ネームハンター8 〜The malicious nocturne〜
木船田ヒロマル
Malicious
ネームハンター8
The malicious nocturne
眩しい陽射しが用水路の中を煌々と照らしていた。
時刻は午後十一時を過ぎた所。
夜の、十一時だ。
俺は膝まで用水路の水に浸かり、流れに逆らってそれを掻き分けながら、夜に照りつける陽射しの根源を追っていた。
持ち主から剥がれ、遊離した名前。その名前が象徴する何かの形を取って逃亡するもの--名前獣を。
陽射しの根源は白く光る人間のような何かだった。いや、形については俺が勝手に補完したイメージの賜物かもしれない。奴の頭は強烈に輝きと熱を放つ火球で、奴の姿そのものがその輝きの中に白く溶けて判然とはしないからだ。
太陽--「しゃいん」と読むそうだ。
時を追う毎にその輝きは強くなり、伴う熱は暴力的になって、俺は炎天下にランニングしている気分だった。足元の用水路の流れもまるで、熱く沸かした風呂の湯だ。
アズサ、まだか……⁉︎
ネモ!
俺は用水路の脇の護岸ブロックを飛ぶように駆ける黒猫を呼ぶ。
「ダメよ。今撃っても弾そのものがあいつに到達する前に蒸発してしまう。名前獣を名前に戻す因果の弾丸とはいえ、媒介にしてるのは銅合金と鉛でできた市販の弾なんだから」
だがこのままじゃ!
街の外れから住宅地に向かう奴は、名前の主の人間との因果が細くなるに従って太陽そのものに近づいて行き、熱と光をぐんぐん強めている。
遂に奴の足元の水の流れはグツグツと泡立って沸騰し激しく蒸気を吹き出し始めた。
街の灯りはすぐそこだ。
このまま奴が街の中に踊り込んだら……!
俺はホルスターから銃を抜く。
「止まれ! しゃいん‼︎ 」
足止めだけでもしようと夜空に向かって二発撃った。
狙い通りに奴は立ち止まる。立ち込める蒸気のもやの向こうでよくは見えないが、こちらを振り返った気配がする。
とうとう用水路の水は奴の足元を中心に干上がり始め、俺の足元の湯も奴に向かって逆流を始めた。
ごくり、と唾を飲み込む音が、思ったよりも大きく響く。
「気を付けてダーリン。アルテミスの首飾りの魔力は満タンだけど、流石のあたしも太陽が相手じゃ長くは持たない。そもそも悪魔と太陽は相性が良くないの」
相棒の因果の悪魔、ネモはいつの間にか黒猫から黒いドレスの美女の姿に変わり俺に寄り添う。
奴が放つ熱が、一歩分近づいたように感じた。スーツのジャケットの襟元がアイロンを掛けたような匂いを立てる。銃を一旦ホルスターに納めながら、俺は思わず一歩後ずさった。
「探偵長〜!!! 」
ぼへぼへと息を切らしたようなエンジン音と共に、俺のベスパに跨って現れたのは我が七篠名前捜索事務所の唯一の正規スタッフ。橘アズサだった。
二人乗りの後ろの座席には、見知らぬ黒髪の少女を乗せている。
「連れて来ました! 夜の陰と書いて『しぇいど』ちゃんです!!! 」
「上出来だわ。お嬢ちゃん」
くるりと回ったネモの姿が滲むように消えたと思うと、次の瞬間に彼女は急停止したベスパのすぐ側に立った。
「可愛い娘。名前を借りるわね夜陰ちゃん」
今一事情が飲み込めていなさそうなパジャマ姿の黒髪の少女は明らかに戸惑って何かを言おうとしたが、ネモは彼女を抱きすくめると、問答無用でその唇を吸った。
ネモが再び姿を消し、意識を失った少女をアズサが支えるのと、太陽の化身が俺に向かって駆け出すのとが同時だった。
凄まじい熱風が吹き付け、道傍の雑草がみるみる萎びて枯れ草になり、ぱっと燃え上がった。
「お待たせ。マイマスター」
そう言ったネモの姿は、猫でも美女でもなく、俺の右手に収まった曲線で象られた大型拳銃だった。
因果回帰銃「タグナイザー」。ネモが変身する魔法の銃。撃ち出される因果を巻き戻す魔力の弾丸は、効果を及ぼした名前獣を名前の刻まれたペンダントに変える。そのペンダントを名前の主人が身に付けると、名前は主人に溶け込み、彼または彼女は自分の名前を取り戻すことができるのだ。
「夜陰の加護は一発分よ。外さないでねナナゴン」
そのニックネームはやめろ。
帽子のツバが茶色く変色して煙を上げる。
俺は迫りくる輝く火球のど真ん中目掛けて、悪魔の銃の引き金を絞った。
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