第13話 とある魔王の悩み事⑦

 吾輩にとっては、何を今更そんな話をと思うのだが。


 改めてこの世界の仕組みを考えてみたいと思う。


 始めに言っておくが。これは現実逃避ではないからな?


 これは頭の中の整理なのだ。そして吾輩の心の平穏を取り戻すための……な。



 ふぅ。


 改めて……。


 吾輩がいるこの世界だが。


 魔界、人間界、天界の3つの世界が各々支え合っているのは誰でも知っている話だ。


 まぁ、実際には最上位に神界というのもあるのだが、今は正直どうでもいい。


 そんな世界の中で吾輩の故郷である魔界。


 人間達のイメージだと魔界は混沌としており大地からは魔素が溢れて人間が足を踏み込んだ場合瞬時に死に至ると言われているが。


 実際そんなことは全然なかったりする。


 空は常に日中は夕焼け色をして、夜は人間界と同じ闇に落ちる以外特に変わった場所でもないのだ。


 人間界より広い大地を持っている、ただそれだけで。


 但し、人間たちの言う通り魔界は魔素で溢れているのも事実な訳で。


 人間達が住む場所は従来魔素が薄い箇所を好んで住んでいることから確かに魔素は慣れていない者にとっては毒になるかもしれない。


 だが、魔素をうまく取り入れて操作できれば強大な力を手に入れることが出来るのも事実で。


 実際に人間たちの英雄と呼ばれる賢者等はその実。魔素のエキスパートと言ってもいい存在だったりするんだよな。


 まぁ、今はそれもどうでもいいことなのだがな。



 そんな魔界だが。


 多種多様な魔物が住んでいる訳で。


 そもそも魔物と一括りにしているがその種族は正直に言って人間界に棲む人族よりも多様なのだがな。


 代表例で言うとこの魔王城にも住むスライムや小鬼族ゴブリン鬼人族オーガ、穴掘族はもちろん。吸血鬼や牛魔王と同族である牛鬼族。鎧武者を筆頭とする防具を常に着込んだもの達の種族は正直吾輩もよく分かっていないが、他にも竜族等吾輩でも全ての種族を把握できていない程にたくさんいる場所。それが魔界なのだがな。


 そんな多種多様な魔物が住んでいて何故争いが生まれないのかと言うと。


 正直自分の力を過信した馬鹿は少なからずいる。


 しかし、そんな奴等はすぐに潰されるのがオチなのだがな。


 魔界にはほとんどどの種族にも超越した存在と呼ばれる最強種がいる。


 何時から生きているのかも定かではなく。


 彼等は一種の抑止力として。そして自由気ままに存在している訳で……。


 そんな最強種の一人。


 しかも最強種の中でも魔界中に名が知れ渡るほどの有名人。


 吾輩が寝込みを襲っても逆に瞬殺されてもおかしくない、いや、きっと瞬殺されると思わせるほどの大物が。


 吾輩の目の前で茶を啜っているのだ。


 なぁ。長々と説明して分かったであろう?


 吾輩の代わりにこの人の相手をしてくれぬか?


 何だったら魔王の地位もゆずってもいいぞ。


 いや、そんな遠慮せずに。



ぼんよ。さっきから何をボソボソと喋っているんだい?」


「ハッ!? い、いえ何も。あ、はっはっは……いやぁこのお茶とても美味しいですねぇ」


「あぁ、うん。ぼんのカップの中空っぽに見えるけどね」


「こ、これは失敬。いやぁ、今日は暑いですから喉がとても乾くんですよねぇ」


「というか、何でそんなに手が震えているのかな。飲む前に全部零れているように僕には見えるよ?」


 もう本当に誰か助けて。


 誰だよ吸血鬼(兄)をここに呼んだ奴は。


 あ、妹の方か。


 あ、やめて。緊張のあまりにガタガタ震えちゃったのは謝るから。


 吾輩の頭の上で怒った黒猫が爪を立ててとても痛い。


 む、猫……?


 あ、そうだ!!


「真祖殿よ。良ければこの黒猫を撫でてみませんか? 先日から我が城に住んでいるのだが意外と可愛くて癒されるんですよ」


 ヘタな話題よりも万人共通で愛される猫ならば。


 この緊張した空間も。吾輩の胃にも優しくなれるはず……!!


 と、思ったのだが。


「いやあ。さすがに僕ごときが触れる存在じゃないからねぇ。ごめんね。遠慮しておくよ」


 え。この人今何て言った?


 僕ごときが触れる存在じゃない?


 何を?


 この吾輩の角をガリガリと削り出している黒猫を?


 …………。


 よし、訊かなかったことにしよう。


 何だかいつもより謎の波動が強くて痺れてきているが。


 この黒猫はただの黒猫。可愛い黒猫に違いない。だがか、あまり吾輩の角を削らないでくれると嬉しい。


「あはは。ぼんも毎日楽しそうだねぇ。こんなことなら僕も早くこっちに来たかったよ」


「いやあ。大変なことばっかりなんですけれどね。良ければ魔王の地位も譲りましょうか?」


「それも遠慮するよ。僕にはこの街を楽しく管理する役目があるからね。それに僕が魔王になっちゃったらさすがに勇者が可愛そうだと思うよ?」


 それは間違いがないな。


 この人を倒せる人物がいるのならば見てみたい。


 噂じゃ不老不死とも言われてる人だしなぁ。



「それよりも。ねぇ、この場所いいと思わないかい?」


「この場所、というと街をつくる予定のこの開拓予定地ですか?」


 何とか吾輩も落ち着いてきて真祖と対面したままお茶の味を味わうことが出来始めたのだが。


「そうそう。この適度に魔素が充満してさ。周囲の森の中には魔界でも見ない変異種もチラホラいるみたいだし。少し歩けば海が見えて。あ、知ってるかい? 最近僕釣りにはまっていてさ。あれって結構奥が深いんだよね。だからここでは何が釣れるのか密かに楽しみにしてるんだよね」


「そ、そうなんですね」


「それにちょっと調べてみたんだけど。実はここから東に歩いていくと地下に活性した地脈があってさ。火山ってほどじゃないんだけどなんと温泉が湧いていたんだよね」


「そ、そうなんですね」


ぼんも何でこんないい場所を5年も放置してるかなぁ。こんな旨い場所。良い観光名所になりそうなのに。というか僕がするよ。えっと、ここ魔王国だっけ? 魔王国一の街に僕が作り上げて見せるからさ。だから、期待してるといいよ」


「そ、そうなんですね……って、魔王国!? いや、魔王国って何ですか?」


 ロボットの様にただ応答する機械になっていたのだが、一部聞き慣れない言葉があったぞ。


 魔王国って何。


 ここら一帯は誰の所有物でもなかったはずだぞ?


 だからこそ、街を作る時にこの人間界の一国の主である国王に確認してもらったのだが。


「あれ聞いてないの? 先日決まったらしいよ。人間達もここらは誰の所有地でもないって言ってるんだしってことでさ。僕の妹が魔界に報告したら即決だったらしいよ」


 いや何やってんのあの吸血鬼は。


 止めて。


 その後の話を吾輩は聞きたくない。


「死の大地から北側。樹海を含む場所の所有者をぼん。君を王とした魔王国にするってね」


 吾輩の知らぬところで。


 吾輩の地位がどんどん上がっていく。


 そんな理不尽があっていいのだろうか。


「ちなみにそれって拒否権は……?」


「え? あはは。無いに決まってるじゃないか。っていうかもう遅いと思うよ? 既に人間界の各国にはぼんがこの大陸を支配する為の布石だって広めちゃったみたいだから」


 もう。


 本当に。


 ヤダ。


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★第13話 登場人物★


魔王 …… とうとう単なる城の主じゃなくて、魔王国っていう王様になっちゃったよ。自分の知らぬところで悪評が広まる理不尽さに頑張れ!


吸血鬼(兄) …… 真祖だよ。ここ数十年は釣りにはまってる暇人。既に街の改造計画を色々と考えているんだよね、これが。


黒猫 …… 魔王の頭の上がお気に入りスポット。魔王の角って良い感じに爪がとげるんだよね。



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