魔王と勇者の人には言えない悩み事

神代かかお

第01話 とある魔王の悩み事①

 吾輩は魔王である。


 魔界から進出して早数年。


 長かったと言うべきか、短かったと言うべきか。


 ついに……ついにこの時が来た。


「魔王様。ついに勇者一向が魔王城に乗り込んできました」


 我が居城にとうとう勇者一向が乗り込んできたのだ。


 ふふふ。


 笑いが込み上げてくる。


 昔から変わらず魔王の使命はただ一つ。


 それは勇者と死闘を繰り広げ、最後には優雅に敗北することだ。


 敗北することが望み?


 世界を征服することが望みじゃないのかって?


 世界征服? そんなもの誰がするものか。


 誰が好き好んで世界征服をしようと思うのだろうか。


 世界を征服したところで面倒事が増えるしかない。


 吾輩の望みは最初からただ一つだけだ。


 勇者が吾輩に勝つことで魔王という名から逃げることだけなのだから。



「ま、魔王様…?」


 おっと。つい笑いが込み上げてくる。


「いや、何でもない。それで? 勇者一向は今どの辺りなのだ?


 そろそろ黒騎士の間にでも辿り着くころだろうか?」



 ――勇者。


 それは魔界にすら伝わる物語に幾度となく現れる神が遣ったとされる者の名。


 聖なる剣を掲げ、時には山を割り、海を裂き、地を砕く力を持つと言われている。


 今代の勇者もきっと勇敢な人物なのだろう。


 だからこそ吾輩も本気で挑むつもりだ。


 真正面から挑み、そして命の奪い合いをして……最後には勇者に倒されたいと思う。



 ふふふ。早く来るのだ。


 吾輩が毎晩遅くまで悩み、苦労して配置したトラップや忠臣の配下を全て退けて吾輩の前にやって来るのが待ち遠しい。


 それなのに。


「そ、それが……」


 どうしたというのだ? 何故そんなにも顔を青くしている。


 まさか勇者は既に吾輩のすぐそばまで来ているというのか? それは逆に僥倖でもあるぞ。


 吾輩の智略を上回ったということなのだ。これを喜ばずしてどうするというのだ。


「うん? 早く言うがよい。勇者一向は今何処にいるのだ?」


 吾輩の言葉に更に顔を青くして震えあがる牛の角を持つ魔物――牛魔王は言葉を発せずにいる。


 本当にどうしたというのだ? 今更吾輩に恐れ戦く間柄でもなかろうに。


「魔王様。その解答は某から応えさせても宜しいでしょうか」


「う、うむ。どうやら想定外の状況が起きていると見える。


 それで鎧武者よ。今一度聞くぞ。勇者一向は今何処にいるのだ?」


 表情は兜で見えないが常に落ち着いた仕草を見せる鎧武者なら我の望む答えを言ってくれることであろう。


 何時の間にか広々とした魔王の間に牛魔王、鎧武者を含む四天王と配下の魔物が集結している。


 ん? 何かがおかしい。


 何故配下の魔物も集結しているのだ?


 おそらく全員ではないだろうが規模的に魔王城にいる魔物の大半が吾輩の視界に映っている様な気がする。


 おい。そこにいるのは第一の間を守らせている黒騎士ではないか?


 お前までここにいては勇者一向の相手を誰がするというのだ?


 まさか既に負けたわけではあるまい。それにどう見ても戦った後という風体ではない。


 背中がむずむずする。


 とてつもなく嫌な予感がするぞ。


 そんな吾輩の心中を知ってか鎧武者がついに口を開いた。


「魔王様。取り乱さずにお願いします。


 勇者一向ですが……落とし穴に落ちて戦闘不能になった様です」



 …………?


 吾輩の耳がおかしくなったのだろうか。


「すまない鎧武者よ。吾輩の聞き間違えかと思うからもう一度言ってはくれないだろうか」


 うん。きっと聞き間違いだ。


 きっと、オトシアーナという新種の魔物が勇者一向と相対してしまったのだろう。


 吾輩も全ての魔物を把握している訳ではないのだ。


 魔界は広い。それこそ人間が支配するこの人間界を支配する必要がない程に。


 だから吾輩が知らぬ魔物が運悪くこの魔王城に現れ、これまた運悪く勇者一向と出会ってしまったに違いない。


 はは。何だオトシアーナって。誰だそんなダサイ名前を付けた奴は。


 それに勇者よ。そんな魔物と戦って戦闘不能にされるとは情けないぞ。


「魔王様……。オトシアーナと言う魔物は存在しません。


 えぇ、某も全ての魔物を知る訳ではありませんが断言できます。


 それよりも現実を見てください。


 もう一度言います。


 勇者一向は魔王様が戯れに設置した普段は我々すら通ることのない城の片隅に配置した落とし穴に落ちてしまい、底にいたスライムに装備を溶かされたうえに、その……窒息してしまった模様です」


「え、えぇー……。


 落とし穴ってあの台座に挿した無駄に光るつるぎの前に設置した落とし穴のことではないよな?」


「いえ、その落とし穴です、魔王様」


 嘘だと言ってよ。あ、そこの魔物笑ったな? 後で呼び出して説教喰らわせてやる。


「何故あんな場所に勇者一向が向かうと言うのだ?


 あれか? 誰かが追い立てた結果落とし穴に引っかかってしまったのであろう?」


「いえ、そもそも我々魔王城に配置された魔物は誰一人勇者一向とは出会っておりません」


 意味が分からん。


 何一つ意味が分からんぞ。


 魔王城に乗り込んで魔物一匹と戦わずに戦闘不能になる勇者って何だよ。


「ふぅ……。


 少し整理するぞ。間違っている部分があれば遠慮なく言ってくれ。


 勇者一向は間違いなく我が居城にやってきた。うむ、これは間違いない。


 その後は真っ直ぐに歩けばすぐに第一の間である黒騎士の間に辿り着くはずが、脇道に反れて歩き続けないと見つからないはずのあのネタ満載の光るつるぎが置いてある行き止まりに辿り着き、そのまま手前の落とし穴に気付かずに突き進んだ挙句、落ちてしまい成す術もなくスライムに溶かされたうえ窒息してしまったという訳か?


 ははは。そんな馬鹿なことがあるまいよ。


 なぁ、吾輩の考えが間違っていると誰か言ってくれないか?」


 おいこら。一斉に目を逸らすな。


 はぁ……今日も空が青いな。



 吾輩は魔王である。


 吾輩の使命は昔から変わることはない。


 勇者よ――吾輩の元に辿り着いてくれ。


 それだけが吾輩の望みである。



「魔王様。お願いですから現実から顔を背けないで下さい。


 それに魔王様の座る場所から空は見えません」


 吾輩の考えを読むな。


 あーもーこれから本当にどうしよう。


 応えてくれた者に魔王の座を渡すからさ。頼むよマジで。


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★第01話 登場人物★


魔王 …… 魔王歴は未だ5年の若輩者。無理して吾輩口調にしている。部下からの信頼は厚い。


牛魔王 …… 魔王と名がついてるけど、魔王じゃなく四天王の一人。顔は怖いけどしっかり者。


鎧武者 …… 一人称が某。常に鎧を着ているので素顔を見た者はあまりいない。四天王の一人。


黒騎士 …… 鎧武者の配下の一人。本当は鎧を着て戦うより、薄着の方が楽。けれど鎧武者が許可してくれない。



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