交流活動報告書 ‐銀の従者と脳筋勇者‐

エプソン

プロローグ

「私は貴方達魔族何かと仲良くなる気なんてさらさらない! 家畜が人間と対等で無いように、魔族が人間と横並びになるなんて有り得ないのよ!」

 市役所にある二階隅の小会議室。

 初顔合わせという緊張感は少女の強気に溢れた言葉によってあっという間に霧散した。

 本日は軋轢が生じていた二つの市の仲を少しでも良い方向に進める為、選出された二人の代表が初めて手を取り合う日ということになっている。しかし実際のところ、川市市(かわいちし)の代表であるユカリが個室に入るなり、一方的な罵詈雑言が顔面に直撃した。

 いきなり酷過ぎるだろ。出会って数秒で文句言われたのなんて初めてだぞ。

 正面の彼女から目を離し、助けを請うように横を見ればユカリの側近である女子もまた唖然としていた。極めて自然な反応だとユカリは心の中で思った。

対して、ユカリと対峙する彼女の秘書であろう青年は苦虫を噛み潰したような顔をしている。どうやら彼女が暴言を吐く可能性があることを知っていたらしい。表情を読み取る限りユカリと同じ被害者なのだろう。

ひとまず相手を調子に乗せない為、また部屋の空気の重みを少しでも下げる為にユカリは言葉を紡いだ。

「いやいやいや、俺達良好な友好関係を築くために今ここに居るんだけど!」

「一〇〇年以上敵対していた二つの市が仲良くなるなんて無理よ。達成出来ない行為に意味なんて無い。そんな無駄なことをするくらいなら私は相手をひれ伏させることを選ぶ」

 真っ直ぐな瞳で高圧的な物言いをする彼女。それでも自らの言葉の重みを理解しているのか、堂々と腕を組み直立していた。

 思わず後ずさりしてしまう程の圧力を感じながらも、ユカリも負けじと口を開く。

「そんな無茶苦茶が通るとでも思ってるのか。てか、交流を深める為に任命されたのにそれじゃ本末転倒だろ」

「確かに《特別地域交流課長》に選ばれたけれど、別に馴れ合いをしろと命令された覚えはないわ。あくまで互いの市の利益になるように手を組むことになっただけ」

「それなら立場は同じだろ」

「違う」

 酷く冷たい口調で言い放つと、相対する少女は澄ました顔でユカリに近寄った。

そして吐息が掛るような距離まで来ると右足を僅かに上げ、

ユカリの革靴を踏みつけた。

 それもぐりぐりと念入りに。

「本当に仲良くする気がないみたいだな」

「だから最初からそう言ってるじゃない」

「この靴買ったばかりなんだけど」

「あら、それは良かったわね。下僕の証として受け取りなさい」

 話がまるで通じない……。あー、痛くなってきた。足以上に頭が。

「名前」

「ん、何?」

「名前聞かせろよ」

 僅かに戸惑う彼女を前にはっきりと告げる。

 勿論そんなものは既に知っている。誕生日から好きな食べ物まで親のリサーチで把握済みだ。

 だが、敢えて知っておく必要がある。

 本人の口から出た言葉だからこそ意味がある場合もあるのだから。

 ユカリの強い眼差しを受け、足を引くエルナ。彼の意図を汲み取ったようで、己が存在を誇示するように華奢な右手を胸に置き、敵対しようとしているユカリに向かって高らかと言った。

「エルナラ・シノン・ヴァイザー。役職は志野習市、特別地域友好課長」

「俺は市河ユカリ。役職は川市市の特別地域友好課長だ!」

 続けて「宜しく」と手を伸ばす。

 しかし、何時まで経っても差し出した右手に何かが繋がれることはなかった。

 眼前の少女は《友好》を求めていない。為すべきことは屈服させること。利用出来るものなら自らの身体さえ利用するといった構えだ。高貴な雰囲気が漂うミディアムな金髪も、豊満な胸や蠱惑的なヒップも使える場面があるならば使用するだろう。

 言いたいことを言って満足気に退室していくエルナ。続いて側近である青年も申し訳なさそうに一礼して出ていき、室内にはユカリとそのお付きであるリンスだけが残された。

 二人きりになり、ようやく徐々に手を下ろしていく。

 残ったのは怒りと空虚。そして、足にこびり付いた痛み。

 あまりのやられっぷりに思わず笑いが零れそうだった。

「マスター」

 僅かに青みを帯びた長い銀の髪を棚引かせながら、リンスがユカリへと近付く。そして力が抜けた主人の手を取ると、朗らかな笑みを浮かべながら告げた。

「大丈夫ですか」

「あ、う、うん。大丈夫。ありがとう」

 親を除いて一番信頼出来る異性にお礼を言いながらも、つい顔を背けてしまう。

 宿敵に何も言い返せなかったこと以上に、美少女に触れられているということがこそばゆく、また恥ずかしかったのだ。

「それとあの女ですが、殺して良いですか?」

「ダメだよ! いきなり何物騒なこと言ってるの!」

「ですがマスター。マスターへの暴言と暴力は万死に値します。そもそも先に喧嘩を吹っかけてきたのは彼女なんですから、命の一つぐらい貰っても罰は当たらないはずです」

「いやいやいや、命貰ったら死んじゃうから!」

「では心臓を」

「結局死ぬよ!」

「脳は?」

「殺す気満々じゃないか!」

「うぅ……それならせめて腕一本!」

「おやつをせびるように怖いこと言うのやめて!」

 主人であるユカリに嗜められるものの、それでもリンスは唇に人差し指を当てぶつぶつと制裁の程度を考えていた。余程ユカリを侮辱されたのが気に食わなかったらしい。美人で聡明な彼女もユカリのこととなればやや熱くなってしまうのが弱点らしい弱点である。

「あっちの方針は分かったし、俺達は俺達のやり方で行こう」

「そうですね。あのば……、人に従うことも合わせる必要もありませんし」

「……言いかけた言葉は聞かなかったことにするよ」

 冷静なのかヒートアップしているのか分からないリンスに苦笑を浮かべつつ、ユカリは脳内の熱が冷めているのを感じた。火が付いていた闘争心もすっかり失せている。もしかしたらユカリの為にわざと変なことを言ってくれたのかもしれない。

「さて、行きましょうか。市長様達もお待ちでしょうし」

「そうだね。行こう」

 少女の声に押されて廊下へと出るドアノブに手を掛ける。

 元々仲が良かったわけではないのだ。マイナスからのスタートというのもそれはそれでやりやすい。頼れる味方もいることだし。

 小さく口角を上げ、扉を開けながら二つのことを決意する。

 あの女の思うようにはさせない。そして、

 いつか絶対ぶっとばしてる、ということを。

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