穏やかな熱
込み上げてくる情熱。
そんなものに憧れていた。何かに夢中になりたかった。そんな自分を全肯定したかった。
僕は、ちょっと甘めのコーヒーを口にしながら、考え事をしている。
カフェテリアで君と待ち合わせだ。
いつもは僕の方が少し遅れてしまうのだが、今日は珍しく君が遅刻している。
何度も腕時計をチラ見して、さらには携帯の時間まで見て、挙句にお店の壁時計まで何度か見る。
君に会いたくてしょうがないというのに。僕は都合よく笑った。
しばらく待つと、ドアの方から音が鳴る。少し息を切らした君が僕の姿を見つけ、一瞬顔が綻び、すぐにこちらに向かってきた。
ごめんね、と彼女は言った。
いつもの君の気持ちがわかったよ、と僕は返した。
僕と君はなんのためにこうしていつもカフェテリアに待ち合わせするのだろう。
オーナーはびっくりするかもしれないが、こう見えて僕たちは別に恋人なんかではない。
恋愛に持っていっては、失うものがあると、僕らは直感で気づいていたのだ。
僕らは真剣にあれこれを語った。
好きな本があって、お互いにラストの解釈がずれていたりすると、今日の話の種が見つかる。
真面目に哲学をし、真面目に自分の世界を描き、真面目に相手の世界を読み取ろうとし、真面目に熱を込めて何かの土壌を作り上げる。
そこから僕たちはいっそ、本を作っても良いし、形にしなくても良い。とにかく、二人だけの世界を作り上げようとするこの時間の喜びは、もっと崇高なもので、もっとかけがえのないものであるはずだ。
すると、カフェテリアにはお洒落な音楽が流れてくる。僕が知らないけど素敵だね、と笑って君に言うと、君は何番よ、なんて言う。
君は僕の知らないものをたくさん教えてくれる。教えてくれるだけじゃなくて、僕にそれを知ろうとする意志さえあれば、議論さえ望んでくれるのだ。
だから僕も、自分の好きなものを、君に共有する。とっておきの音楽を紹介するよ。きっと気に入るよ。
僕と君は、この後の予定をいつも決めていない。太陽が沈むまで、ここでコーヒーを頼み続けて、ずっと語り合う日もあったし、思い切って街へ出向いて、服屋に入ってみたり、広場でのコンサートを楽しんでみたりした日もあった。
二人であることに意味があるのかもしれないし、僕にも君にも、溢れるほどなのに道に迷ってしまっている情熱たちがあって、その情熱を発露するために、出会っているのかもしれないね。
僕はずっと忘れないでおこう。
いくらそう見えなくたって、そう見えないだけ。僕には情熱がある。何かエネルギーを生み出すような、熱がずっと心のなか輝いてあるんだ。
君だってそう。お互いの情熱を認め合って、気付き合って、君の情熱を僕だけは知ってておきたいんだ。
コーヒーカップが再び空になる頃、僕と君は自分たちの生き方が、正解とか間違いとかではなくて、ここに実在していることを確認できただけで、とても嬉しい気持ちになれていることを実感する。
穏やかな熱を、手にじんわり感じる。
さあ、時計を見てみなよ。まだまだ始まったばかり。今日は二人でどこ行こっか。何しよっか。
——君の穏やかな熱も、なぜかわからないけど僕にはわかったよ。
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