさい、私がなんとかするから!」


 気丈にもそう声を上げたのは、先程のダメージから回復したミキだった。


「おや、かかってくるつもりかね? よく見れば、男三人に女二人のパーティーじゃないか。たらしこまれたりしているのではないかね?」


「なっ、何を言っているのよ。だいたいこの三人は童貞よ。そんな勇気あるわけないでしょう!」


「「「ぐほぉ!」」」


 地味にミキの言葉が、俺たちにダメージを与える。


「ふーむ、そうか……だったら、年頃の娘だ……内に潜む性欲を、どうやって処理しているのかね」


「な、なにを……」


 またミキが動揺してしまっている。


「まさか、君まで処女って言うことはないだろう? 今まで雌豚のように男に捧げてきたその肉体、溢れる○○……私が受け止めてやろうじゃないか」


「失礼ね! 私はまだ処女よ!」


 ミキが大声でそう宣言して、直後、真っ赤になって俺たちの方を見渡した。

 そうか、ミキ、君もまだだったか……。

 それを聞いて、セクハーラはますますいやらしい笑みを浮かべた。


「……なんだ、まだ乳臭い生娘だったか……無理もない、その男勝りな性格では彼氏などできるわけも無かろう。安心しなさい、私の元へ来れば、○○な○○を○○○○して、快楽の泉へと導いてやろうじゃないか。私が君を女にしてあげるよ」


「何言っているのよ、ど変態! そんなの私が望むわけないでしょう!?」


「……おや、そんな事言って、君、○○しているんじゃないのか? 匂いでわかるぞうぉー」


 いやらしい顔をヒクヒクさせて卑猥な言葉を連発させるセクハーラの前に、ついにミキはモジモジしながらしゃがみ込んでしまった。


 お、恐るべしセクハーラ。

 よく見れば、どこから現れたのか、数十体のオークの群れが俺たちを取り囲んでいる。

 だめだ、このまま俺たちは全滅してしまう……そう思ったときだった。


「いいかげんにしなさーい!」


 治癒術師のユウが、杖を振りかぶってセクハーラに迫り、パコンとその頭を殴りつけた。


 思わぬ物理攻撃に尻餅をつくセクハーラ。

 俺たちも、きょとんとしてしまっている。


「何訳の分からないことを言っているんですか! 悪者は懲らしめるだけです!」


 ユウはそう言って、さらに杖でセクハーラの頭をポコポコ叩き続ける。


「い、痛い、痛い……キサマ、ドSだったか。それで快感を得ているのか、変態め。もうお前の○○は○○で一杯になっているんだろう、淫乱娘め!」


「言ってることが分かりませーん!」


 怒っているユウは、さらに攻撃を続ける……ああ見えて彼女、戦闘力200超えてるんだった。


「分からない、だと? キサマも処女か?」


「しょじょ……なんの事かわかりませーん!」


 ポコッ、ポコッ。


「なんだと……痛い! ま、まさか、子供がどうやってできるのかも知らないわけではないだろうな」


「えっと、子供は結婚した夫婦が神様にお祈りすれば、その信仰度に応じて授けてくれるんですよね? 私のお母さんが言ってました……でも、そんなこと、今は関係ありませーん!」


 ポコッ、ポコッ。

 彼女の奮闘ぶりに、俺は正気に戻って立ち上がった。


「……もういい、ユウ。よく頑張った。後は俺に任せろ」


「……僕も、参戦しますよ」


 俺に続いてシュンも立ち上がり、頼もしい言葉をかけてくれた。


「……ふん、童貞二人が、なにをするつもりだ?」


「……確かに俺たち二人は童貞だ。だが、それがどうした?」


「なにっ!」


 セクハーラが驚愕の表情を浮かべる。


「俺たちのトラウマなど、ユウの純粋さが打ち砕いてくれた。ユウは、なんと清い存在なのか。自分が経験が無いことを恥じていたことが、逆に恥ずかしい」


「な……この、童貞野……」


「終わりにしよう……シュン!」


「はいっ!」


 シュンの『レクサシズ・アロー』から、瞬時に三本の矢が放たれてセクハーラの右腕を射貫き、奴は武器を取り落とした。


「今だっ! ホリゾナル・スラッシュ!」


「ぐぎゃぁああああっ!」


 俺の愛剣『インプレッシブ・ターボブースト』が、セクハーラ・ドウゴウの胴体を切り裂いた。


「……滅殺完了!」


 セリフを決めて剣を鞘に収めると同時に、セクハーラの体は崩れ落ち、爆散した。

 そしてキラキラと光る何かが、天に向かって一筋の光となり、登っていった。


 その直後、集まっていた妖魔達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「……東郷さん、成仏したのかしら……」


 ユウが、涙目になりながらそう呟く。


「ああ、そうだな……恐ろしい奴だった……」


 後一歩のところで、たった一人に全滅させられてしまうところだった。


「……本当、セクハラって怖いのね……精神崩壊するところだった……」


 ミキは青ざめながらも、笑顔を取り戻していた。

 シュンもフトシも、苦笑いしながら頷く。

 そしてユウは涙を拭き、俺たちの方に向き直った。


「みなさん、お怪我とかありませんか?」


「いや、大丈夫だ。物理攻撃は何も受けていない。それより、今回はユウ、大活躍だった。君がいなければ勝てなかったよ!」


 俺は素直に称賛する。他の三人も、心から彼女のことを褒め称えた。

 するとユウは嬉しそうにこう言った。


「えへっ、お役に立てたのなら嬉しいです。ところで……どーてーって、何ですか?」


 ユウの純粋無垢な質問に、俺たち全員、赤面した――。

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