第10話 とある勇者の悩み事⑤

「いやなのじゃ~!


 わらわはまだ兄君と一緒にいるのじゃ!!」


「姫様、無理を言っては駄目で御座います。


 それに兄君ではなく、勇者様で御座いますよ」


「兄君は兄君なのじゃ!!


 わらわの兄君は此方だけなのじゃ~!」


「その様なこと殿下がお聞きになられましたらきっと悲しまれますよ」


「そんなこと知らんのじゃ!!」


 どうしたらいいのかなぁ、これは。


 城内のとある部屋の中で少女の泣き声が響き渡り続けていた。


 少女の正体はもちろん僕の国のお姫様。第二王女その人。


 一体どういう状況なのかと言うと、実際問題単純なことでもあるのだけれど。



 思い返せば今日は姫様に引っ張りまわされた日々だった。


 冒険者ギルドに向かった僕達を待っていたのは困り顔の受付のお姉さん。


 オジサンから旨い依頼書があると言われてワクワクしていた僕達は何事だろうと思いつつも、受付のお姉さんの言う通り冒険者ギルド内の奥にある応接室へと通された結果。


 そこで待ち構えていたのは的確に僕の鳩尾へと突っ込んできた第二王女である姫様と筆頭使用人である専属侍女のメイドさん。そしてギルド長だった。



 一国の姫が何故こんな場所にと普通の人は思うかもしれない。


 けれど、僕の頭の中に駆け巡ったのは、あ、またか。という諦めだった。


 そもそも姫様とは僕が勇者と名乗ることになった3年前に偶然出会った時からの仲だったりする。


 それからと言うものの時々会う度に僕の事を兄君として慕ってきた姫様な訳で。


 正直に言って無邪気に慕って来る姫様は可愛かった。故郷にいる僕の家族である姉妹とは大違いなところも含めてね。


 だからこそ、僕も色々と心を許してたら慕われた訳なんだけども。


 この光景を見たら会ったことはないけれど姫様の本当の兄である殿下はどう思うんだろうなぁ。



 そんなこんなでメイドさんとギルド長からお願いされた依頼の内容が姫様のわがままに付き合うということだった。


 曰く、僕が王都に戻って一ヶ月が経つというのに未だ会いに来てくれないという鬱憤が積もりに積もった結果。


 曰く、城内に閉じこもっての勉強の毎日は飽きてしまったと。


 このままでは城内から脱走してしまう日も近いと判断したとある人物は僕が資金集めに奔走しているということを聞いたことから、とある名案を思い付いた様で。


 そんな内容を困り果てたメイドさんが話してくれたのだった。


 王様……また、思い付きで行動しちゃったのかなぁ。



 実際問題、僕にしがみついたまま涙目で離れようとしない姫様を前に断る自信なんてなかったし、何よりも報酬が普段の依頼より一桁も多かったことから僕は流されるままに姫様に付き合うことになってしまった訳だった。


 その結果、僕と二人っきりだと思っていた武闘家は思いっきり拗ねちゃったんだけど、こればっかりは仕方ない。


 後でこっそりアイスでも買ってあげようかな、と。この時は思っていたのだけれど何だかんだで武闘家もまだまだ子供だった。



 それからはウィッグを使って変装した姫様と武闘家を連れた僕は日が暮れるまで王都を観光を楽しむことにした。


 二人に扇子を買ってあげたり、スイーツ店の軒先に座ってフルーツがたくさん盛り付けられたパフェを食べたり。


 偶々教会の大聖堂で行われていた音楽祭を見学して、その時に出会った聖女に笑顔で迫られたり。


 王都の南に高く聳え立つ時計塔に登って王都を一望したりと中々楽しめる一日だったと思う。


 あ、武闘家は大通りではぐれないように手を繋いだ瞬間からご機嫌になってました。


 だから、最後にアイスは二人共に買ってあげた訳だけどね。


 そんな楽しい一日も終わって、冒険者ギルドではなく直接王城へと向かった僕達だったのだけれど、そこで待っていたのは姫様の最大のわがままだったのだ。





「兄君もわらわと一緒にいたいじゃろ?


 そうじゃ。このまま兄君も城に泊まると良いのではないか!!


 な? な? 良いであろう?」


「え、えっと……それは……」


「それは絶対駄目!!


 勇者様はボクと一緒に帰るんだよ!!!」


 是が非でも離れようとしない姫様を無理やりはがす武闘家。


 武闘家の腕力に成す術もない姫様だったけども……あ。怒った姫様が武闘家と掴み合いの喧嘩をしだしちゃったよ。


「お二人とも仲良しで御座いますよねぇ」


 何この光景を和やかに眺めてるんですか。


 姫様を止めなきゃいけないのはメイドさんの仕事でしょうに。


 って、待った待った!!


「ちょ、武闘家も落ち着きなって! 姫様も!!」


「だって、勇者様を独り占めしようとしてるんだよ!?


 今日はボクだけの時間のはずだったのに……」


「兄君はわらわだけの兄君なのじゃ~!!」


 ああ、もうこれどうしろっていうの……。



 正直、姫様には悪いけれど、早く宿に戻らないと僕にとっては後が怖いんだよ。


 何故かって?


 それは僕の仲間である武闘家以外の彼女達。


 その彼女達が今か今かと僕を待っているからで他ならない。


 少なくともこの一週間は日中はほとんど武闘家とだけ行動してる訳で。


 夜に少しの間だけしか会えない彼女達は日に日に不満が溜まっているのは僕にも容易に分かることだった。


 特に今日偶然出会った聖女なんて普段は聖女の名に恥じぬ様な行動を心掛けているのに、今日は一目も憚らずに僕に飛び掛からんとする勢いだった訳で。


 そんな状況の彼女達を置いて、夜も帰らずに姫様とお泊りしたなんて日には考えるのも恐ろしいよ。


 とまぁ、色々と理由を述べてみた訳だけども、それをメイドさんに伝えた結果……。


 僕の一日は最悪な状況へと転がり続けることになったのでした。





「勇者様? 今日の出来事を全て余すことなく教えてくれますよね?」


「私も勇者と一緒にスイーツを食べたかったぞ……もう薄味の補給食は嫌だ……ううっ」


「うちが森に籠っている間になんて羨ましいことを。


 なぁ、勇者よ。森で見つけたこの果物を食べて見ぬか? 甘くて美味いぞ?」


「王女殿下も危険指定しなきゃいけない頃合いですね。


 こうなったら勇者にこの秘薬を使って一服盛って既成事実を……ふふふ」



 ここは城内のとある一角にある大部屋の中。


 そんな普段いるはずのない場所で僕達、勇者一向は勢ぞろいしていた。


「兄君と今夜も一緒なのじゃ。


 兄君、兄君。わらわと一緒にお風呂に入るのじゃ!!」


「あ~! それならボクも一緒がいい!!」



 聞こえない。


 姫様と武闘家の言葉は何も聞こえない。


 そして、同時に目をぎらつかせて近寄ってくる他の彼女達の姿も僕には見えない。


 ああ、僕は平穏に明日を迎えられることが出来るのだろうか。


 ちょ、やめて。僕の服を引っ張らないで。


 あ、あああああああああ――…………


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★第10話 登場人物★


勇者 …… 純粋無垢な姫様は可愛い。本当の妹と変わってくれたらどれだけ愛すことが出来たものかと思ったことは墓場まで持っていくと心に誓った。


武闘家 …… どう見ても子供です。これでも有名な武闘家なのにね。


第二王女 …… 童の兄君は勇者だけなのじゃ。実の兄(王子)は1人いるが興味はあまりないお姫様。


メイドさん …… 第二王女専属の筆頭使用人。ドジっ子ではないよ。使用人の中にはいるけどね。



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