3-2
さてと…詰まる所、僕は騙されたと言っても過言ではない。初ぱなからこんな事を言ってしまっては元も子もないのだけれど、あの天來美心がただの人間を自身の部活に勧誘する筈も無く、そして僕の昼間感じた嫌な予感が外れる事は無かった。僕は先日の竜西先輩の様に名のある存在を名簿で確認はしているものの、今回の様な突発的なモノに対してはさほど警戒してはいなかった。こんな体質では有るけれど、そんな事にまで頭を回していては僕としても日常生活を送り辛いのである。街中ですれ違う人間を一人一人気にしていられないのと一緒だ。長身の美人系お姉様なら兎も角。
「とても心外ではありますが、美心ちゃんが貴方を頼れと言ってましたので。不本意ながら宜しくお願いします。」
「こちらこそ不本意ながら宜しくお願いされます。」
僕達は辛口の挨拶をそこそこにソファーに座った。放課後に僕の教室に訪問してきた遊坐ちゃんを見た時は、昼休みでの出会い(毒舌)もあったので驚いたけれど…彼女の背後を見ればその理由も何となく分かると言うものだ。開口一番、ぶっきらぼうに「今からあなたのお宅に行きます。」と言い出されたのも、遊坐ちゃんでなければ喜んでいた筈。いや彼女も傍から見れば、そして黙っていれば美少女の部類に入るので文句ばかりは言えないか。
事情が事情だったので家に上げてしまったが、健全な男子高校生の家に女の子が一人と言うのも…何とも落ち着かない気分だ。僕の家は天來の家とまではいかないが、かなり生活感が無い方なので急なお宅訪問にも慌てて部屋を片付けたり掃除したり、と言う事は無いのだけれど。その生活感の無さが、今は逆に仇となっているような気さえする。ソファーとローテーブルしか無いリビングに遊坐ちゃんを座らせ、僕はとりあえず蜂蜜を入れたカモミールティーを置いた。
「はい、カモミールティー。不本意でなければ飲んでみて。少しは落ち着くと思うよ。」
「ありがとうございます。飲み物に罪は無いので頂きます。」
僕の不本意な嫌味を華麗にスルーして、尚且つ嫌味を返してくる。被せボケってやつを知らないのか?そして一体全体、この僕に何の罪があると言うのだろうか。冤罪も甚だしい。
「なぜ天井さんはこの遊坐を気もそぞろだと?」
カモミールティーを一口呑んでから遊坐ちゃんはゆっくりと口を開いた。
「そりゃまぁ…ね…」
僕はチラリと遊坐ちゃんの後ろを見る。
「そんなモノ連れてたら心中穏やかじゃ無いだろうな、って。」
物凄く警戒しつつ、顔色を崩さない遊坐ちゃんとは対照的に彼女の後ろに控える"もの"はニコニコと微笑んでいた。昼間は憑いていなかったので微かな感覚でしか分からなかったのだけれど、今ならハッキリと視える。
大きな白い耳に十二一重の様に豪華な着物、ふわふわと揺れる七本の白い尻尾。下手をすれば遊坐ちゃんより存在感のある"それ"は、まるで親か恋人であるかのようにちょこんと遊坐ちゃんの後ろに座っているのだ。
「遊坐にはこれが何なのかは分かりませんが、先日ちょっとした相談事を美心ちゃんにした所…そういった類の話なら貴方を頼れと。」
凄まじく嫌そうだった。まるで汚物か何かを見るかのような軽蔑とも取れる目を僕に向けながら、遊坐ちゃんはそんな事を言った。仮にも百歩譲って頼りに来たのなら、もう少し可愛げのある顔が見たいものだ。この歳でその表情を自分の物にしてしまうなんて中々に女優肌な女の子じゃあないか。
「んー、その相談事って言うのは聞いてもいいのか?」
「………事態の収拾に必要なのであれば。」
苦虫を噛み潰したみたいな顔だ。ここまで来れば一層のこと清々しいな。その素直さ、嫌いじゃない。そうして僕の心の中のグッジョブを他所に、遊坐ちゃんは話し始めた。
「あれは一週間くらい前の事になりますか───
その日、遊坐ちゃんは久しぶりに天來と一緒に下校する事になり、かなりテンションが上がっていたらしい。会話の内容がほとんど僕の事だったのが唯一のご不満だったそうだが、それでも楽しく帰宅していたそうだ。名残惜しい気持を抑えつつ天來をマンションの前まで送り届け、自分の家へ帰る途中…小さな神社を見つけたらしい。
見つけたと言うと少し語弊があるかも知れない。遊坐ちゃんはいつもその道を通って帰っているし、何年も住んだ家の近所と言う事もあり、そこに神社がある事は知っていた。然し知っていたからと言っていつもは気にもとめない路地の小祠。それなのにその日は何故かその神社がいたく気にかかったそうだ。
「中に入ってみたんです。」
すると入口に祀られている狐の像の頭が取れていたらしい。神の使いとも三狐神とも言われ神聖視されている狐、それもお稲荷様の頭がもげているなんて、僕なら絶対に関わりたくない事柄である。だが遊坐ちゃんはただただそのもげていた頭を元の身体の上に戻したのだと言う。
それは彼女の優しさか、有るべき姿に戻したと言うだけの几帳面さからなのか、天來と下校出来た弾む気持ちからか、それはその時の本人でなければ分かり得ないけれど、なにせ遊坐ちゃんはお稲荷様の頭を元の位置に戻したのだ。
「遊坐はこう言った話は余り信じていない方なのですが…それからおかしな事が度々起こるようになりました。」
「おかしな事?」
僕は聞き返しながら遊坐ちゃんの背後に座るお稲荷様を見る。その笑顔を崩すこと無く、彼女の髪を指で掬いくるくると自身の指に絡めて遊んでいた。
「ちっ!鬱陶しい…!」
視えてはいない様だがその気配を微かに感じるのか、遊坐ちゃんは顔を顰めながら触られていた辺りの髪をパンッと手で払った。僕の心中が穏やかで無くなりそうだった。七尾とは言え、お稲荷様である。
まだ七本。もう七本。既に七本。
それだけの尾がある狐ならば、地位もそこそこにかなり長い間その神社に祀られていた上位クラスの神様だろう。その神である狐に対して"鬱陶しい"の一言を放つとは。末恐ろしい。お稲荷様は未だ笑顔なので別に良いけれど。笑顔所かコロコロと声を出して笑っている。
「とまぁ、こんな風に誰も居ないのに妙な気配を感じる事もありますし…何より不思議なのは、遊坐の身の回りの世話をしてくると言う点です。」
「世話だって?」
お稲荷様は遊坐ちゃんの呑んでいたカモミールティーに手を添えた。あ、これ…もしかして冷めたから温め直してる?
「はい。自宅に帰れば暖められたスリッパ、部屋に入ればメイキングされたベッド、その上に置かれた部屋着、制服はアイロンがけされたかの様にピシッとしていますし、お風呂から上がった時にはふわふわのタオル。付けっぱなしで寝た筈なのに、起きた時には消えているテレビ。」
「うわーーー…凄い過保護。」
「正直、果てしなく気持ち悪かったので罵詈雑言を吐き散らしましたが…」
「う、うん。」
「止むどころか、次の日からは学園の宿題までしてくれるようになりました。」
えぇーなにそれ羨ま。
背後のお稲荷様は褒められていると勘違いしているのか、時々照れた様な表情を浮かべながら顔を赤らめていた。何してるんだよこのお稲荷様。
「まぁ確かにこれと言って害は無いのですが、知らないキモデブおやじが常に私の事を視姦しつつ世話を焼いていると思うと気持ち悪くて虫唾が走るんです。」
大丈夫です。遊坐ちゃんの後ろにいるのは、とても綺麗で真っ白なお稲荷様です。
「反吐が出ます。仮にも100000000000歩譲って居るなら居るで家賃位は払って頂きたい。それが無理なら、せめてどんな薄汚い家無し甲斐性無しが遊坐に付き纏っているのか知りたいんです。」
一体全体、何歩譲ればこんな途方も無い話が出来るのだろうか。輝くほど白く美しいお稲荷様とは反対に、奈落のようにどす黒く毒々しい娘である。きっとこのお稲荷様は遊坐ちゃんに稲荷像の頭を直して貰ったから彼女に憑いているのだろうけれど、ここまで言われても笑顔を崩さすそんな彼女でさえ愛おしと言わんばかりに見つめているのは如何してだろう。それ程の恩義を感じるほど、このお稲荷様にとって重要な出来事だったのだろうか?そればかりは本人に聞かなくては分からない。この満面の笑みからは喜びと慈しむ感情しか読み取る事が出来ない。
「そうだな…とりあえず誤認識があるから一つ正そうか?」
「この遊坐が何か間違っていると?」
「"アメ横"を"アメリカ横丁"だと勘違いしているくらいの大間違いだよ。遊坐ちゃんに憑いているのは、ぺドフィリアのキモデブおっさんでも家無し価値無し甲斐性無しでも無く───とても美しくて綺麗なお稲荷様なんだから。」
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