ネームハンター7 〜The nameless city orchestra 〜

木船田ヒロマル

ネームハンター 〜The nameless city orchestra 〜

 純白の世界。


 上も下も360度見渡す限り全てが白く、どこまでも薄明るい。足元をくたびれた革靴の底で蹴って確かめてみると、ダンスホールの床のように、かつん、という硬質な音が返って来た。


 微かにうぉーん、と響くような、空間音とでも言うべき空気の揺動。視界は限りなく薄明るい白で、室内か外なのかも判別が付かないが、かなり広い空間であることは間違いない。


 汗ばむ手で、おやっさんの形見の銃を握り直す。


 軍用ライフルの機関部を闇のガンスミスが半ば無理矢理に拳銃に仕立てた世界で唯一の銃。スティング・ビー。

 かつては易経の太母から授かった退魔の銀の弾丸が装填されていたが、彼女は既にこの世に亡く、弾倉にはタングステン=カーバイドの弾芯と銅、アンチモニーの合金からなる短い鉛筆型の弾丸が殺意を秘めて出番を待っている。コッキングレバーを少しだけ引いてエジェクションポートの隙間から装弾を確認した俺は、安全装置が外れていることを確認して両手持ちにした銃を下向きに携える。


 ふわ、と隣に黒いドレスの美女が立った。

 因果の黒猫……地獄からはぐれた悪魔が変じた俺の相棒、ネモだ。


 ……どう思う?

「さっきから魔力を全く感じない。悪魔や魔法の力とは何か別の理屈の空間ね。遠隔知を効果範囲最大で使っても少なくとも半径4、50キロはどこまでも一様にこの空間だわ」

 地獄のどこかか?

「確かに雰囲気は似てるけど違うわね。魔素はゼロ。逆に神素も皆無。神魔性変動も因果律傾斜勾配も行為則格率も完全にフラット。あり得ない。私が言うのもなんだけどまともな場所じゃない」

 じゃあ、天国?

「熱帯魚に星空のことを訊くようなことされてもね。見上げたことはあるけど、実際行ったらどんな感じかまでかは。天使なのが見た目だけでごめんなさい」

 魔力は使えるか? 真の姿には?

「多分大丈夫だけど、大気の魔素がゼロだし、手持ちバッテリーの範囲だけになるわね。チョーカーの残分を計算いれても大したことはできなそう。魔力をケチった小技ならある程度使えるけど、覚醒や合体したらいいとこ数十秒じゃないかしら」

 ここが奴の、計画とやらの正体なのか……?


「違いますよ」


 気取ったキザな声色。


「ここはその前段階。旅行に例えるなら発着口です」


 振り向けば真っ赤なローブを纏った男。傍らに白いローブを着た小柄な女を連れている。女は黙って俯いて目深に被ったフードの為にその表情は見えない。

 男はフードから頭を出す。

 シルバーブロンドの長い髪が溢れ端正な顔が露わになったが、その眼は爬虫類の様に黄色く、その表情は狂気を孕んだ笑みを垂れ流していた。


 ……名前獣悪用教団四天王、朱雀!


 俺は銃口を奴の眉間にポイントしながら叫んだ。秘術で自分の身を悪魔と化した奴に、物理弾頭が大した効果がないことを承知の上で。


「真理聖名教会です。七篠権兵衛」

 アズサに何をしやがった?

「何も。彼女はすこぶる元気ですよ。彼女が私と居るのは、彼女自身の意志です」

 アズサ! 無事か⁉︎


 項垂れていた女が顔を上げてフードを捲る。

 七篠名前捜索事務所唯一の正規スタッフ、橘アズサの哀しげな顔がそこにあった。

「探偵……長……」

 元気が取り柄の筈の女子大生は初めて見せる弱々しい様子で辛うじてそれだけを発声した。再び俯いた彼女の伸びかけの小さなポニーテールが頼りなく揺れた。


 待ってろ。今助ける!


 俺がアズサにそう言った直後、朱雀が小刻みに揺れ始めた。

 嗤っているのだ。


 ……何が可笑しい?

「何が可笑しい、だって? これが嗤わずに居られるものか。お前は何も解っていない。そこの下品な猫も。この世界の理は、今や私の手の中にあるのだ」

 相変わらず妄想だけは一人前だな。

「妄想かどうか見せてやろう。私が手にした力の強大さを。そして教えてやろう。この世界の秘密ーー隠された真実を!!! 」


 奴は高らかにそう宣言すると、袖口から小さな何かを取り出してこちらに向けた。

 ヤバい!

 俺はその直感を信じて、奴が手にする小さな板状の何かに向けて、迷わずスティング・ビーの引金を絞ったーー。


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【これまでのあらすじ】


 ここは「空想の街」。

 ユニークで気のいい人々とともに、異形や人外……悪魔や妖精や妖怪やそれ以外も棲む不思議の街だ。

 孤児だった俺はこの街で探偵をする「おやっさん」ーー七篠尽蜂に拾われる。おやっさんの死後、因果の悪魔美女が変身した黒猫・ネモと出会った俺は、剥がれて逃げた名前を探して捕まえる名前捜索人「ネームハンター」として生きてきた。

 カルト教団が名前を剥がす麻薬を濫用、名前から生まれた怪物「名前獣」を集めて現実世界の因果を乱そうとした「真理聖名教会事件」で、大学生・橘アズサの依頼を受けた俺は、名前獣悪用教団に殴り込む。主謀者の教祖が告げる衝撃の真実。俺はこの空想の街の失われた真の「名前」ーー街から因果の悪魔を贄とした儀式で剥がされた名前獣が人の姿を取ったものだった。俺は教祖を倒しカルト教団を壊滅させる。だがその生き残り、教団四天王の一人・朱雀と言う名の少年は俺に復讐を宣言して姿を消した。

 名前を盗む泥棒、怪盗二十名称。何故かこの街に災厄を呼ぼうとする死んだ筈のおやっさん、七篠尽蜂。悪魔を喰らうバイオリンを操る謎の女バイオリニスト。名前捜索事務所にスタッフとして転がり込んだアズサを増殖させるコピーの悪魔。この街を脅かす様々な敵と戦って来た俺に、最大の危機が訪れる。

 俺を仇と付け狙う朱雀が、この街の住人たちの俺を「思い出す力」を奪い、それを注ぎ込んで真理聖名教会教祖の名前獣、暴君竜王ーーTレックスを復活させたのだ。死に瀕しながらも、相棒の悪魔ネモとの存在共有合体により辛くも蘇った恐竜の帝王を倒し、朱雀を追い詰めた俺だったが、朱雀には逃げられ、アズサは攫われてしまった。しかもアズサの心臓は朱雀の霊的コアと共有されており、どちらかの死はもう片方の死をも意味するのだ。

 更に俺を「思い出す力」を奪われた街の人々は、ネームハンター七篠権兵衛のことを綺麗さっぱり忘れてしまっていた。相棒の黒猫を除いた全ての住人が、だ。

 ゼロから再出発した俺は、日々の名前捜索の仕事と並行して、朱雀とアズサの行方を追い、またその二人の共有された心臓を分離する方法を探し求めていた。


 俺の必死の調査にも関わらず、事態は進展しないまま、八ヶ月の時が流れたーー。


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 7月1日

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 場末の俺の事務所に尋ねて来た流南大学魔学部の教授は女性だった。それも、若くて美しい。


 彼女の研究室の助手から予め聞いていたのが苗字だけだったので、ステレオタイプに毒され切った俺の頭は完全にいい歳したおっさんを想像していたのだ。

 明るいグレーのレディーススーツ。バレッタで留めた艶やかな長い黒髪。螺鈿細工のフレームの眼鏡は真面目そうな彼女の佇まいの中、控えめな華やかさのアクセントとなり、その理知的な魅力を一層際立たせていた。


 「あっちの世界」から今年四月に、この街唯一の大学に赴任して来たという新進気鋭の魔学教授の噂を聴いた俺は、面会の機会を得ようと繰り返しアプローチをしていたが、赴任直後で多忙なのか先方の都合が中々合わず、電話に出るのもいつも要領を得ないのんびり屋の助手で、結局アポイントメントが取れたのは赴任から三ヶ月もたった今日だった。

 アズサが攫われ、朱雀が姿を消して八ヶ月。手を尽くして朱雀とアズサの行方を、そして悪魔と共有された心臓の分離の術を探し求めていた俺だったが、主要な場所も人物も文献もネットも調べ尽くして進展が得られなかった。

 俺を忘れちまった東署の西四寺警部。大往生した占いの大家・百段階段のおばば。影に日向に俺を助けてくれていたこの街の個性的な住人たちの協力が全くと言っていいほど得られないのも、捜査の難航に拍車を掛けた。

 正直お手上げだった俺に、外部からの魔学の専門家の赴任は、すがるべきワラに他ならなかった。


 

 ……初めまして。教授。七篠権兵衛です。

「初めまして、七篠さん。流南大学魔学部教授・志垣です。……あ、大丈夫ですよ。若さや容姿を褒めて頂いても。私そういった御言葉は素直に受け取って喜ぶことにしていますので」


 にっこり微笑んで来客用のソファに優雅に腰を降ろす魔学の専門家は、確かに教授としては若い。三十を越えてるようには見えないし、見目も麗しい魅力的な女性だとも思った。しかし有り体にそれを指摘して、性差別だの若さは業績と関係ないだのと話が拗れるのを恐れて、ギリギリの所で教授が女性だった事実に驚いたことや、その若さと美しさへのコメントを飲み込んだ。それを見透かされたのだ。

 彼女の洞察は正確だ。

 だが、今更そう言われて取って付けたように褒めるのも憚られた。


「……なんて言ったら逆に褒め辛いですよね。冗談ですよ。失礼しました。お気になさらないで下さい。実は私も驚いています。もっとヤクザな、怖い感じの方を想像していましたので。噂に聞く凄腕の名前捜索人がこんな優しげな魅力的な男性……」

 そこまで言って志垣教授は言葉を切った。

「いえ、違うわね。優しげじゃない。悲しげ、なんだわ。大事なものを失って自分を責めて、傷ついていらっしゃるんですね」

 ……その質問、答えなければなりませんか?

「ああ、いいえ。そういうことじゃないんです。今のは私の感想。本題に移りましょう」

 

 なんというか賢いのは間違いないし仕事はできそうだけど、やり辛い女だな。俺は心の中の知人ファイルの「苦手な奴」のフォルダに、お喋りな女教授をそっと挟んだ。


「悪魔の霊的コアと共有された人間の心臓を分離する方法、でしたよね? 」

 わざわざ足を運んで頂いて申し訳ありません。こちらからの相談なので、こちらから出向くのが本筋ですのに。

「いえ、そこが今回の報酬に当たるお話で」

 ……そうでした。先日の助手さんのお話では委細面談、ということでしたが。

「ずばり。ネモさんに取材をさせて頂きたいのです。それが今回のご相談に乗る条件です」

 ネモに、取材?

「ええ。勿論いずれあなたにも、ですが。私の専門は地獄と悪魔の構造学でしてね。なぜ、悪魔のような不可思議なものが存在し、語り伝えられるのか。地獄とはどんな場所なのか。現実の世界であらゆる手段を講じて研究を重ねましたが限界がありまして」

 ちょっと待ってください。志垣教授。あなたは、俺が求める答えを……持ってらっしゃらない?

「イエスでもあり、ノーでもあります。正直私の中では、悪魔のコアと人間の心臓の融合、分離について一つの仮説はあります。しかしそれは実証ではない。あなたはその答えを、実際に心臓を共有された誰かに……あなたにとって救いたい誰かに実地応用したいと考えていらっしゃいますね? 今の段階では危険です。人間にも、悪魔にも」

 ……では。

「本物の悪魔への直接のインタビュー。簡単な実験。それで、私の中の仮説はある程度確証に……実証に近いものになる筈です」

 問題が二つあります。

「どのような? 」

 一つ。彼女は俺の仕事上のパートナーですが、部下や下僕……いわゆる使い魔ではありません。ネモ本人が嫌がれば、取材への協力を強制できない。

「成る程。もう一つの問題とは? 」

 二つ。彼女はさる事情で普段は魔力の消費をごく低レベルに抑えなくてはならず、人間の姿になれません。満月の夜を除いて。七月の満月は確か二十日。ネモが了承しても、少なくともあと十九日は待って頂かないと。

「一つ目の問題はネモさん次第ですが、二つ目の問題は私がお力になれると思います」

 どういうことです?


 志垣教授は答えずに、持参して来たバッグの中から無機質な金属のケースを取り出した。二箇所あるダイヤルロックが外れてケースが二つに割れると、その隙間からは白い靄のような気体が漏れだす。手袋をした教授がその中から取り出したのは、上下を何かの装置で蓋されたトイレットペーパーの芯程の透明なシリンダーだった。どういう仕組みか、中には黒い渦のような何かが浮いており、不気味に赤く明滅しながら揺らぎ、回転していた。


 教授。これは?

「恐らく世界初。純度99.94%。魔素の結晶です。これがあれば満月でなくともネモさんも人間の姿に……」

「その必要はないわ」


 いつの間にか黒いドレスの美女が、ソファに座る志垣教授の真後ろに腕組みして立っていた。


 ネモ! お前その姿、どうやって!

「話は後よ。志垣教授、だったかしら? 先ずはその魔素の塊を片付けて」

「え、あ……はい」


 教授は出した時と逆の手順で魔素の結晶をケースに、そしてバッグに片付けた。ネモが小さく溜息を吐く。


「魔素の結晶化、ね。最高で最悪のアイデアだわ。このデモニックキャンディの生成方法を他に知っている人は? 」

「いません。危険な研究なのは分かっているので。大学にも助手にも秘密裏に自宅のラボで」

「危険? 違うわね。この時空に取って極めて破滅的な研究、と言うべきだわ。世界を自分の発明で終わらせるのが嫌なら、また運良く世界が終わらないまでも残りの人生を悪魔に狙われ続けるのが嫌なら、その秘密は墓場まで持ち込みなさい」

 そんなにやばいのか? さっきの黒い渦巻きは。

「あの渦巻きは本体じゃない。あの渦の中心に、恐らく小指の先くらいの結晶がある。あの渦巻きは結晶が出す瘴気ね」

 瘴気……毒ってことか。

「猛毒よ。あなたたちにとっては。ぱっと見だけど四十万から五十万テオフラストゥスくらいの魔力を含んでるわね。たちの悪い悪魔の手に渡ったらどうなることか」

「流石ですねネモさん。私の計算では49万3千テオフラストゥス。振れ幅プラスマイナス2万です」

 49万……なに?

 ネモが軽く首を横に振る。

「49万テオフラストゥス。乱暴に熱量に換算すると大体5.5x10の15乗ジュール。あなたたち人間の大好きなTNTに置き換えたら約150キロトン。この空想の街を百回更地にしてお釣りが来るわ。まあ、普通の方法じゃそのエネルギーは取り出せない訳だけど。……魔素は何かに一旦固着させる訳よね? 最終触媒は賢者の石? 」

「ハイヤーン=黄血塩型の。超重力崩壊ギリギリの臨界状態で」

「溶媒は王水? 硫化水銀? 」

「両方です。色々試したんですが王水三、硫化水銀七のカクテル溶媒が一番効率が出ました」

「良く安定したわね」

「回転台で高速回転させながら混合するんです。安定剤の酸化アダマンタイト粉末を投入する時、回転の遠心力でわざと濃度の勾配を作って……」

「スティック状に加工した賢者の石を角度を調整しながら差し入れる訳ね。成る程。発想は面白いけど自殺願望者のアイデアね。タイミングと作業スピード、安定剤の濃度勾配、触媒の入射角……どれか一つが少しでも狂ったらできるのは魔素の塊じゃなく」

「腐敗の悪魔レラジェの鎖骨。ロボットアームと回転台を三百十一セット駄目にしました」

「予算は大学から? 」

「私、錬金術関連の特許を三つ持ってまして。個人的に結構お金持ちなんです」

 ……自腹の錬金術師、か。

「素敵なマッドサイエンティストぶりね」

「褒めても何も出ませんよ。改めましてこんにちは。私は流南大学魔学部教授。志垣花子です。宜しく、ネモさん。それとも明けの東南の輝き、オセ・ハレル大総統とお呼びした方が? 」

 教授が立ち上がってそう挨拶した瞬間、ほんの微かではあるがネモの眉が動いた。いや、正確には、その瞬間だけ眉の動きが完全に止まったのだ。

「……古い名前だわ」

 微妙な間。やや硬くなる声のトーン。ネモの奴、少し不機嫌だな。だが、教授は続ける。

「ああ、すみません。このお名前の時にあなたは酷い目に遭われたんでしたね。お察しします」

「よく調べているみたいね」

「悪魔と相対そうって言うのに、何も準備しない方がいらしたら、控え目に言って馬鹿、ですよね」

「私に取材したいってお話だったかしら? 」

「いくら元魔王直轄の高等弁務官だったあなたでも急に言われたら尻込みしますよね。人間の研究者に取材や調査を受けるのは初めてでしょう? 」

「何が目的? 」

「学術的興味ですが」

「違う。あなたはわざと私を怒らせようとしている。その理由を訊いてるの」

「なんのことでしょう。取材対象を怒らせて、私に何かメリットが? 」

「……取材とやらの最中は、私からあなたへも質問していいのかしら」

「構いませんよ。浅学なので分からないこともあるかもしれませんが」

「気に入らないわね」

「怖いですか? なら、このお話は別の悪魔にお願いするとします。七篠さんのご相談については申し訳ありませんがお断りするということで」


 うーん。空気がゴゴゴと唸っている。この教授ならアズサを助ける方法を導き出せそうな気がする。だがなんか気を許しちゃいけないような……警戒心をガンガン呼び起こされる人物であるのも確かだ。


「……いいわ。取り敢えず話を聞きましょう。あなたの為じゃない。私も、我が主と同じ程度には悪魔に魅入られた仲間を救いたいから」

「御高配、感謝致します。その『アルテミスの首飾り』の効力はどれ位です? 人化の持続時間は? 」


 教授の質問で初めて俺は、ネモが新しいチョーカーを付けているのに気付いた。三つの宝石が輝く黒い革のチョーカーにはよく見ると細い銀糸で優美な装飾が施されていた。

 これか……ネモがオーダーメイドで注文して7万7千クルークのローンを俺にひっ被せた首輪は。アルテミスの首飾り?

 なんのことか分からない様子の俺に気付いたネモが説明する。


「月面は大気が無いに等しくて、隕石が沢山地表に落ちる。そのクレーターには隕石衝突時の超高圧超高熱で自然精製された様々な鉱物が生じる。天然ガラスや純粋鉄。月の属性が凝集した奇跡の宝石、ムーン・ダイヤモンドとかね」

 ……まさかその三つの宝石。

「ご明察。三つの合計で1.9カラットのムーン・ダイヤ。月光に当てることで月の魔力をチャージできる。フルチャージで約三日間は人間でいられるわ。ムーン・ダイヤを用いた魔力補助具の通称が『アルテミスの首飾り』。可愛いでしょう? 」

 オーダーメイドしただけのことはあるな。お前によく似合ってるよ。値段がバカ高くなけりゃ、色違いをあつらえてやりたいくらいだ。

「格安よ。というわけで花子ちゃん。私はいつでもOKよ。前の満月から変身はしてないから、チャージもMAX。今すぐからでも構わないけど」

 ネモはそう言って妖しく微笑んだ。教授に向けた笑みだったが、俺はその艶っぽい様子に息をのんだ。こいつは最近、表情や仕草がとても人間らしく……いや、女性としてどんどん魅力的になりつつある。


「条件をもう一ついいですか? 」

「あなた。中々いい面の皮ね」

「折角なら女同士、二人きりでお話しさせて頂けませんか? 」

 いや、ちょっと待……!


 嫌な予感がして反対しようとした俺を、ネモ自身が視線で制した。そして小さく頷く。


「いいわ。でも取材は今から。場所はここでいい? 」

「勿論です」

「コーヒーは? 」

「ミルクだけで」

 ……俺が淹れるのかよ。

「コーヒー淹れたら出てってねダーリン。終わったら電話するから」

 お前俺の番号知ってたか?


 ネモは腰に下げていた小さなポーチから何かを取り出して俺の目の前でひらひら振った。


 あ、お前それ俺のスマホ……じゃないな。俺のはここにある。ってことはお前携帯持ってたのか? しかも俺と同じ機種?

「お互いの連絡先は登録済みよ」

 いつの間に。今回はいいけど人のスマホを勝手にいじるな。

「何かあったら気軽に連絡頂戴」

 俺には非常事態以外では掛けないでくれ。使いっぱしりにされちゃかなわん。


 湯沸かしポットが沸騰を告げる。

 俺はインスタントのコーヒーを二杯淹れると、来客ソファでテーブルを挟んで睨みあう二人の前に置いた。


 ではごゆっくり。

 ネモ。教授に失礼するなよ。あと事務所や備品を壊すな。

「信用してダーリン。約束するわ。非常事態を除いて」

 教授。何かあれば私の携帯に。すぐ駆けつけますので。


「寂しくなったら電話するわ」

 ウィンクするネモ。


 お前じゃねーよ。では、失礼します。


 手を振るネモを尻目に、俺は自分の事務所を出た。外はいつの間にかとっぷり日もくれて、街は祭の準備の風船があちこちに浮いている。

 今や空想の街は祭に誘われてこの世に還って来た死者の歩く街。

 ……オトトイ食堂で飯にするか。


 俺はタバコを咥えて火を付けると、死者に道を譲る為に人気の絶えた夜の街を駅に向かって歩き始めた。



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 ネモの電話を待ちながら、オトトイ食堂で食事する。

 女将さんのお勧めに全幅の信頼を置く俺は迷わず勧められるままにソーメンチャンプルー定食を注文し、思う存分舌鼓を打つ。食事を済ませてお茶を啜っていると、隣の席の薬売りから薬屋の名前が入ったピンクの風船を半ば無理矢理渡され、以後俺はそれを引っ張り回しながら歩く羽目になった。ネモからの電話はまだ来ない。


 めし処に長居する訳にも行かず、喫茶「馬頭琴」に移動した俺は電話の嬢とマスターのシェイカーに風船を携えた姿に対して笑いを堪えられながらロシアンティーを入れてもらい、閉店ギリギリまで時間を潰すことにした。

 そこで久しぶりにあったのが作家の金魚鉢先生だ。

 彼は次回作を書き進めていたが肝心のメインのトリックに穴が見つかり、二進も三進も行かなくなって、ウォーターサーバーに着流しを被せた変わり身を置いて逃げて来たらしい。いつか俺をモデルにした話を書きたい、なんて言い出して、危機に瀕している次回作のことも忘れ、あれこれ俺に取材し出したのには少し辟易したが、お陰で長居を退屈せずに過ごすことができた。

 日付けが変わる前に馬頭琴を出て、それでもなお鳴らない電話に溜息を吐きながら、俺は更に、おやっさんがよく行っていたバーに場所を移した。

 バー「Long goodbye」のヒゲのマスターに事情を話し、かなりの時間席を借りていた俺だったが、そこも流石に退散して、星空の下、街頭のベンチに腰を下ろした。

 携帯を確認するが、着信もメールもない。

 思いのほか冷たい夜明け前の風に襟を立てて身を竦めた俺は、風船をベンチの肘掛に結わえつけ帽子を目深に被ると眼を閉じた。

 

 すると、俺が眼を閉じてすぐ俺の前に誰かが立ち止まる気配があった。

 ん? と眼を開ける。

 帽子のつばの陰から、白生地に黒い幾何学模様が入ったスーツのズボンが見える。そのスーツには見覚えがあった。

 

 おやっ、さん⁉︎


 慌てて立ち上がろうとした俺の頭を、大きな力強い掌が帽子ごと押さえ付けた。視界の大半は帽子のつばで、相手の身体は相変わらず足しか見えない。だがその靴は爪先が綺麗に磨かれたアルパアルジムのストレートチップーーおやっさん愛用の靴ーーだった。


『殺したくない相手を、殺さなければならない時、お前ならどうする? ゴン坊』

 それは声、ではなかった。頭……いや、胸に響く形のない揺らぎだった。


 おやっさん、なんの話だよ……。


『お前は冷酷な悪魔相手には非情になれても、人間相手となるとてんでダメだ。瞬き程の迷いが命取りになる場面でも、お前は迷う』


 モノトーンのスーツの足が移動する。オニキスのカフスボタンを付けた袖口の先の手首が、俺の隣に、す、と一輪の花を置いた。紫の小さな花が連なる見慣れない花だった。


『相手を殺す一撃じゃない。相手を活かす一撃を放て。失くすなよ。これがお前のジョーカーだ』


 頭を押さえる圧力が消える。


 おやっさ……!


 慌てて帽子のつばを跳ね上げる。懐かしいスーツの立ち姿。光の粒子に解けながら透き通り、薄らいでいく。目元はおやっさんの帽子で隠れて見えない。だが、口元は確かに、優しく微笑んでいた。


 待ってくれ! おやっさん! 俺はまだ……! まだ、あんたと、話したい……ことが……!!


 何故か身体が動かない。喉は言葉を紡ぐどころか、張り付いたように息の一つすら通さない。見えない鎖に縛れたように身動ぎ一つできない俺の前から、鳥の羽毛が風で舞い上がるように、おやっさんだった光の真砂は高く透き通る星空に消えた。



ーーーーーーーーーーーーーーー

 7月2日

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 おやっさん!!!


 叫んで立ち上がる。

 明るい朝の空気。混乱しながら周囲におやっさんの姿を探すが、勿論通りには人っ子ひとりいない。


 ……夢か。それとも、現実か。


 なんだか全身から力が抜けて、俺はふらふらと後ずさりすると元々座ってたベンチにすとん、と腰を下ろす。


 ふと隣を見ると、何か置かれている。

 夢の中では一房の花だったが、そこに置かれていたのは、一発の弾丸だった。


『失くすなよ。これがお前のジョーカーだ』


 おやっさんの言葉が脳裏に蘇る。手に取ってよく見れば薬莢こそスティング・ビーに使用可能な7.62mm弾の薬莢だが、弾頭は水晶に似た多角形の透明な結晶で、掌の上で仄かに光を放つ初めて見る弾だった。


 相手を殺す一撃じゃなく、相手を活かす一撃……か。俺はその弾丸をあえてホルスターの改造銃には込めず、胸ポケットに別にした。ネモに託して、ネモが変身した因果回帰銃「タグナイザー」から撃ち出す可能性もあるからだ。


 時計を見れば六時を少し回った所。俺は欠伸して伸びをすると、事務所に向かって歩き出した。



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 ネモと教授の質疑応答は徹夜になったのだろうか。それとも途中で二人とも寝てしまったのか。

 いや。ネモは魔力にゆとりがあれば眠るようなことはないはず。ってことはまだ二人は言葉を武器にした壮絶な戦いを繰り広げてる最中か。兎に角一度電話してみよう。


 駅前通りから事務所に向かいながら、スマホの連絡先を確認する。


 ……なんだこりゃ? 「最愛の悪魔 ネモ」? 変な名前で登録しやがって。


 「最愛の悪魔 ネモ」にコールしながら事務所の通りに入る角を曲がる。


 二回目のコールでネモは出た。


 おい。話が弾むのはいいがいい加減に……。

『ナナゴン? 今どこ? 』

 その呼び方はやめろ。もう事務所の前だ。教授を解放してやれ。教授はお前と違って……。

『来ちゃダメ! 逃げて!!! 』


 ふと視線を向けた事務所の窓が閃光を放った。いや、事務所と俺のヤサを含む二階建ての建物全体が目を開けていられない程の真っ白な光を放った。

 と、思った次の瞬間、巨大な火柱が事務所の敷地に四角い柱の形を取って立ち昇った。耳をつんざく爆発音。顔を叩く衝撃波。何かがひしゃげて砕ける音。地面を舐めるように広がる真っ黒な噴煙。舞い上がる塵と埃。ふってくるレンガやガラスの欠片。耳に当てたスマホは途絶を示す電子音を垂れ流す。


 俺が拾われてから三十年過ごして来た俺の家が、おやっさんから引き継いだこの街を護る仕事の事務所が今、俺の目の前で粉々に吹っ飛んだ。


 ……ネモ! 志垣教授!


 きっかり一秒の茫然自失から立ち直った俺は二人の名前を叫んで駆け出した。

 なんでこんなことに……ガス漏れ? 教授の魔素結晶の暴走? ネモの魔力の事故? それとも……。


 事務所だった場所は完全に灰燼の山と化していた。ネモはともかく、教授が生きているとはとても思えない。いや、思えばさっきの火柱は不自然だった。ネモに照準を合わせた魔法の炎かも知れない。だとしたら、ネモも……。

 俺は崩れるように両膝を地に屈した。

 ついに帰るべき場所と、最後に残ったたった一人の仲間と、掴みかけた希望とを、全て同時に失ってしまった。


 その時、背中に突き刺さるような視線を感じた。集まった野次馬の中に覗く赤いフードの頭。その口元だけが亀裂のような笑みを浮かべる。

 あいつは……!

 俺が怒りに燃えて駆け出そうとした瞬間、胸ポケットでスマホが鳴った。一瞬そちらに気が逸れて、もう一度顔を上げた時には赤いフードは掻き消すように風景から消えていた。

 くそっっ!!!

 俺は胸ポケットからスマホを出しながら赤いフードが見えた場所に向かおうとした。が、その足が二歩、三歩とゆっくり歩いて止まる。着信の相手通知にこう表示されていたのだ。


 最愛の悪魔 ネモ


 おい! ネモ! 無事なのか⁉︎  教授は⁉︎

『はぁ〜いダーリン♡ 落ち着いて。二人とも無事よ。だからまずは涙を拭いて鼻をかんで』

 泣いてねーよ! 何があった⁉︎ 今どこだ⁉︎

『会って話しましょう。旧沖つ岬灯台近くの海岸よ。タクシーで来て。教授を送らないと』

 分かった。なるべく早く行く。確認するがそこは安全なんだな?

『珍しい。心配してくれてるの? 』

 教授の心配だ。お前は殺したって死なないだろ。


 ネモは電話口で愉しそうに笑った。スマホ越しにその笑いの吐息を耳元に感じて、俺は心底安堵している自分を発見した。


『大丈夫。安全よ。念のため姿隠しの結界も張ってるし』

 GJだ。俺が行くまで大人しくしとけ。やばそうなら迷わず逃げろ。いいな。

『アイアイサー・マイマスター。大人しくしておくわ。借りてきた猫みたいにね』

 ちゅっ、とキスの音を最後にネモは電話を切った。

 通りに出た俺はタクシーを捕まえると、初老の運転手に早口で行き先を告げた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 ネモが姿隠しの結界を解くと、今はもう使われなくなった沖つ岬灯台の下の海岸に、丸く切り取られた俺の事務所の部屋がやや斜めに傾いた状態で姿を現した。


 チューナーを外付けして騙し騙し使って来たブラウン菅のテレビも巨大なアイスクリームの盛り付けスプーンでくり抜かれたように球面の断面を晒して倒れている。

 来客用のソファーセットを中心に半径五、六メートルの球体型に切り取られた俺の事務所が、この海岸に飛ばされて来て、どすん、と置かれた感じだった。


 ネモ。お前が飛ばしたのか? この部屋の一部を。この海岸に?


「ええ。緊急避難措置よ。教授もいたから大雑把に範囲指定だけして転移の魔法を発動したの」

 なんでまた海岸に?

「転移先の座標をきちんと指定する暇がなかったのよ。時計塔のてっぺんに出なかっただけ褒めて欲しいわ」

 事務所を壊さないって約束したろ。

「非常事態を除いてって言ったでしょ」

 

 そこに青ざめた顔、乱れた髪の志垣教授が来た。だが、顔色こそ悪かったが、その顔は満面の笑みだった。……どういう状態だ? こりゃ。


 志垣教授。すみません。大変なことに巻き込んで。なんとお詫びをしたらよいか……。

「くぷぷっ、お詫び? とんでもありません必要ありませんよ。くぷっ。ネームハンターとその相棒の因果の悪魔と関わろうってんですよ? これくら、くぷっ、これ位のリスクは折り込み済み……くぷっくぷっくぷぷぷぷ……」


 俺はネモにだけ聞こえるように囁いた。


 お前。教授になんか変な魔法掛けたんじゃなかろうな。

「掛けてないわよ」

 じゃ、頭打ったりしてなかったか? どう贔屓目に見ても、なんだか様子が尋常じゃないぞ。

「大丈夫。顔色が悪いのは徹夜したからで、楽しそうなのは徹夜明けでいわゆるナチュラルハイなのと、志垣教授自身の嗜好によるものよ。はたから見れば一見異常だけど、本人の中では整合性のある帰結なの。ほっといてあげて」

 志垣教授自身の嗜好ってなんだ?

「それについて私は守秘義務を負うのよね。女同士の秘密って奴」

 ……まあ、お前も教授も無事だったんだ。細かいことはいいんだけどな。

「流石マイマスター。懐が大きくて助かるわ。一つ言えるのは、彼女、私たちが最初に思ってたよりずっといい人みたいよ」

 ネモはそう言いながらウインクした。

 俺は溜息を吐くと、虚ろな目で忍笑いを漏らし続ける不気味な美人教授に話し掛けた。


 教授。実は俺は、今回の爆発の犯人には粗方目星がついてます。奴の狙いは俺です。だから我々の側に居ては危険かも知れない。それに徹夜の取材で大分お疲れのようだ。タクシーを待たせてあります。代金は運転手に多めに預けていますから、今日の所は先にお帰りください。


「……仲間はずれですか? 」

 教授は小さな女の子のように拗ねた顔をした。俺は教授の意外な反応に、正直面食らった。


 いえ。そういうことではなく。またお話を伺うことにはなると思います。教授の知性を俺はかなり頼りにしていますから。


「ほんと? 」


 潤んだ瞳で上目遣いに俺を見つめる教授。戸惑った俺は助けを求めるように思わずネモを振り返る。彼女は知らないわよ、とでも言うようにちょっと肩を竦めた。


 本当です。相談した件、ある程度纏まったら完全じゃなくていいんで報せて下さい。携帯の番号とメアドは、先日助手さんにお渡しした名刺に書いてあります。色々落ち着いたら、俺からも必ず連絡しますから。


「絶対? 」

 ええ。絶対。

「じゃ、指切り」


 ……もうどうにでもしてくれ。俺は教授が嬉々として差し出す小指に自分の小指を絡める。


「ゆーび切ーりげーんまーん♬ うーそ吐ーいたーら針千本呑ーまーすっ♬ ゆーび切ったっ!!! 」


 指切りを終えて、にっこりと満足げに微笑んだ教授は、ばいばい、とネモに手を振るとスキップでタクシーに乗り込み、風のように走り去って行った。


 ネモ。本当にお前、何もしてないのか? なんか変なもの食べさせたとか。

「してないってば。ま、いつか教授の許可が貰えたら説明してあげるわ」


 うーむ。なんなんだよ……一体……。




ーーーーーーーーーーーーーーー


 アズサから連絡があった⁉︎


 海岸にソファを置き直し、それに腰掛けてネモから事の顛末を聴いていた俺は思わず大きな声を出した。

 ネモはわざわざテーブルを運んで来てソファの前に置くと、ままごとのように、無事だったティーカップやポットを並べ始めた。


「ええ……短いメールだけだけど。ほら」

 

『事務所 爆発 逃げて 今すぐ アズサ』

 ネモの見せるスマホの画面にはそう表示されてた。


 ……。

「ナナゴンから電話を貰う直前よ。かなりギリギリのタイミングだった」

 これじゃ、アズサ本人が送ったメールかわからない。

「そう思う。返信したけどダメね。エラーメッセージが帰ってくるだけ」

 

 こんな時、西四寺警部の協力が得られるなら、通信記録を辿って居所を突き止めらるたかも……いや、できないことをもしもで語っても仕方がない。実際ネモと教授は間一髪で助かったんだ。メールの送信者はアズサで、あいつは無事だってことが分かったと思おう。


 で、教授とはどんなやり取りをしたんだ? 心臓を分離する術はありそうなのか?

「イエスでもあり、ノーでもあるわね」

 えらく教授のことを気に入ったみたいだな。

「多少の語弊は恐れずに、簡単に説明するわね」


 ネモから説明された内容は、次のようなものだった。


 「人間の心臓と霊的コアの共有」という事態がどういう状態か。ネモの口から様々な専門用語がパレードのように行進したが、つまる所「因果律の共有」ということのようだ。


「悪魔・死の翼ーー朱雀は自分の霊的コアの因果律と橘アズサの心臓の因果律を縒り合わせて一本の糸にした、というわけね。どちらかに何か起きればその影響は直ちにに双方に波及する」

 どうやってそんなことを?

「魔法の根源は因果の制御なの」

 因果の……制御。

「普通、何もしなくても原因に対応した結果が起きるーー。それを捻じ曲げて通常起きない結果を導くのが魔法。自然界に起きうることは制御がたやすい。なにせ元から起きることなんだもの。けど、自然界で起きることが稀であればある程、その因果律を制御するコストは高騰する。三十度の坂は少しの労力で登れても、垂直の壁を登るのがすごく大変なように」

 道理だな。

「そうよ。私たちは、世間一般での『起こりにくさ』ーー因果律の制御のしにくさを坂道に例えて、因果律傾斜勾配、と呼んでるわ。傾斜が急なほど、高度な術理と大きな魔力コストが掛かる」

 霊的コアと心臓の因果律改変は、どのくらいのサイズの出来事なんだ?

「コアと心臓の因果合一に限るなら、教授と私の意見交換の中では、恐らく下級悪魔一体分くらいの生贄のインパクトで行ける、っていう見解よ」

 悪魔には悪いが、意外と低いコストだな。朱雀の教団は元々悪魔を材料にヤクを作ってたような連中だ。それ位の事は部屋の模様替えぐらいの手間暇なんだろうな。

「彼には記憶の悪魔・メメントゥを贄に、街の住人からあなたを思い出す力を奪う式を施術した前例もある。七篠名前捜索事務所の主任捜査員を拐かした手段は、下級悪魔を犠牲にした因果改変術で間違いないと思う」

 なるほどな……という事はその因果律を元に戻す為には、やはり下級悪魔を生贄にした儀式みたいなものが必要なのか。

「だったらいいんだけどそうはならないの。二色の絵の具を混ぜるのと、混ぜた絵の具を二色に戻すことを想像してみて。混ぜるのは簡単。分離するのは混ぜるのよりずっと面倒よね」

 ……つまり。

「誰かと誰かを出会わせることはそう難しくない。けどその二人を出会う前の状態に戻すことはとても困難。糸は自然に絡まるけれど、それを解く手間暇は高コスト。因果律を制御する魔法は……いえ、因果律を扱う魔法だからこそ、因果律の特性……エントロピー増大則に強く支配を受ける」

 ……下級悪魔の生贄どころじゃ済まないってことか。縒り合わさった因果の糸を解くコストは、一体どのくらいなんだ?

「それを計算してみましょう、って話をしてた時にお嬢ちゃんからメールが来たの」

 意外と低コストならいいんだけどな。腕時計一個分とか。

「……私の話、聞いてた? 」

 聞いてたさ。お前が言わんとすることも分かるつもりだ。現実に用意が可能な、下級悪魔以上の高級な生贄。この街の出来事に大きなインパクトを起こす因果の因子。それはつまり……。

「……それだけじゃ済まないと思う。札束を燃やしても黄金が手に入らないように、コストは費やせばいいってものじゃない。然るべき手続き……因果の専門家が一枚噛まないと。今回の場合、多分、噛んだ因果の専門家もタダじゃ済まない」


 その時、メールの着信音がネモと俺のスマホ両方から鳴り響いた。教授からだ。


『先程は取り乱し、失礼しました。

 このメールは七篠さんとネモさんに同時に送信しております。


 ご相談の件、結論から言います。朱雀と橘アズサの共有された霊的コア、心臓の分離には


 申し上げにくいのですが七篠さん。あなたを因果の弾丸に変えて、ネモさんの銃から撃ち出し、朱雀の霊的コアに当てる必要があります。


 計算した所、今回のターゲット事象、「コアと心臓の分離」に対して生じる因果律傾斜勾配は921度。こんな非常識な勾配を登り切るには、非常識な存在を燃料にするしか方法がありません。この街で最も非常識な存在は、街の名前の化身であるあなたに他ならない。因果を覆すインパクトとしては充分な非常識さだと思われます。


 勿論、これはとても残念なことですが、あなたは無事では済みません。あなたを撃ち出すネモさんも。


 ただでさえ、あなたは街の住人の記憶から消えて存在の因果が世界から分離し易くなっています。あなたを拠り所にするネモさんのこの世に対する因果も、七篠さんの存在の薄さに引きずられる形で薄くなっていると予想されます。

 お二人の因果の存在曲線の大半の部分はターゲット事象を引き起こす為のコストとして消費され、その存在自体を保てなくなるーー端的に言うと、消えてしまいます。


 更にそうなると、この街への影響も懸念されます。

 この街の名前であるあなたの存在は一種の重しとして、この街が世界から遊離してしまうのをある程度防いでいる筈なのですが、それが消えてしまうことで、街は益々現実的でなくなっていくことが予想されます。

 現実世界との行き来が困難になったり、より奇妙で不可思議な出来事が起き易くなったりするでしょう。悪くすると段々とその存在自体が薄れ、いずれ消えてしまう恐れもあります。

 あなたがよくご存知の、名前を失った被害者がそうであるように。


 添付した術式次第は七篠さんを因果回帰弾頭に変える為の概念式です。ネモさんなら、その意味がお分かり頂けると思います。


 七篠さん。お気持ちは分かりますが、上記の方法の実施には充分、慎重になって頂きたいと思います。

 私に信仰する神はありませんが、創造主が居て、この世の理を書き換えることができたら、と残念でなりません。


 あなたの賢明な判断を期待いたします。


ーー 流南大学 教授 志垣花子』



 ……やっぱりか。


 ネモ。これはなんだと思う?


 俺はおやっさんから貰った結晶の弾丸をネモに渡した。


「神聖属性の弾丸ね。かなり強い奇跡の力が込められてるみたい。奇跡に関しては専門外だから断言はできないけど、この弾にあの二人の心臓を分離するような力はないと思うわ。悪魔一体分の存在くらいは相殺できるかも知れないけど」


 ……悪魔を相殺。活かす為の一撃。あの紫の花は……そういうことか。おやっさん。だが、このジョーカー、どのタイミングで使うんだよ。


「なあに? どういうこと? 」

 どうも嫌な予感がする。ネモ。この弾はお前が持っておいてくれ。スティング・ビーの弾倉に入れちまったら、撃ちたい時に選んでは撃てない。

「私が変身した銃から撃つ気? この神聖属性の弾丸を? 」

 撃てないか?

「撃てるけど気は進まないわね。例えばチワワやコリー犬も食用にすることが可能だけど、食べたくはないでしょう? 」

 気持ちは分かるが選択肢がない。頼む。

「……次は何をおねだりしようかしら」

 新しいホウキを買ってやるよ。ターボとナビ付きのな。次があるなら、だが。

「本当? 確かに約束したわよ。欲しいホウキがあるの。トァハイト製マクスウェル魔石型飛行ホウキの今年のモデル。ちょっと高いけどいい? 」

 ほんとにあるのかよ……なんたらの首飾りといい、悪魔のそういうグッズってどこで買うんだ?

「今はもっぱら魔界の通販サイトね。Akumazonとか苦獄とか」

 首飾りより高いのか?

「同じくらいかしら。でも三割くらいは私が自分のポイントで払うわ。首飾りの時のをそのままにしてるから」

 好きにしてくれ。

「で、どうするの? マイマスター。我らが主任捜査員を助ける為には、私とあなたの命が必要で、助けたことが原因でこの街が滅ぶかも知れないわけだけど」

 ネモ。

「なあに? ダーリン」

 すまない。俺にお前の命、預けてくれ。


 ネモはふふっ、と笑った。


「そういうと思ったわ。いつものことだけど、かなり分の悪い賭けになるわね。分の悪さで言えば今までの中で飛びっきり。勝算は? 」

 今までだってそんなもん無かったろ。神……いや、悪魔のみぞ知るさ。

「私は知らないわよ」

 お前じゃねーよ。ラプラスの悪魔って奴。

「あー、あの四六時中サイコロ振ってる奴ね。あんまりしつこく言い寄ってくるから一回だけディナーに行ったことがあるけど、オードブルが来るまでに一人で笑って泣いて帰っちゃったのよね。若くて美男子だったし、仲良くなっとけば良かったかしら」

 知り合いなのかよ。に、してもそいつにはネモとのどんな未来が見えたんだ。


「中々面白そうなお話ですね」


 突然そいつは現れた。俺の対面に座るネモの隣に。赤いローブ。黄色い眼。そして亀裂のような笑み。


「海岸でティーパーティーとは乙な趣向だ」


 俺は咄嗟に立ち上がって銃を抜いた。同時にネモはトンボを切って飛び退くと唇に二本の指を当てて火焔の魔法を吹き付けようと動いた。


 パチン!


 指をスナップする音。

 奴の姿が消えた。変わりに空っぽだったテーブルの上のティーカップには、湯気の立つ濃い目の紅茶が現れた。


「私の計画が最終段階に入りましたのでね。お迎えに上がりましたよネームハンター」


 声は全く違う方向から聞こえて来た。俺の背後。少し離れた岩の上だ。

 ネモがスカートの裾を翻してくるりと回る。と、そこに全く同じ姿の三人のネモが現れた。一人のネモが倒れるように地に傾くと黒き豹となって奴に向かって地を駆けた。二人のネモは俺に背を向けて左右に寄り添う。

 俺はウィーバースタンスでスティング・ビーを構えると、タングステン=カーバイドの弾芯と鉛、アンチモニーのコートからなる弾丸を三発連続で放った。 

 600mの距離でコンクリートブロック二つを貫通する威力を秘めた硬芯鉄鋼弾は三条の軌跡を描きながら947.5m/sの速度で赤いローブの男に殺到する。

 奴はしかし、次々とそれらを左の掌で受け止め、弾き返した。

 そこに黒い疾風と化したネモが一声吼えて跳躍し、牙を剥いて踊り掛かった。


 パチン!


 指をスナップした奴は再び虚空に消えて、黒豹の獣牙の一閃は空を切った。黒豹はそのまま黒い霧になると、吸い取られるように俺の左のネモのドレスに溶けた。


「あそこよ」


 俺の右のネモが海の上を示す。

 海岸から50m程沖のビルの3階程の高さのところの空中に、奴はぴたりと静止して浮かんでいた。

 俺は照準に奴を捉え直す。だが正直、この銃で奴を倒すことは難しそうだった。


 なんだ今のは。魔法か?

「転移の魔法にしても発動が速すぎる。何かおかしい。撤退を提案するわ」

 賛成だ。俺を連れて跳べるか? どこにでもいい。時計塔のてっぺん以外なら。

「女神アルテミスのお恵みのお陰でね。ね、格安だったでしょう? 」

「それは困ります」


 その声はすぐそばから聴こえた。

 背中が泡立つ。

 海の上に奴の姿はない。俺もネモも完全に奴を見失っていた。

 

 パチン!


 世界が暗転した。



ーーーーーーーーーーーーーーー




 純白の世界。


 上も下も360度見渡す限り全てが白く、どこまでも薄明るい。足元をくたびれた革靴の底で蹴って確かめてみると、ダンスホールの床のように、かつん、という硬質な音が返って来た。


 微かにうぉーん、と響くような、空間音とでも言うべき空気の揺動。視界は限りなく薄明るい白で、室内か外なのかも判別が付かないが、かなり広い空間であることは間違いない。


 汗ばむ手で、おやっさんの形見の銃を握り直す。


 軍用ライフルの機関部を闇のガンスミスが半ば無理矢理に拳銃に仕立てた世界で唯一の銃。スティング・ビー。

 かつては易経の太母から授かった退魔の銀の弾丸が装填されていたが、彼女は既にこの世に亡く、弾倉にはタングステン=カーバイドの弾芯と銅、アンチモニーの合金からなる短い鉛筆型の弾丸が殺意を秘めて出番を待っている。コッキングレバーを少しだけ引いてエジェクションポートの隙間から装弾を確認した俺は、安全装置が外れていることを確認して両手持ちにした銃を下向きに携える。


 ふわ、と隣に黒いドレスの美女が立った。

 因果の黒猫……地獄からはぐれた悪魔が変じた俺の相棒、ネモだ。


 ……どう思う?

「さっきから魔力を全く感じない。悪魔や魔法の力とは何か別の理屈の空間ね。遠隔知を効果範囲最大で使っても少なくとも半径4、50キロはどこまでも一様にこの空間だわ」

 地獄のどこかか?

「確かに雰囲気は似てるけど違うわね。魔素はゼロ。逆に神素も皆無。神魔性変動も因果律傾斜勾配も行為則格率も完全にフラット。あり得ない。私が言うのもなんだけどまともな場所じゃない」

 じゃあ、天国?

「熱帯魚に星空のことを訊くようなことされてもね。見上げたことはあるけど、実際行ったらどんな感じかまでかは。天使なのが見た目だけでごめんなさい」

 魔力は使えるか? 真の姿には?

「多分大丈夫だけど、大気の魔素がゼロだし、手持ちバッテリーの範囲だけになるわね。チョーカーの残分を計算いれても大したことはできなそう。魔力をケチった小技ならある程度使えるけど、覚醒や合体したらいいとこ数十秒じゃないかしら」

 ここが奴の、計画とやらの正体なのか……?


「違いますよ」


 気取ったキザな声色。


「ここはその前段階。旅行に例えるなら発着口です」


 振り向けば真っ赤なローブを纏った男。傍らに白いローブを着た小柄な女を連れている。女は黙って俯いて目深に被ったフードの為にその表情は見えない。

 男はフードから頭を出す。

 シルバーブロンドの長い髪が溢れ端正な顔が露わになったが、その眼は爬虫類の様に黄色く、その表情は狂気を孕んだ笑みを垂れ流していた。


 ……名前獣悪用教団四天王、朱雀!


 俺は銃口を奴の眉間にポイントしながら叫んだ。秘術で自分の身を悪魔と化した奴に、物理弾頭が大した効果がないことを承知の上で。


「真理聖名教会です。七篠権兵衛」

 アズサに何をしやがった?

「何も。彼女はすこぶる元気ですよ。彼女が私と居るのは、彼女自身の意志です」

 アズサ! 無事か⁉︎


 項垂れていた女が顔を上げてフードを捲る。

 七篠名前捜索事務所唯一の正規スタッフ、橘アズサの哀しげな顔がそこにあった。

「探偵……長……」

 元気が取り柄の筈の女子大生は初めて見せる弱々しい様子で辛うじてそれだけを発声した。再び俯いた彼女の伸びかけの小さなポニーテールが頼りなく揺れた。


 待ってろ。今助ける!


 俺がアズサにそう言った直後、朱雀が小刻みに揺れ始めた。

 嗤っているのだ。


……何が可笑しい?

「何が可笑しい、だって? これが嗤わずに居られるものか。お前は何も解っていない。そこの下品な猫も。この世界の理は、今や私の手の中にあるのだ」

相変わらず妄想だけは一人前だな。

「妄想かどうか見せてやろう。私が手にした力の強大さを。そして教えてやろう。この世界の秘密ーー隠された真実を!!! 」


 奴は高らかにそう宣言すると、袖口から小さな何かを取り出してこちらに向けた。

 ヤバい!

 俺はその直感を信じて、奴が手にする小さな板状の何かに向けて、迷わずスティング・ビーの引金を絞った。


 激発の閃光。乾いた銃声。赤銅の弾頭が螺旋に回転しながら滑りーー出さない。


 ぱん、とクラッカーのような音がして、銃口からは玩具の黄色い造花が飛び出した。


 な……に……⁉︎


 勝ち誇る朱雀の笑み。


 ネモ! タグナイザーだ‼︎


 パチン!

 奴の指がスナップされる。振り返るとネモは、冷蔵庫ほどの氷の塊の内に閉じ込められ驚いた表情のまま凍てついていた。


 朱雀……てめえっっ!!!


「ふふふふ……はははははは……ハァーッハッハッハッ……! その顔ですネームハンター! あなたのその顔が見たかった」


 俺は銃口から間抜けた花を千切って捨てると、銃ををホルスターに納めた。


 教えろ朱雀。ここはなんだ? お前のその力は?


「……以前にも一度聴きました。この街の名前を知っていますか? 」

 質問を質問で返すな、と教わらなかったか?

 ……街の名前は過去に失われた。その名前を知る者は、今はいない。

「だが呼び名自体はある」


 ……空想の、街。


「そう。空想の街に我々は生きて暮らし、そして死ぬ。世界に例のない奇妙な街だ」


 何が言いたい?


「この街は、空想の街」

 しつこいな。

「では、誰の? 」

 ……は?

「誰の空想なのです? 」

 何を言ってるんだ? お前は。


 朱雀はつかつかと歩くと、アズサのローブの襟首を掴み、引き上げた。アズサは小さく悲鳴を上げて、泣きそうな顔で項垂れる。


 乱暴はやめろ、朱雀!

「先に理不尽な目に遭わされてのはこっちだ! 私にはこの女に何をしてもいい権利がある! 解るか⁉︎ 七篠権兵衛! この街を生み出した者! 空想の主! お前をこの街のヒーローに設定し! 私と父を憎むべき悪役に仕立てた‼︎ こいつが! この橘アズサが全ての元凶なのだ……!!! 」



 ……馬鹿な。アズサ、何か言ってやれ。


 アズサは潤んだ目でこちらを見つめる。その唇が何かを言いかけて開いたが、震えながら閉じる。


 ……そんな訳ないよな? 違うだろ。この世界がお前の空想? なら、俺が全ての住人から忘れられたのも、百段階段のおばばが死んだのも、お前が考えたことだってのか?

 いや、それだけじゃねえ。

 お前が攫われたのも、心臓を朱雀と共有してるのも、ネモが凍らされたのも、俺がこうして窮地に陥っているのも、お前のアイデアか?


 「探偵長……私……」


 おやっさんのが死んだのも、敵として俺の前に現れたのも、お前の仕業なのか? 答えろアズサ!


 アズサは答えない。俯いて震えるだけだ。


 俺は……お前が創作した架空の人物、なのか……?


 前髪で目元は見えない。だが、頬に伝う滴が光を反射してきらりと輝いた。

 その輝きは、朱雀の言葉が真実であることを暗に肯定していた。


 この街が……アズサの、空想?

 この街で起きた様々な悲劇が、アズサのシナリオ……?

 この俺が、実在しない架空の……存在……?


 頭が働かない。急に世界が俺から遠退いていくように感じた。


「ここがどこか、という質問でしたね。ネームハンター」


 朱雀はアズサを突き飛ばすと、俺に手の中のスマホを示した。


「ここは『新規文書』です。この女の、携帯端末のね」


 新規……文書……。


「空想の街と、本当の現実世界の狭間……。まだ何も決まっていない世界。この女の創作の人物である私ですら、この端末から好きに世界を改変することができる。例えば、このように」


 目の前に石畳があった。時計塔が、広場があった。街路樹が。屋台が。見慣れた街の風景があった。だが、その街には人っ子一人いない。完全に無人の街だ。

 朱雀とアズサ、俺の三人を除いて。


 何故だ。アズサ。何故俺を……この街を危機に陥し入れるような話を創る。朱雀に携帯取られてるんじゃねえ。こいつをもっと頭の悪い、弱い悪党にすればいい。捕まえたヒロインのお前に蹴られて泣くような情けない悪役に。


 アズサは黙って泣き続けていた。


「やはりあなたは馬鹿ですね。七篠権兵衛」

 作者がそう設定したもんでな。

「それが創作者というものなのですよ。主人公に都合良い、生ぬるい展開では自分が納得しないのです。内なる自分が、自分を責め続けて眠れなくなるのです。一度思いついた衝撃の展開を決して自分で裏切ることができない。例え自分の愛する作中人物や、話を続けて考える自分自身が、酷く苦しむことになろうとも」

 お前はどうする気だ。朱雀。ここが空想の世界である以上、どこまで行っても架空の人物だろう。俺も。そしてお前も。

「その通り。だが私は少し事情が違う。今、この物語を書いているのは私。『ネームハンター7 〜The nameless orchestra 〜 』の作者は私だ。その因果律を足掛かりにして、私は跳躍する。空想の街の、作者たちの世界へ」

 作者……たち?

「そうとも。どうやらこの街の物語を紡いでいるのは、一人や二人ではないらしい。沢山の人間の共同幻想……それがこの世界の正体だ」

 向こうの世界でこの街の同人誌でも出すのか?

「悪役の本分を果たすのみだ。この街を殺す。それを紡ぐ作者たちを殺すことでな。私を貶め、父を殺し、悪としてしか生きる事を許されなかった。それが私の復讐だ」

「探偵長! 」


 アズサが叫んだ。

「私は! ……本当の私は、病弱で内気な、なんの取り柄もない地味な女の子なんです。毎日病室の窓から変わり映えしない景色を見てるだけ。あなたは、あなたたちは……この街での私は、私の夢。ううん、理想の私。空想だけど、嘘じゃない! 七篠権兵衛! あなたは存在しない虚構じゃない! あなたは私の中で生きている! あなたやネモさんは、いつも、私が思ってもないセリフを言い、私の予定にない振る舞いをする! 世界は私が作ったかもしれない。でもあなたの心は! あなたが生きて来た時間は! あなただけの……‼︎ 」

 かはっ、とアズサが血を吐いた。

 その胸から白銀の刃が血に濡れて突き出している。次の瞬間その刃は引き抜かれ、アズサは糸の切れた人形のように地に伏した。無人の時計塔広場の石畳の上に、真っ赤な血の染みが広がっていく。


「まず、一人」

 俺が彼女の名を呼んで駆け寄るのと、血濡れた剣を手にした朱雀がそう呟くのが同時だった。


 アズサ! アズサ! しっかりしろ‼︎

「探偵……長……」

 抱き上げるとひゅうひゅうと掠れた息をしながら、アズサが真っ赤な目で俺を見た。

「笑って……ください……私、自分で書いた……お話の主人公に……恋を……」

 喋るな。お前はこの世界の創造主だろ。朱雀は急所を外した。足を滑らせて転んで死んだって書けばいい。

「スマホ……盗られちゃった……もう、お話……書けない……」

 馬鹿! 死ぬなアズサ! 作品やファンにならともかく、作中人物に殺される作者なんて聞いたことねえぞ!

「最後に……お願いよ、七篠……権兵衛」

……アズっ、おいっ!

「口付けを、ください」


 俺はアズサを見た。アズサも俺を見た。初めて交わす彼女との口付けは、温かい、血の味がした。


 アズサは微かに微笑むと、かしゃん、と硬い音を立てて無数の細かな結晶に分解した。それを捉え、留めようとする俺の試みは、全て失敗した。


 朱雀は胸に手を当てて、天を仰いだ。

「お父さん、見ていますか。あなたの復讐の一つは今、成りました」


 アズサと心臓を共有してるお前が、何故ぴんぴんしてやがる、朱雀……。

「過去の些末な設定にこだわっては面白い話は書けないのだよ、ネームハンター。創作に使う端末は私の手に有り、古き語り手は退場した。今や私が真のこの世界の作者……創造主そのものなのだ」

 認めねえ。お前が創造主だなんて認めねえ。十億歩譲ってお前が創造主だったとしても!


 俺は お前を 許さねえ。


 朱雀は高らかに笑った。

「貴様に認めてもらう必要などない。勿論許してもらう必要もな。貴様はただでは殺さないぞ。そうだな……貴様をミミズに変えてやろう。無人の街の、石畳の上で、苦しんで! 干からびて死ね! お別れだ、ネームハンター!!! 」


 朱雀は手の端末を操作すると俺にかざした。黒い光が俺を包む。

 見る見る俺の体はその姿を変えて、小さなミミズに









 ……なってたまるか。


「……なに⁉︎ もう一度! ミミズになれぇっっ!!! 」


 繰り返し端末を操作する朱雀。だがその記述は、もはや俺になんの影響も与えなかった。


「ば、馬鹿なっっ⁉︎ 何故‼︎ 」


 キャラクターが、作者の思いどおりに動くと思ったら大間違いだぜ、朱雀。


「なんだと……? 」


 アズサが最期に教えてくれた。アズサに取っての俺がそうだったように。お前がそうだったように。そして今。お前に取っての俺が、そうであるようにな!

 

 その時。時計塔広場に切ないエチュードが響き渡った。

 ヴァイオリン……? これは! 銀氷のエチュード‼︎

 パープルのコンサートドレスの女が、時計塔のてっぺんでヴァイオリンを掻き鳴らす。


「悪党にされるがままとは、だらしないわね! 七篠権兵衛! 」

 お前は! おやっさんの実の娘、九条八千代……⁉︎

「事情はメールで聴いたわ。アズサさんはこうなる事を見越してた。街の住人じゃない私は、あなたを忘れてはいない。そして私が弾く悪魔のヴァイオリン・ヴィソラビバリウスが奏でる魔力の歌は、街の記憶を最大限に活性化する」

 掻き鳴らされる曲はエチュードからブルースに変わった。

 どこからともなくざわざわと物音が聞こえてくる。それは確かな喧騒となって四方から近づいてくるようだった。それに伴って、無人だった空想の街の風景に人影が……影は透き通った人々の姿となり、次第にはっきりとした像を結んで、時計塔の前の広場はいつもの賑やかな風景を取り戻した。


「やあ! ネームハンター。七篠君。君も出店巡りかい? 」

 そう声を掛けて来た白衣のメガネは、俺がいつも世話になる病院のドクターだった。後ろに茶髪の小柄な看護婦を連れている。


 ……ドクター。俺を憶えているのか?

「何言ってるんだ七篠君。僕と君の仲じゃないか。僕は君を忘れたりなんかしないよ」

 ……嘘つけ。

「ごきげんよう。七篠さん」


 今度は黒服のボディーガードに付き添われた輝くシルクの紅いドレスを着て日傘を差した令嬢が声を掛けて来た。この街有数の資産家、渋鯖家の令嬢、渋鯖ルビィだ。

「ご無沙汰しております。その節はお世話になりました。銀氷見物ですか? 」

 ご機嫌麗しく。御令嬢。ちょっとした野暮用で。ところで俺をご存知で?

「物覚えはいい方ではありませんが、流石に命の恩人を忘れたりなんかしませんわ」


 朱雀が狼狽した様子で後ずさる。

「ば、馬鹿な! お前を思い出す力は、私が残らず奪った筈! 」

「あなたは何も解ってないわ。愚かな死の翼」

 時計塔の上でブルースを掻き鳴らしながら、八千代は朱雀に言い放つ。

「なんだと⁉︎ 」

「街には街自体の記憶がある。そしてそれを呼び覚ます力も。音楽が思い出と結び付いて、度々人々の中に時を超えた記憶を呼び覚ますように。街は忘れない。自分の名前の化身の記憶を。そして街は呼び覚ます。人々に。彼らと共に生きて、暮らしてきた二枚目半の名前捜索人の記憶を。これは、私がネームハンターの為に作った曲。この空想の街の唄。タイトルは……」


 旋律は一層力強く辺りに響き渡った。そしてその効力が波紋のように街全体に染み渡って行くのを、俺は確かに感じていた。


 「ネームレス・シティ・ブルース」


 朱雀はスマホを投げ捨てると俺に憎悪の視線を投げつけた。

「おのれ! おのれ七篠権兵衛! こうなれば、私が直接引導を渡してくれる!!! 我が身に宿れ原始の牙よ!!! 暴君竜王、Tレックスよ!!! 」

 轟く雷鳴と共に、黒い稲光が朱雀を撃った。

 燃え上がるローブの内側から、黒い塊がむくむくと膨れ上がる。それは時計塔と同じ高さにまで伸び上がると、巨大な禍々しい獣の形をとった。

 ジュラ期の悪夢。ティラノサウルスレックス。相対するのは三度目だが、今回の奴は内に悪魔を内包する為か、色は赤黒く、体のあちこちに鋭い棘のようなものが生えている上、大きさは今までの王竜の三倍はあった。

 広場のそこかしこから悲鳴が上がる。屋台が出したテーブルはひっくり返り、誰かが手放した風船が宙に舞う。

 一歩。二歩。

 確かめるように脚を踏みしめた奴は、窓が割れる程の勢いで天に向かって高々と咆哮した。

 

 俺はジャケットを脱いでガンベルトを放ると、ネモが閉じこめられた氷の棺に右手を当てた。


 いつまでサボってる。ネモ。魔力は残ってるか? 二十秒。いや、十秒でも構わねえ。あいつだけは必ず倒す。

 ……この俺が。

『俺たちが、でしょう? 』

 びしり、と氷にひびが入る。

 当てた掌からは一足早くネモの魔力が流れ込み、俺の身体は炎を上げて燃え上がった。脱いだジャケット以外の服が瞬く間に消し炭になる。俺が当てた掌から、また内側のネモからぎゅうぎゅうと軋みを上げて氷は溶け、遂に粉々に砕けて、中のネモを解き放った。


 毎度毎度、服はなんとかなんねえのか?

「みみっちいこと言わないで。ダーリン」

 俺と重なれ。ネモ。合体だ。

「愛してるって言って。マイマスター。そしたら私、頑張っちゃうから」

 愛してるぜ。ネモ。お前は俺の、最愛の悪魔だ。


 その言葉にネモは一瞬心底驚いた顔をした。そして顔を赤らめると潤んだ眼を細めて甘い吐息を漏らしながら何かに耐えるように身悶えした。


 ……早くしろ。

「せっかちね。女には準備ってものがあるのよ。我が召喚に応じよ! 人界の智。狂学の乙女。従順なるネモが下僕。キャンディ・メイカーよ! 」

『イエス。マスター』

 石畳に輝いた魔方陣から光と共に現れたのは、髪を雑にゴムで縛ってジャージを着た若い女だった。


 まてよ、この女どっか見覚えが……。


 あ!!! 志垣教授!??


「彼女がどうしてもっていうから名前を与えて主従の契約をしたの。彼女昔から、私とナナゴンの大ファンなんですって。男性に嫌な思い出があって、場に男性がいると態度が必要以上に高圧的になっちゃうって悩んでるそうよ」

 嬉しそうに顔を上げた教授は悲鳴を上げて掌で顔を覆った。だがその指と指の間からの視線を、俺は全身で感じていた。

 

 で、なんで今ここに志垣教授なんだ?

「持ってきた? 」

「勿論ですマイマスター」

 手袋をした教授の手が、ネモに透明のシリンダーを渡す。その中で明滅する黒い渦。


 ……魔素の結晶。


 ネモはきゅぽん、とシリンダーを蓋する装置を取り外すと、中身が漏れないように一気に吸い込んだ。


「あ……はぁん……」

 まだか。ネモ。あいつ暴れ始めてるぞ。

「お待たせ。ダーリン。力を抜いて。全て私に委ねて……」

 ネモは巻き付くように俺に抱きつくと俺を呑み込むような勢いの濃厚なキスをした。


 その唇の接点から、世界が反転した。


 漆黒の肌。筋肉のうねりに沿って体表を走る幾条もの蒼い光のライン。ネモと俺は一人の魔人の姿に重なった。

 

『聴こえる? ダーリン』

 手間暇掛かり過ぎだぜ。行くぞネモ。コントロールをこっちに寄越せ。


 次の瞬間、俺の姿はソフト帽とスーツのいつものスタイルに逆戻りした。だが体そのもの……いや、スーツや帽子も含めた俺全体が蒼い光を纏っている。

『今回は魔力に余裕があるから、こういうサービスも可能なの。やっぱりこの方があなたらしいわ。ナナゴン』

 その呼び方はよせ。

『全力で行くわね。制限時間は回路接続から17分程度。大丈夫とは思うけど、リミット間際になったらカウントする』

 頼む。

『前回よりも循環魔力量が増えてる。余計なものまで壊さないように、加減に気をつけて。今のあなたは言わば、スーパー七篠権兵衛よ』

 OK。相棒。

『今はあなた自身だわ。準備はいい? マナモーター・フルドライブ。カウント・スタート』

 地を蹴って跳躍した俺は恐竜の頭を目掛けて跳び、挨拶代わりのパンチをその鼻先に食らわせた。

 大きく仰け反った太古の凶獣は怒りに燃えた眼で俺を睨むと、大型バス程の巨大な尾を、体ごと振り回して俺を薙ぎ払おうとした。


 止めるぞ。ネモ。

『了解。イナーシャルキャンセラ全開。グラビティアンカー投錨』

 唸りを上げて迫る推定10トンの尾の一撃はしかし、俺が差し上げた左手でぴたり、と止まった。


 このまま投げ飛ばす!

『野蛮ねえ。パワーアシスト全段直結。ランディングネイル、アイゼン、ロック。グラビティアンカー巻き上げ用意よし。行けるわ』

 うおおおおっっ!!!


 俺は悪魔の竜の尻尾を爪を立てるように掴むと力任せにその巨体を放り投げた。竜は悲鳴を上げながら地を砕いて落着する。だが、見る限り対したダメージは与えていないようだった。

 体を起こした奴はくえっ、くえっ、くえっ、っと甲高い鳴き声を繰り返し上げた。

 

 するとどうだろう。街の様々な場所から人間大の色々な種類の恐竜たちが姿を現した。


 なんだ? 何をしやがった。

『自分の眷属、角度の悪魔を呼んだのね』

 角度の悪魔?

『破壊本能だけの低級悪魔よ。45度以下の角度を成す角から現れるの。面倒なことになったわね』

 こおーん、とネモが探信魔波を打つ。円を描いて広がったそれは、街中に現れた恐竜型悪魔の存在を俺に感知させた。ざっと四、五百匹は居そうだ。小さな恐竜たちは逃げ遅れた広場の人々に襲いかかり始めた。

 くそ! 俺一人じゃ……!

「きゃあっ」

 鳴り止むブルース。顔を上げれば九条八千代がいる時計塔の屋根の上にも数十羽の翼竜がたかって彼女をその嘴に捉えようとしていた。

 くっ! どうすれば⁉︎


 けたたましいサイレンの音を伴った車列が時計塔広場に踊り込んで来たのはその時だった。

 パトカーの窓からニュッと突き出したライフルの銃身が、力強い銃声を上げて火を吹いた。 

 腰を抜かしたドクターに襲い掛かるラプター型の悪魔が、ぱっ、と灰になって風にほどけた。


「逃げ遅れた民間人を避難誘導だ。小型の悪魔は排除しろ! 」

 後続の部下達に命令しながら、退魔ライフルを携えてパトカーを降りて来たのは、東署強行犯係・西四寺警部だった。


 警部!

「遅くなった、七篠。魔導急襲班を連れて来ている。雑魚は任せろ」

 四台のバンから次々に降りて来た黒づくめの魔導武装警官達は訓練された流れるような動きとチームワークで、跋扈する下級悪魔どもを淡々と処理し始めた。

 同時に、時計塔の上でも銃声が響いた。撃たれた飛竜は頭を丸ごと失って、錐揉みしながら落下してゆく。

 見上げれば怯える九条八千代の隣に、モノトーンの幾何学模様のスーツの男が立っている。白く輝く、見慣れない大型拳銃を手にして。


 八千代の唇が「おとうさん」の形に動いた。

 男は口元だけで笑うとソフト帽を深くかぶり直し、左手にも拳銃を構えた。周囲の光を全て吸い取るような漆黒の大型拳銃だった。

 辺りに連発花火のような音が鳴り響くと、空を舞っていた原始の爬虫類は、もう何処にも飛んではいなかった。

 

 おやっさん……。


 八千代は父親の魂に一礼すると、ブルースとは打って変って勇壮な交響曲の主旋律を弾き始めた。


 気がつくと、広場の真ん中にひょこひょこと歩み出る小さな人影があった。

 その向こうでは仲間を呼び終えた竜の元締めが、次の攻撃に移ろうと俺を目掛けて身構えていた。俺と奴との直線上に、丁度その老婆が居た。


 あぶねえぞ婆さん!


 奴が地響きを上げて突進する。その一軒家サイズの脚が、婆さんを踏み潰そうとした。

 舌打ちした俺は地面すれすれに跳躍して、奴の脚と地面との間に、自分をつっかえ棒としてねじこんだ。

 奴は俺ごと婆さんを挽肉に変えようと、俺が支える脚にぐいぐいと体重を掛ける。足元の石畳が割れて、俺は膝まで地面に埋まった。


 長くは持たねえ! 逃げてくれ、婆さん!


「生憎そうは行かんのさ、ゴン坊。わしが成そうとしておる術は街の中心。太極のへそたるこの場所からしか発動できんでの」


 ……その声は、おばば! 百段階段のおばばか⁉︎

「意外と早く再会したねぇゴン坊。さあ、片付けちまおう。死者の祭りをこれ以上滞らせちゃいかんだろうよ。四十秒だけ、もたせておくれ」

 分かったぜ、おばば。

 ネモ。飛ぶぞ。

『ウイング展開。AMBAC高機動設定。ディーンドライブ、ブート。発進どうぞ』

 光の翼を羽ばたかせ、俺は奴の脚を持ち上げながら舞い上がった。たまらず恐竜界の大スターはもんどりうってひっくり返り、激しく地面に体を打ち付けた。よろよろと起き上がった奴が俺を睨んで低く唸る。すると奴の全身を覆う棘という棘が、全て逆立つように起き上がって、その先端を俺に指向した。


『アクティブディフェンス! ベビーネモ、リリース! 回避推奨コースを視界に重ねるわ。当たらないでね』

 ぽむぽむぽむっ、と掌サイズの二頭身のネモが三体現れて、俺の周りを周回し始めた瞬間、凶相の魔竜の体中で連続して小さな爆発が起きた。爆発の起きた場所から次々と大小の棘が発射され俺を追いかける軌跡を描きながら音速に迫る速さで殺到する。

 俺はネモの提示した回避コースをなぞるように飛翔してその歯牙を躱す。更に俺に追いすがる悪魔の棘を、ベビーネモ達は場所を入れ替えながら細い光線を放って次々と迎撃、撃墜する。俺が全ての棘を避け切った瞬間、広場の地面が明るい輝きを放った。いや、違う。上空から見ると、街全体が八角形の図形を象って輝いている。

「清化浄成! 」

 おばばの声が響き渡ると、街に溢れていた小型の悪魔達の気配が一斉に消えた。目に見える場所では、醜い恐竜達が次々と灰に変わり崩れたり風に消えたりして散っていった。

 Tレックスが悲痛な絶叫を上げる。

 おばばが発動した浄化の術で、力を削がれているのだ。


 ネモ。魔力を足に集中だ。貫くぞ。

『またそれなの。コース固定。ボーリングフィールド形成。出力最大』


 俺は宙を旋回して加速を得ると、よろめきながら唸っている巨大な獣目掛けてキックを放つ。


『ブースト』


 どん、と突き飛ばされたように加速が掛かる。足先に傘型の雲ができ、ぱんっ、と音を立てて霧散する。その瞬間、つかえが取れたように俺の体は更に加速した。


 ちゅど、と湿った音を立てて俺は太古の巨獣の体を一瞬で貫いた。


 ぐえ、と詰まった息のような声を上げて、暴君竜王は大量の濁った血を噴き上げた。と、次の瞬間、四方に雷を放ったTレックスは、体に幾つもの亀裂を走らせ、その亀裂からも大量の血を吹き出した。それが収まるときっかり一呼吸おいて、その体は大音響とともに木っ端微塵に爆発四散した。


 俺はジャケットの裾を翻し、帽子を押さえながら着地する。


 ネモ、残り時間は?

『あと二分ちょっと。意外とギリギリだったわね』

 地面に降り立った俺から、ぽんっと煙を上げてネモが分離する。

 スーツはそのままだった。

「服はサービスよ。あースッキリした」

 変身前にジャケットを脱げば変身の度にジャケットが増えるのか?

「そうはならないわ。今回みたいに魔力の有り余る状態での変身は滅多にないから」

 魔素の結晶があるんだろ。

「使い切ったもの」

 使い切った? 今の一回の変身でか? 街を百回更地にできるエネルギーを?

「あのオバケ恐竜に言ってよ。強力な多重防御結界を中和しながらの魔力白兵戦よ。これでもかなりやりくりしたんだから」

 

 その時、石化して山となった凶獣の死骸が、音を立てて動いた。はっ、としてそっちを見ると、瓦礫を押しのけて、ぼろぼろのローブを纏った血まみれの男が姿を現した。


「おのれ……ネーム……ハンター」

「往生際が悪いわね。冥土のお土産に、岩をも溶かす熱いベーゼを……」

 待て。ネモ。


 俺は瓦礫を踏み越えて、朱雀に向かって歩いた。その途中で、画面にヒビの入った、ピンクのカバーのスマホを拾う。


 朱雀……。

「何故! 何故貴様なのだ! 同じ孤児で、拾われて育った! 親に才能を見出され、悪魔を供にして仕事をした! 私とお前と何が違うのだ! 何故お前はヒーローで勝者なのだ! 何故私は邪悪で、敗者なのだ! 答えろ! ネームハンター!!! 」

 それは何故お前がお前なのか、って質問か?

「…………」

 分からねえよ、そんなこと。

「嘘を付け! 分かっている筈だ! あの女が……あの女が……! 」

 だってお前はアズサの意図を離れて動けたじゃねえか。俺だって。お前の思うようにはならなかった。違うか?

「それは……」

 本当にこの街が誰かの空想の街で、俺たち全員がその想像上の人物だとしても、だ。俺たちが俺たち自身の意思で動けるなら、普通の……本当の現実の世界となんの違いがある?

「……しかし! 」

 ああそうだな。俺は確かに育ての親に恵まれて、お前はそうじゃないかも知れねえ。だけどそんなことは世の中にはザラにあることだろう? お前がそうなったのは親のせいか? 友達のせいか? 社会のせいか? 世界を創った誰かのせいか? お前自身の選択で、別の道を選べる分岐点が本当になかったか? 

 ……結局誰もが、本当の意味での自由意思なんて持っていない。誰もが、理不尽な運命に左右されながら生きるしかない。その中で精一杯考えて、行いを積み重ねてゆくしかないんだ。


「……もう遅い。私は選んでしまった。この身は既に人ではない。世界を記述するすべも失った。幾つもの分岐点で、私は私を滅ぼす選択肢を選び続けたのだ」

 果たしてそうかな?


 空に向けて右手を銃を握る形にして差し伸べる。察したネモは空中でくるりと回転すると、曲線で象られた優美な因果回帰銃・タグナイザーに変わってそこに収まった。

 俺は撃鉄を起こすと、朱雀の胸を狙って照準を合わせた。


「何をする気だ。七篠権兵衛」

 ……さんを付けろよ。馴れ馴れしいぜ。


 撃発の閃光。だが、銃声はない。タグナイザーの銃口からは嵐のように細かな光の粒子が吹き出した。それは荒々しく朱雀を翻弄し、洗うように渦巻いて、光の速さで飛び去った。朱雀は声にならない悲鳴を上げた。

 全てが終わった時、血まみれの傷だらけの青年の瞳は、獣じみた黄色いそれではなく、知性の光を宿す碧眼に戻っていた。


「こ……これは……まさか! 」

 荒く息をする青年は自分の体を確かめて、そこから悪魔の魔力の一切が消滅したことを知った。


 ヒソップの花言葉は浄化。悪魔と交わった魔人を人間に戻す浄化の弾丸……ヒューマナイズ・ジョーカー。


「殺さないのか、私を」

 朱雀はがくりと膝を地に屈する。


 さっきまではそのつもりだったが気が変わった。そんなことしても、あいつも喜ばない気がするしな。他の奴はどうか知らないが、俺は、お前の罪を許すぜ。名前獣悪用教団四天王、朱雀。


「真理聖名教会だ……何度も言わせるな、この……ク、ソ、ヤ、ロ……ウ」

 ばたり、と朱雀は倒れた。


 これでいいんだろ? 親父。


 時計塔を見上げると、ヴァイオリンを携えた九条八千代に寄り添うように、モノトーンのスーツの男が立っている。男は帽子のつばに、つ、と手をやって、敬意を示す動作をした。


 そして空一面が煌びやかな輝きを放った。氷涼祭名物、「銀氷」が降り始めたのだ。

 戦いの跡も生々しい時計塔広場に。怪我の手当てを受ける怪我人に。非常線を張って混乱の収拾に当たる警官たちに。燻る瓦礫に。時計塔の屋根に。空想の街の全ての屋根に。光っては消える儚い氷の結晶は、風に踊るように揺らめきながら、しんしんと降り注いだ。


 急に体中に疲労感を感じた俺は、ぼーっとする頭に何の考えも持たないまま、降りしきる銀氷に手を伸ばした。触れれば消えるってことは、幼い頃から知っている筈なのに。

 だが、俺のその思いに反して、一つの銀氷が俺の指先に触れた。


 その瞬間、世界が眩しい、白い輝きに包まれた。



ーーーーーーーーーーーーーー


「探偵長。……探偵長! 」


 聞き覚えのある声に呼ばれて、俺が気がつくと、そこは見知らぬ病院の待合スペースだった。俺はパジャマ姿の老人や咳こむ子供を抱く母親に紛れて、臙脂色のビニールのソファに腰掛けていた。

 行き交う看護婦。車椅子。ストレッチャー。呼び出しのアナウンス。電話のベルの音。全てがどこか遠く感じる。だが目に映る景色は一様に煌びやかに光を放って輝いていた。

 なんだ、ここは。俺は、一体……?


「こっちですよ。探偵長」

 アズサ! アズサか? 無事なのか?


 声だけは聞こえるが、姿は見えない。


「階段を上がって。三階です」

 階段……。


 俺はどこかふわふわする足で階段を登る。


「左に曲がって。右手の並びの七番目の部屋です」


 307号室。ネームプレートは何故か強く光が反射して読み取れない。俺はドアを開けた。長期療養者向けの、一人用の病室だった。

 ベッドに掛けていた少女がこちらを向く。口元は辛うじて見えるが、顔全体はどういうわけか逆光になってよく見えなかった。だが体つきは、俺の知ってるアズサのものではなかった。手も、足も。薄い夜着越しに伺えるその体格も。抱きしめれば折れてしまいそうな、やせ細った病人のそれだった。


「ようこそ。私の病室へ。驚きました? これが、本当の私です」

 アズサの声がそう告げる。目の前の少女は恥ずかしそうに俯いた。

「見てください。これ」

 アズサの声に合わせて、少女が窓際の何かを示す。そこにあるのは、フェルトで作られた、二頭身の俺たちのマスコットだった。

「これが探偵長。これがネモさん。こっちは朱雀に、怪盗二十名称。見てこれ。仮面は外せるんですよ。すごくないですか? ……そしてこれが」

 少女はポニーテールの元気そうな女の子のマスコットを、俺とネモのマスコットの間に置いた。

「……私」

 俺はポケットから画面にヒビの入ったピンクのカバーのスマホを取り出し、目の前の少女に渡した。


 もう来ないのか? 空想の街には。二度と会えないのか? 俺たちは、橘アズサと。


「だって私、死んじゃいましたし」


 構わねえじゃねえか。俺だって何度も死にかけた。一度は地獄にも落ちた。それでも何もかも乗り越えてハッピーエンドになるのが、空想のいいところだろ。


「反則だと思うんですよね、作者が、主人公チームの一員にいるってのは。しかもそれが、作中人物にばれちゃって」

 俺は気にしないぜ。

「私が……嫌なんです」

 それでいいのか、本当に。

「はい。私なりの、けじめ……っていうか」

 アズサ、俺は……。

「私のスマホ、ありがとうございました。お礼に街と事務所は、綺麗に元通りにしておきますね。他の作者さんのお話と、整合が取れなくなっちゃうし」

 アズサ、聴け。俺はお前に……。

「大丈夫。あなたが生きている限り、私も生きているんです。あなたたちの、すぐ側で。だから泣かないで。七篠権兵衛。私の……ネームハンター」


 馬鹿が。俺が泣いてるってことは、お前が泣いてるってことだろう。だって俺は……俺たちは……。


 ふ、と足元の床が消えた。真っ暗な虚空。息を呑んだ俺はなす術なく落下する。輝く病室に手を伸ばしたが届く筈もなく、ベッドに座る少女の姿はあっと言う間に小さくなった。

 アズサ!!!

 返事の代わりに、彼女が手にしたポニーテールの女の子のマスコットが、彼女の手に動かされて、小さくバイバイをした。


 無限の落下と暗黒の中で、俺は意識を失った。




ーーーーーーーーーーーーーーー

 7月3日

ーーーーーーーーーーーーーーー




 薬っぽい匂い。


 糊の効いたシーツの感触。


 目を開けると白塗りの天井。

 賃貸事務所の二階じゃない。


「あ、気がつきましたか」


 茶髪の小柄な看護婦には見憶えがある。

 第一東西病院。

 「だいいちひがしにしびょういん」と読むその病院名は捻くれた医院長のセンスの賜物だ。


「おはよう七篠君。気分はどうだい」


 看護婦と入れ替わりに現れた短髪眼鏡痩身長身の白衣の男は、これ見よがしに爽やかな笑顔でそう言った。


 ……おはようドクター。正直悪くないんだ。なんだか懐かしくてうっすら喜びすらある。


「なんだか良く分からないが気分がいいなら良かったじゃないか」


 けどなんだかそれが不快でもある。


「複雑な乙女心だね」


 乙女じゃねえよ。


「どうだい。新しい水素血漿パックの具合は? 」


 水素血漿パック?


 見ると俺の腕には点滴が入れられていて、スタンドに下げられたパックには「活力爆発! 水素含有量12万倍! 」と書かれている。


 すぐ抜いてくれ。水素を有難がる趣味はねえ。


「夏の新製品の中でも飛び切りの怪しさでオススメなんだけどな」


 よく見たら医薬部外品じゃねえか。害はないんだろうな気持ち悪い。


「えーと、羽化したセミに投与したら六日目に死亡した、って実験結果があるようだね」


 種族も期間も参考にならねーよ。


「銀氷に手を伸ばしながら倒れたって聞いたから心配したけど、今回の君は極めて健康。非の打ち所がない。よくまああんな怪物と素手でやり合って元気そのものだねえ」


 なんで元気一杯の患者に怪しい水素グッズ投与すんだよ。


「君は今月誕生日だろ? プレゼントだよ」


 せめて同意を得てくれ。


「それじゃサプライズにならないじゃないか」


 ……こんなドクターとのやりとりを少しでも嬉しく思った三分前の俺にコブラツイスト掛けたいわー。


「診療代は保険が適用される。私物はそこのロッカー。代金は財布から抜いてあるから、適当に休んだら帰っていいよ」


 だから人の財布から勝手に金を……ちょっと待て。俺は元気で診療に保険効くならなんの代金だ。


「水素血漿パックだよ。医薬部外品は保険が効かない」


 プレゼントじゃねえのか。


「二本は無料にしとくよ。今抜いたのは三本目。どんどん入るから面白くって」


 なんつーか怒る気も失せて来た。で、幾らなんだよ。


「税込880円だ」


 44クルーク……微妙な値段だな。高いか安いか分からん。

 広場ではシリンジ看護婦も一緒だったろう。さっきはいつも通りに見えたが、彼女はなんともないのか?


「君のことが大好きだけど君本人にきちんと言えない紫林路ヒカリ君のことかい? 」


 ゴッ、と病室のドアが鳴った。

 良かった。どうやら元気みたいだ。


「彼女は一発目のボスキャラみたいなのが出現した時点で気を失って、その後僕は気絶した彼女を引きずりながら逃げ回ったんだ」


 抱き上げるか背負うかしろよ。


「僕はメスより重いものは持てないもん」


 生活できないだろ。


「僕のメスは体を鍛えるために49キロあるから大丈夫」


 ドアがまたゴッ、と鳴った。はまっている磨りガラスの窓にぴしり、とヒビが走った。


「あれだけの大騒ぎになったのに、今朝には何事も無かったかのように建物も広場も元通りだったそうだ。不思議だよね。あ、そうそう。これは不幸中の幸いなんだけど、気絶してた彼女は、あの広場で、全裸の君が美人アシスタントと濃厚なキスをしてたことを知らない」


 ガチャン、とドアの向こう側で何かが砕け散る音がした。


 ……もう俺ヤだよ。この病院。


「これがその時の写メだ」


 撮ってんじゃねーよ!!!



ーーーーーーーーーーーーーーー



 狂乱の一日が明けて、俺は朝の空想の街を歩きながら、昨日の出来事を思い出していた。


 駅からの道を事務所に向かって歩く。角を曲がると、いつもと全く変わらない事務所がそこにあった。


 鍵を開けて、ドアベルを鳴らしながら中に入る。調度も、壁のリトグラフや新聞の切り抜きも、ホワイトボードも、天井の扇風羽根も、コーヒーメーカーも。そのままだ。全部そのまま。コーヒー豆の残りの量まで。

 ドアに設けられた猫用の入り口から宝石付きの首輪を付けた黒猫が入って来た。

 ネモだ。

 ネモは当たり前のように出窓にとん、と上がってそこでのんびりし始めた。朝の車の行き来の音。往来に鳴る自転車のベル。しゅんしゅんとコーヒーが湧く音。


 あまりにも、あまりにもいつもと同じだった。


 あいつが消えたことを除いては。



 橘アズサ



 女子大生にして我が七篠名前捜索事務所の唯一の正規スタッフ。


 過剰な言葉遣いとポニーテールがトレードマークの、元気が取り柄の主任捜査員。


 その正体は……


 ベッドに腰掛ける痩せた少女の淋しげな微笑みがフラッシュバックする。窓のふちの、俺たちを象ったマスコット。マスコットにバイバイをさせる、夜着の少女。その姿が、闇の中を遠のく。


 コーヒーの味がどこかおかしい。


 いつもより苦く、そして飲み下した鼻の奥に、強く塩の風味が抜けるーー。


「おっはよーございます探偵長!!! 」



 ぶーっ、と音を立てて、俺は窓にブラックのコーヒーを吹き付けた。



 ドアベルを掻き鳴らしながら現れたのは我が事務所唯一の正規スタッフ。女子大生の橘アズサだ。


 お! お! お前! アッ! アッ! アズッ! アズッ!


「はい! マジ元気1000%! 溢れる煮汁が大好物! 橘アズサですっっ!!! 」


 アズサはつかつかとパーテーションで仕切られたロッカールーム側に行くとガサゴソといつものように身支度をする。


 俺はコーヒーでどろどろになった窓を絞った雑巾で拭きながら状況を頭の中で整理しようとしたが、できなかった。


「はいっ! 準備パーペキにオッケーです探偵長! 元気ですか? 本当は瀕死の重傷なのに隠したりしていませんか? 」

 してねーよ。なんでお前……。お前は、消えて……。

「は? 何言ってるんですか探偵長。おかしいですよ。『物凄く込み入った、長くてタチの悪い幻覚』でも視たんじゃないですか? 」


 ……お前。まさかこれまでの一連の流れを、『物凄く込み入った、長くてタチの悪い幻覚』のひと言でふわーっと流そうってんじゃないだろうな?


「なんのことやら、あっしにゃあとんと」


 もうこっちには来ないって言ってたろ。


「幻覚の私が言ったことで、私を責められましても」


 ……病室のベッドは?


「幻覚でしょう」


 痩せた少女。


「幻覚っすね」


 俺たちのマスコット。


「わ! ついに我が事務所もグッズ展開ですか⁉︎ 」


 マスコットの……いや。もういい。


 俺は体全部の力が抜けて、デスクのチェアに全てを投げ出した。


「だって、これでおしまいなんて」


 アズサは言いながらカップ洗って、布巾で拭い始めた。


「淋しいじゃないですか」


 俺は言うべき言葉を持たなかった。


「……コーヒー、淹れ直しますね」


 ……ああ。頼む。


 陽のあたる出窓で黒猫が、大きなあくびをした。



ーーーーーーーーーーーーーーー



 俺の名前は七篠権兵衛(ななしのごんべえ)。

 この街じゃちょっとは知られた「名前捜索人」だ。

 探偵のようなものと考えてくれればいい。

 最近ではネームハンター、なんて横文字で呼ぶ奴もいる。


「にゃー」


 ……分かってるよ。


 こいつは相棒の黒猫。

 名前はネモ。

 色々あって俺はこいつの言葉が解る。こいつ、見た目通りの只の猫じゃねえんだ。


 俺の仕事は失くした名前を探すこと。


 この街じゃ、何時の頃からか名前が人や物から抜け出してどこかに散歩するようになっちまった。

 俺は憐れな依頼人の失くした名前を見つけ出して、元通り人に名乗れるようにしてやるってわけさ。


【カランコロンカラン♬】


 さぁて仕事か。

 今日も危険でクールな一日が両手拡げてウィンクしながら俺を迎えに来たぜ。





ネームハンター7 〜The nameless city orchestra 〜


〜〜〜 f i n 〜〜〜



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ネームハンター7 〜The nameless city orchestra 〜 木船田ヒロマル @hiromaru712

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