ワダチの二人と七つの……?
馬場卓也
プロローグ 高校退屈男の独白
――退屈だ――
これが、石神井ケイタロウの口癖だ。といっても常日頃から口にしているのではなく、沼の底に溜まったガスが不定期に噴き出す様に似て、時折、ポコンポコンと湧いて、はじけるように呟くのだ。
ネットの診断サイトに自分の名前を入力すれば、きっと頭の中は『退屈退屈退屈退屈退屈退屈……』という文字でいっぱいになって表示されることだろう、と思っていた。だが、わざわざ調べてみようなんて気は起こらない。
『退屈』を辞書で引くと『(何もすることがなくて)いやになること』と出る。
しかしケイタロウにはすることがない、わけでもない。通学路が家より近いという理由で選んだ公立高校の2年生なので、週末以外は学校に行き、昼食とそれに少しばかりの休息を取りながら勉強や運動に励まないといけない。
運動といえば、部活動は昨年の夏休み、合宿直前まで陸上部に所属していた。だが、とある事情で辞めて以来、今はどこにも入っていない。いわゆる帰宅部だ。
思えば、あれからケイタロウの『退屈』が始まったのだ。毎日学校に行くだけの生活、その単調さに飽きてしまったのだ。そんなことは自分以外の人間も感じているだろうから、あくまでもポツリポツリと呟くように心に留めておくことにしている。
日本一の退屈人間を決めるコンテストがあるのなら、優勝、とまでは行かないまでもベスト8にまでは食い込む自信はあった。そもそも退屈コンテストとは何を競うんだ? そんなことばかり考えているのは退屈していないのではないか? とさえ思うのだが、とにかく『退屈』が彼の日常のすべてであった。
自分は『退屈な人間』という設定である、ということにしていた。
この現状をどうにかしたい、だからといって引きこもったり、学校を辞めて一人で暮らそうとまでは思わなかった。資金がないのと、両親の猛烈な反対が待っていることぐらい目に見えている。
悪友の三上ヨシツネに時々相談するものの、『そりゃお前、若さだよ』と分かっているようでまるで分かってない答えが返ってくる。ヨシツネもケイタロウと同じく帰宅部だ。退屈しのぎというのもなんだが、適当な返事でも話し相手になってくれるヨシツネの存在はケイタロウにはありがたかった。
お前は退屈してないのか? というケイタロウの問いにはヨシツネは胸を張って『そりゃ退屈だよ。なにが嬉しくて半日もこんな椅子の上に座って、訳の分からん文字や数式を書き写したり、場合によっちゃ発言したりさせられたり、無理やり使わんでもいい脳みそを酷使せにゃならんのだ? でもさ、退屈退屈言ってても疲れるだけだろ? だから俺は退屈の中に楽しみを見つけた。学食のメニュー全制覇、息止めて廊下をどれだけ歩けるか、それに、あれとか』
ヨシツネは笑って、教室の隅で友人と談笑している目白ユリカの方へアゴをしゃくってみせ、親指を立てた。勝利宣言を表しているのだろうが、ケイタロウはそのまま真下に向けることをお勧めしたかった。
吹奏楽部でクラリネット担当、ぐらいのデータしか持ち合わせていなかったが、ヨシツネの言わんとしていることは大体分かった。ヨシツネが休憩時間、用事もないのに彼女に声を掛けている姿を何度か見かけている。だが、がさつなヨシツネとおとなしそうな性格の彼女ではまるでそりが合わないだろう、ケイタロウはそう思った。
だが、ヨシツネとの麗しき? 友情の名の下において、そのことは口にはしなかった。ヨシツネが傷つくことはないが、今までの関係が崩れ、疎遠になるとますます退屈になってしまうからだ。
ただ、ヨシツネの言うことはもっともだ。いい加減そうに見えてその点では彼はケイタロウよりも幾分か大人に見えた。
退屈な日常の中にわずかでも楽しみを見出せることができれば、没頭できる何かがあれば……。
そんなことを思いながら日々を過ごすケイタロウは、結局のところ『退屈』を口にしつつも現状に不平もなければ満足もしておらず、平々凡々と日々を過ごす、いわば『偽装退屈』なだけだった。『俺って、毎日に退屈してるんだよね』という、そんな自分に酔っていることに気付いてはいた。結局、授業が、学校が退屈なんだよな、それじゃみんなとあまり変わらないな、ということにもずいぶん前から気づいていた。
昨年の夏休み前のアレがきっかけであることぐらい自分でも分かっている。バカにされそうなぐらいに些細で、他人にとってはどうでもいい出来事だ。あの時はなんだか夢中だった。たかが一年ほど前の出来事が、まるで大昔のように感じられた。
『ブブ、ブブ、ブブ……』
その日も、ケイタロウは枕元に置かれた目覚まし代わりの携帯アラームによって黄金の眠りを遮られ、自室のベッドの上でゆっくりと目を開けると、脳みそをほんの気持ちだけ揺すり、そこから全身の各器官に『動け』と命令を送る。それでもしばらくは動かず、頭の中がはっきりするまで待った。目覚めてまず最初にすることは、腕を伸ばし、耳元でがなり立てアラームを握りつぶすように止めることだ。
「ふう……」
また退屈な一日が始まる。そう思うとケイタロウは思わず溜息をついてしまったが、これもいつものことだ。
学校が突然爆発したり、地中深くに陥没したり、あるいは何かの拍子に未来世界に飛んで行ったり、未来人が転校してきたり……。そこまでは思っていないものの、何かが起こらないかな、という期待感を心の隅に置きながら、ケイタロウは登校の準備を始めた。結局、自分では何もアクションを起こそうとしない無気力人間なのだ。それは十分に自覚していた。
「行ってきます」
朝食を終え、力なくそう言って玄関を出る。しかし、この時、その日を境にケイタロウの退屈な日常が徐々に崩れることになるとは、知る由もなかった。
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